1. 社会主義市場経済体制の整備における若干の問題に関する決定
2002年に中国共産党総書記、2003年3月に国家主席に就任した胡錦濤は、朱鎔基首相が取り組んだ国有企業改革・金融改革・政府機構改革の三大改革に併せ、三農問題の改革を実施して「和諧社会」を目指すことを表明した。そして2003年10月、中国共産党中央委員会全体会議において、「社会主義市場経済体制の整備における若干の問題に関する決定:关于完善社会主义市场经济体制若干问题的决定」が公表された。
同決定では、改革開放以来中国の経済体制が大きな進展を遂げたとしつつ、経済構造が不合理である、分配関係が不均衡である、農民の収入の伸びが遅い、資源環境の制約が大きくなった、国際競争力が強くないなどの課題を指摘し、和諧社会を建設するため改革の推進を加速しなければならないとしている。そして改革の項目として、国有企業の改革、農村の改革、市場秩序の規範化、財政税政と金融の改革、対外経済体制の改革、社会保障システムの完備などを挙げている。
同決定では科学技術に関連して、「科学技術・教育・文化・衛生体制の改革を深化させ、国家の創新(イノベーション)能力と国民全体の資質を高める」として、具体的に次の項目を挙げている。
- 科学技術資源の効率的な配置を促進し、イノベーション能力を高め、科学技術と経済社会の緊密な結合を実現する。
- 企業の科学技術イノベーションへの投資を促進する。
- 国が推進する基礎研究、戦略的ハイテク研究、社会技術研究に従事する研究機関は、職責を明確化し、評価を厳格化し、管理制度を改革する。
- 市場向けの応用技術を開発する研究機関は、引き続き企業への転換を進める。
- 高等教育と科学技術イノベーションの連携を推進する。
- 社会科学と自然科学の協調発展を促進する。
この決定は、胡錦濤政権における経済・社会政策の始まりであり、科学技術イノベーション政策の始まりでもあった。
(参考資料)
・中央人民政府HP 「中共中央关于完善社会主义市场经济体制若干问题的决定」
2. 中央経済工作会議での胡錦濤総書記の講話
2004年12月に開催された中央経済工作会議で胡錦濤総書記は講話を行い、当面の国際国内情勢を分析し、今後の経済活動の主要任務を強調した。これは、前年10月の「社会主義市場経済体制の整備における若干の問題に関する決定」をさらに敷衍する内容であり、三農問題をはじめとする中国社会の格差是正、汚職の撲滅、環境問題を解決して「小康社会」の建設を進めるという政策意図を表したものであった。
講話における主要論点は、次の通りである。
- 共産党によるマクロコントロールを維持強化し、経済を安定的に発展させる。
- 三農問題解決に取り組む。
- 構造改革と調整を強力に推進し、経済成長方式の転換を促進する。
- 社会主義市場経済体制の改革を推進し、持続可能な発展を実現する。
- 国内の発展と対外開放をあわせて進め、国際競争力を強化する。
- 社会保障制度、失業、農村の貧困、所得再配分、義務教育、医療システムなどの課題を解決し、和諧社会の構築に努める。
この中で、3つ目の構造改革推進に関連して胡錦濤総書記は、「自主創新(イノベーション)能力を高めることは、構造調整を推進する重要な一環である。技術研究と開発システムを健全化し、先進的な技術の導入と消化、吸収、イノベーションとを結合させ、イノベーションを奨励する政策体系を充実させ、イノベーション能力に富んだ各種人材の育成に力を入れる必要がある(提高自主创新能力是推进结构调整的中心环节。要健全技术研究和开发体系,坚持先进技术引进和消化、吸收、创新相结合,完善鼓励创新的政策体系,着力培育富有创新能力的各类人才)」としており、この「提高自主創新能力」は、胡錦濤政権における科学技術イノベーション振興のスローガンとなった。
また、6つ目の和諧社会の構築に関連して胡錦濤総書記は、「この観点から国家中長期科学技術発展計画(国家中长期科技发展规划)の制定を急ぐ必要がある」と述べ、これが後述する2006年2月公表の「国家中長期科学技術発展計画綱要(2006年~2020年)」の策定につながっていく。
(参考資料)
・中国駐長崎総領事館HP 「中央经济工作会议召开 胡锦涛温家宝作重要讲话」
3. 中国初の有人宇宙飛行成功
新中国建国直後の宇宙開発は、核兵器・ミサイル(両弾)と人工衛星(一星)をあわせて開発する両弾一星政策を中心として進められた。1964年に原爆とミサイルが、1967年に水爆が完成し、1970年にはソ連からの技術をベースとして独自開発を加えた長征1号ロケットにより、中国初の人工衛星「東方紅1号」の打ち上げに成功した。これにより両弾一星は完成した。
この成功により中国は、軍事技術を中心としたミサイルやロケット開発から、長征ロケットシリーズをベースとした民生用の宇宙開発にも力を入れていくことになった。とりわけ文化大革命が終了した1976年10月以降は、長征ロケットの開発がシリーズ的に進められ、民生利用のための人工衛星の開発と打ち上げが活発化した。
改革開放政策が進展し、経済が拡大するに従い科学技術も急激に発展したことを受け、中国では1992年4月に独自の有人宇宙計画がスタートした。最初の重要な開発項目は有人宇宙船の選択であった。中国式の有人宇宙船は「神舟」と命名された。神舟の命名は、当時の中国共産党総書記であった江沢民によるといわれている。ソ連が1991年に崩壊し、ロシアは経済的混乱を経験することになり、中国はロシアと交渉しソユーズ宇宙船の技術提供を受けることとなった。1999年11月に建国50周年に合わせて中国初の宇宙船神舟1号の打ち上げに成功した。その後神舟2~4号により、動物などを搭載して周到に実験を繰り返し、有人宇宙飛行への準備を着々と整えた。
2003年10月、中国人初の宇宙飛行士となる楊利偉飛行士を載せた神舟5号は、中国西北部の甘粛省酒泉市近郊に位置する酒泉衛星発射センターから打ち上げられ、21時間で地球周回軌道を14周回し、内モンゴル自治区首都フフホトから約80キロメートル北方にある四子王旗に無事着陸した。
この神舟5号の打ち上げと着陸は、中国の国家の威信をかけてのイベントであり、打ち上げられた酒泉衛星発射センターには胡錦濤総書記が壮行会で挨拶を行っており、また、獅子王期の着陸の際には、楊利偉飛行士が宇宙船から地上に出た直後に、温家宝総理から祝福の電話がなされた。中国が欧州主要国や日本を追い抜き、ロシア、米国に次いで世界第3番目となる有人宇宙飛行技術を手に入れた瞬間であった。
旧ソ連がボストークによりユーリイ・ガガーリンを打ち上げたのは1961年4月のことであることや、米国がアポロ11号によりアームストロング船長らを月へ送ったのは1969年7月であることを考えると、2003年の初有人飛行成功はかなり遅れて達成されたものである。しかし、中国の指導者や国民は熱狂的にこの成功を歓迎した。
(参考資料)
・中国人民網日本語版HP 『中国初の有人宇宙船『神舟5号』打ち上げ成功』
4. 国家科学技術インフラ建設綱要(2004年~2010年)
2004年7月、国務院の科学技術部、国家発展改革委員会、教育部、財政部は共同で、「国家科学技術基礎インフラ建設綱要:国家科技基础条件平台建设纲要(2004年~2010年)」を公表した。
新中国建国以来、科学技術進展のためのインフラ整備が行われてきたが、両弾一星政策にかかわるインフラ整備や中国科学院などによるインフラ整備が中心であり、研究者全般に供するという形での国としての基盤的なインフラ整備は行われてこなかった。20世紀末からの経済成長を受け、また自主的な技術開発を強化する意味からも自前でのインフラ建設の重要性が高まったことから、国の科学技術基礎インフラ整備についての指針が必要とされた。建設綱要は、全ての科学技術活動の基礎となるインフラ(中国語では基礎条件平台)について、今後の整備方針とその共用方針を定めたものである。
この綱要策定の目的は、イノベーションと科学技術の発展に必要な科学技術基礎インフラを特定して2010年までに建設し、これらインフラの共用と管理システムを確立し、それを支える専門的な人材を育成することである。そして、当面建設が急がれる科学技術基礎インフラとして、以下のものを特記している。
- 研究・実験のための基地と大規模な科学機器
- 動植物、微生物、遺伝子などの科学技術資源の共有インフラ
- 科学データ共有インフラ
- 科学技術文献共有プラットフォーム
- 研究成果を産業技術に転化させるインフラ
- 大型共用計算機や科学技術ネットワーク
2006年には、下記の「国家中長期科学技術発展計画綱要(2006年~2020年)」が公表され、この綱要で示された科学技術インフラについての考え方が確認されている。
(参考資料)
・科学技術部HP 『2004-2010年国家科技基础条件平台建设纲要』
5. 全国科学技術大会での胡錦濤総書記の講話
胡錦濤総書記は、2006年1月に開催された全国科学技術大会に出席し、「中国的な自主イノベーション(自主創新)の道を堅持し、イノベーション型国家(創新型国家)を建設するために奮闘する:坚持走中国特色自主创新道路,为建设创新型国家而努力奋斗」と題して、概略以下の講話を行った。
科学技術は第一の生産力であり、人類文明の進歩を推進する革命的な力である。我々は、世界の科学技術の発展と厳しい国際競争に対応して、科学技術を優先的に発展させ、経済発展の主導権を勝ち取る必要がある。
中国共産党中央の指導の下、国務院は2千人以上の専門家を組織し、十分な調査研究を基礎に「国家中長期科学技術発展計画綱要(2006年~2020年)」(次項参照)を策定した。21世紀において、我が国の科学技術の発展を加速させる意義を認識し、この計画綱要を確実に実行しなければならない。
創新型国家を建設するということは、自主創新能力を強化し、科学技術の飛躍的発展を推進することである。自主創新能力を強化することを国家戦略とし、高いレベルの革新的な人材を育成し、自主創新に有利な体制を形成し、中国の特色のある社会主義の偉大な事業を発展させる。
創新型国家の建設という目標を実現するために、次の5点を強調したい。
- 我が国の科学技術の戦略重点を把握し、中国的な自主創新の道を歩むよう努力し、絶えず創新型国家の建設のために強固な基礎を打ち立てる。
- 自主創新能力を高めることを科学技術の第一義とし、経済・社会への奉仕という任務を確認し、経済・社会の発展を制約する科学技術的課題の解決に力を入れ、国の競争力を大幅に高める。
- 体制改革を深化させ、国家における創新体系の建設を加速させる。
- 労働を尊重し、知識を尊重し、人材を尊重し、創造を尊重する方針を堅持し、人材強国戦略を実施して、徳と才能を兼ね備えた優秀な人材とリーダーを育成する。
- 全社会で創新意識を育成し、創新精神を提唱し、創新文化を発展させる。
2030年までの15年間で、我が国を創新型国家として先進国の仲間入りさせることは、重くて困難な任務であり、広範で深刻な社会変革でもある。創新型国家を建設することは、時代が私達に与えた光栄な使命であり、私達の世代が担うべき歴史的責任である。全党、全国民は思想を統一し、奮起し、努力し、中国の特色のある自主創新の道を堅持し、創新型国家を建設するために努力しなければならない。
(参考資料)
・科学技術部HP 『胡锦涛在全国科学技术大会上的讲话』
6. 国家中長期科学技術発展計画綱要(2006年~2020年)
2006年2月に国務院は、「国家中長期科学技術発展計画綱要:国家中长期科学和技术发展规划纲要(2006年~2020年)」を公表した。この綱要は、半世紀以上にわたる中国の科学技術の経験を踏まえて策定され、未来に向かって中国を創新型国家に転換させる重要な政策である。この綱要の考え方は、その後策定された「国家イノベーション駆動型発展戦略綱要(2016年~2030年)」による追加的な変更を受けつつも、現在においても重要な指針となっていることもあり、少し詳細に述べる。
- 策定の経緯
この綱要は、2006年1月の全国科学技術大会での胡錦濤総書記の講話(前項参照)で言及されたものであり、中国の科学技術・イノベーション政策の長期的な基本方針を示したものである。
2003年10月に中国共産党中央委員会全体会議で公表された「社会主義市場経済体制の整備における若干の問題に関する決定」は、三農問題をはじめとする中国社会の格差是正、汚職の撲滅、環境問題を解決して「小康社会」の建設を進めるという胡錦濤政権の政策を示したものであり、その中で「科学技術・教育・文化・衛生体制の改革を深化させ、国家創新能力と国民全体の資質を高める」との方針が明示された。
さらに2004年12月に開催された中央経済工作会議で胡錦濤総書記は講話を行い、「自主創新能力を高めることは、構造調整を推進する重要な一環である。技術研究と開発システムを健全化し、先進的な技術の導入と消化、吸収、イノベーションとを結合させ、イノベーションを奨励する政策体系を充実させ、イノベーション能力に富んだ各種人材の育成に力を入れる必要がある」と述べるとともに、「国家中長期科学技術発展計画の制定を急ぐ必要がある」と述べ、これがこの綱要策定につながった。
この綱要策定のため国務院内に臨時組織が設置され、座長・温家宝首相、副座長・陳至立国務委員(教育担当、前教育部長)の体制のもと、約1年間かけて複数のテーマ(製造業の発展、農業科学技術、運輸科学技術など)で議論が行われ、これら議論を踏まえて科学技術部が取りまとめた。 - 基本方針
改革開放後中国は、海外の技術・設備を導入して産業技術を向上させ、経済を発展させた。しかし、技術導入のみでは世界の先進技術国との差を拡大させるだけであり、また経済の生命線や国家の安全に関係する領域では本当の重要技術を買うことはできない。中国が激烈な国際競争の中で主導権を持つには、自主創新能力を高めることが必須であり、重要な領域で技術を開発し、知的所有権を持ち、国際競争力を持つ企業を育成しなければならない。自主創新能力を高めることを国家戦略とし、それを近代化建設の全ての局面において徹底する。 - 目標
2020年までの科学技術発展の目標は、次の通りである。
〇自主創新能力を高め、小康社会(いくらかゆとりのある社会)の全面的な建設における力強い支柱とする。
〇基礎科学と最先端技術の研究における総合力を高め、創新型国家の仲間入りを果たし、今世紀中葉に科学技術強国になるための基盤を固める。
〇具体的な数値目標として、国内総生産(GDP)に占める国全体の研究開発投資の割合を2.5%以上に引き上げ、科学技術進歩の貢献率を60%以上にし、対外技術依存度を30%以下に引き下げ、中国人の年間の特許取得件数と国際的な科学論文の被引用件数をいずれも世界5位以内にすることを目指す。 - 重点領域と優先的な課題
本綱要では、中国の国情とニーズに立脚して重点分野を定め重大なコア技術を獲得するため、11の国民経済社会の発展にかかわる重点領域と、近い将来に技術のブレークスルー実現が可能な68の優先的な課題が掲げられている。
11の重点領域とは、エネルギー、水資源および鉱物資源、環境、農業、製造業、交通運輸業、情報産業と近代的なサービス業、人口と健康、都市化および都市発展、公共の安全、国防である。68の優先的な課題は、11の重点領域のサブテーマとして挙げられており、例を示すとエネルギー領域では、工業における省エネルギー、石炭の高効率・クリーン利用、石油天然ガス資源の探査および開発利用、再生可能エネルギーの開発利用、大規模送配電および電力網の安全確保の5テーマが挙げられている。 - 重大特定プロジェクト
重大特定プロジェクトとは、国家目標と重要技術のブレークスルーを達成するため、科学技術資源を重点的に投資して重要基盤技術を完成させるもので、いわゆる「ナショナルプロジェクト」である。本綱要では、情報やバイオテクノロジー等の戦略的産業分野、エネルギー資源・環境および国民衛生等の緊急課題分野、軍民両用技術分野、国防技術分野などで、重要電子部品、ハイエンド汎用チップおよび基礎ソフトウェアなど16項目を選定している。
この綱要が公表された後、この重大特定プロジェクトは次項で述べる「国家科学技術発展11次五か年計画(2006年〜2010年)」でより具体的な内容が示され、「国家科学技術重大特定プロジェクト:国家科技重大专项」として実施されていった。 - 先端技術と基礎研究
将来の課題に対応し経済と社会の発展を導く創新能力を高めるため、先端技術と基礎研究を強化することとし、8つの先端技術領域、3つのカテゴリーの基礎科学、4つの重大科学研究計画を選定する。
8つの先端技術領域とはバイオテクノロジー、情報技術、新材料技術、先進製造技術、.先進エネルギー技術、海洋技術、レーザー技術、航空宇宙技術である。3つのカテゴリーの基礎研究とは、学術分野を発展に寄与する研究、先端的課題を究明する研究、国家の重大な戦略ニーズに対応する基礎研究である。4つの重大科学研究計画とは、タンパク質研究、量子制御研究、ナノテクノロジー研究、発育および生殖の研究である。 - 政府の措置
選定されたプロジェクトや研究計画などを実施するため、本綱要は政府の取るべき措置として以下を列記している。
- 科学技術体制改革を進め、国家創新体制を構築する。具体的には、企業の技術開発に対する財政税制上の優遇、政府調達、知財戦略、金融措置、ハイテク産業化措置、郡民転換措置などを強化する。
- 研究開発資金を確保し、科学技術インフラを整備する。
- 創新人材の育成を強化する。
(参考資料)
・中央人民政府HP 『国务院关于印发实施《国家中长期科学和技术发展规划纲要(2006—2020年)》若干配套政策的通知』
7. 国家科学技術重大特定プログラム
「国家科学技術重大特定プロジェクト:国家科技重大专项(National Science and Technology Major Project)」は、核心的なブレークスルー達成と資源の集中により国家目標を実現する科学技術プロジェクト(ナショナルプロジェクト)であり、国家中長期科学技術発展計画綱要(2006年~2020年)でプロジェクト名が挙げられ、その後に公表された第11次五か年計画でより具体化された13個のプロジェクトである。五か年計画の公表後、国務院の科学技術部と関連部局が準備作業を2年間にわたって行い、2008年から実施されていった。
選定に当たっての基本原則は次の通りである。
- 経済社会の発展に密接に関係し、自前の知的財産権を形成することや、自主創新能力を持つ戦略的産業を育成できる。
- 産業競争力全体の向上に影響を与え、牽引力のある基幹共通技術を獲得できる。
- 経済社会の発展を制約する重大なボトルネック問題を解決する。
- 国家の安全保障と総合国力の強化に重大な戦略的意義を持つ。
- 中国の国情に合致し、国力的に耐えることができる。
第11次五か年計画での13個のプロジェクトは次の通りである。
- コア電子デバイス、ハイエンド汎用半導体チップおよび基本ソフトウェア
- 超大規模集積回路製造設備(VLSI)およびフルセット技術
- 次世代高速無線通信網
- ハイエンド・コンピューター・数値制御工作機械(CNC)と基礎製造技術
- 大型油ガス田および炭層メタンガス開発
- 大型先進加圧水型原子炉および高温ガス冷却型原子炉原子力発電所
- 水汚染抑制と処理
- 遺伝子組み換えによる育種
- 重大新薬の開発
- HIVおよびHBVの予防
- 大型航空機の開発
- 高解像度地球観測システム
- 有人宇宙飛行と月探査
これらのプロジェクトの実施主体は、主に国立研究機関や企業であり、研究資金は中央財政、管轄部局、地方政府および研究機関・企業の自己資金から充当された。このプロジェクトは、現在までに数々の成果を上げた。2016年にスパコン世界ランキングの一位となった「神威・太湖の光」に使われたCPU(申威26010)の開発、2017年5月に初飛行が実現した大型航空機C919、第三世代原子炉である「華龍一号」、2019年1月に月の裏側に着陸を成功させた月探査機「嫦娥4号」等は、このプロジェクトの成果である。
(参考資料)
・百度HP 『国家科技重大专项』
8. 国家科学技術11次五か年計画(2006年〜2010年)
2006年3月の全国人民代表大会において、中国全体の経済社会計画である「中国国民経済・社会発展第11次五か年計画」とあわせて、「国家科学技術発展11次五か年計画:国家十一五科学技术发展规划(2006年〜2010年)」が決定された。この計画は、前述の「国家中長期科学技術発展計画綱要(2006年~2020年)」の最初の5年間をカバーする計画であり、策定時期がほぼ同じであるため基本的な考え方は同一となっている。
以下に国家中長期科学技術発展計画綱要を基に、より具体的な施策に踏み込んだ内容を列記する。
一つ目のポイントは、5年間の目標設定である。綱要では、国内総生産(GDP)に占める国全体の研究開発投資の割合を2.5%以上、科学技術進歩の貢献率を60%以上、対外技術依存度を30%以下、中国人の年間の特許取得件数と国際的な科学論文の被引用件数をいずれも世界5位以内にするとしたことを受け、2010年までの目標を次の通り示している。
〇GDPに占める国全体の研究開発投資割合 2%
〇科学技術進歩の貢献率 45%以上
〇対外技術依存度 40%以下
〇FTE(フルタイム換算)による研究者数 130万人以上。
〇国際的な科学論文の被引用件数 世界トップ10位以内
〇中国人の年間の特許取得件数 世界トップ15位以内
二つ目のポイントは、重大特定プロジェクトの実施である。綱要では、重大特定プロジェクトとして情報やバイオテクノロジー等の戦略的産業分野、エネルギー資源・環境および国民衛生等の緊急課題分野、軍民両用技術分野、国防技術分野などから、16項目を選定した。五か年計画では、このうち民生用の13のプロジェクトの内容を詳細化して示しており、その資金確保と実施体制についての考え方を示している。その後、国務院の関連部局で詳細と実施体制について検討が行われた後、次項で述べるように「国家科学技術重大特定プロジェクト:国家科技重大专项」として実施されていった。
三つ目のポイントは、科学技術インフラの整備の強化である。すでに述べた「国家科学技術基礎インフラ建設綱要(2004年~2010年)」の内容を追認するとともに、さらに「重大科学技術インフラ」の建設実施を記している。この五か年計画で建設すべき重大科学技術インフラとして挙げられたのは、次の12項目である。そして、この五か年計画の実施計画の一つとして2007年1月に公表された「国家自主創新基礎能力建設第11次五か年計画:国家自主创新基础能力建设十一五规划(2006年〜2010年)」で、12項目のより詳細な実施方策が示され、建設の促進が唱われた。
- 核破砕中性子源
- 強磁場装置
- 大型天文望遠鏡(LAMOST)
- 海洋科学総合調査船
- 航空リモートセンシングシステム
- 航空機開発実験用大型凍結風洞
- 地殻変動観測ネットワーク
- 材料安全評価研究施設
- 大型宇宙環境基盤観測システム(子午工程)
- タンパク質科学研究施設
- 地下資源と地震予測用極低周波電磁探知網
- 農業生物安全研究施設
この五か年計画は、21世紀に入ってからの中国経済の発展に支えられ大きな成果を挙げている。具体的には次の通りである。
- 中国全体の研究開発投資は、2010年は6,980億元に達し、2005年の2.8倍となった。国家財政の科学技術投入額は、年平均で20%以上増加した。
- FTE(フルタイム換算)による研究者数は年平均で13%成長し、2010年は255万人に達した。
- 国際科学論文総数は世界第5位から第2位に台頭し、被引用回数は世界第13位から第8位まで上昇した。
- 発明特許承認数は世界第3位にまで上昇し、国内の発明特許申請数は年平均で25.7%成長し、承認数は年平均で31%成長した。
- 有人宇宙飛行、月探査事業、スーパーコンピューター、スーパー交雑水稲(ハイブリッド米)、高速鉄道、実験高速炉、量子通信、鉄系超伝導、有人深海潜水、誘導多機能乾細胞などにおいて、シンボリックな重要な成果が得られた。
(参考資料)
・科学技術部HP 『国家“十一五”科学技术发展规划』
9. 国家科学技術12次五か年計画(2011年〜2015年)
2011年7月に科学技術部は、「国家科学技術発展第12次五か年計画:国家十二五科学和技术发展规划(2011年~2016年)」を公表した。国家中長期科学技術発展計画綱要(2006年~2020年)の実施計画であり、国家科学技術発展第11次五か年計画(2006年〜2010年)に続くものである。第11次五か年計画が順調に実施され成果も挙がったため、綱要や第11次五か年計画と基本的な考え方に大きな変化はない。
一つ目のポイントとして、第12次五か年計画でも5年間の目標を設定している。綱要では2020年までに、国内総生産(GDP)に占める国全体の研究開発投資の割合を2.5%以上、科学技術進歩の貢献率を60%以上、中国人の年間の特許取得件数と国際的な科学論文の被引用件数をいずれも世界5位以内にするとしたことを受け、2015年までの目標を次の通り示している。
- GDPに占める国全体の研究開発投資割合を 2.2%
- 科学技術進歩の貢献率を55%以上
- 国際的な科学論文の被引用件数を世界5位以内
- 中国人の年間の特許取得件数を世界5位以内:1万人あたりの特許保有数を3.3件、研究開発者の特許申請数を年間12件/100人
二つ目のポイントは、重大特定プロジェクトの継続的な実施である。綱要では、情報やバイオテクノロジー、エネルギー資源・環境分野などから、16項目を選定し、第11次五か年計画で民生用の13のプロジェクトの内容を詳細化し、2008年からナショナルプロジェクトである「国家科学技術重大特定プロジェクト:国家科技重大专项」として実施されていった。今回の第12次五か年計画では、13項目から10項目となり、大型航空機の開発、高解像度地球観測システム、有人宇宙飛行と月探査の3項目はこの五か年計画とは別の計画により実施されることになった。
三つ目のポイントは、さらなる自主創新能力の強化である。先進諸国からの技術導入による経済発展のモデルの限界を認識し、経済発展のモデルを転換する原動力として、自主創新による先端コア技術の開発を推進することを当計画の中心内容とした。このため、戦略的新興産業として省エネ環境保全産業、新世代情報産業、バイオ産業、ハイエンド装置設備製造産業、新エネルギー産業、新材料産業、新エネルギー自動車産業の7産業を、重点分野技術として農業技術、重点産業技術、科学技術サービス業技術、国民の生活にかかわる技術、持続可能な発展を支える技術の5技術を列記している。
2015年では、上記当綱要の目標達成について、
- 科学技術進歩の経済社会の発展への寄与度は、55.3%に達した。
- 全社会研究開発支出は1兆4,000億元(約22兆円)を超え、2010年より倍増。
- 発明特許出願件数・取得件数は、いずれも2010年の3.3倍となった。
また、2016年に北京で開催された「第12次五カ年計画科学技術成果展示会」では、宇宙実験室「天宮2号」内の風景、中国製のハイエンド「チップ」、新エネ車、高速鉄道、近代的な農業施設、エボラワクチン、整形外科ロボットなどのモデルが一般公開された。ただ中国政府は、本5か年計画の成果を認めつつも、米国と比較すると、研究開発費は半分程度、研究論文も量が超えたが、質(被引用数)など差がまた大きいと認識している。
(参考資料)
・教育部科技発展中心HP 『《国家“十二五”科学和技术发展规划》全文发布』
10. 科学技術進歩法の改正
1993年に制定された科学技術進歩法は、その後の経済成長を踏まえた修正が必要となった。2007年3月に改正案が公表され、パブリックコメントに付された。所要の修正を加えられた後、2007年12月に全国人民代表大会常務委員会において科学技術進歩法の改正案が可決され成立した。
旧法では、科学技術振興にかかわる精神規定的なものが多かったのに対して、改正法はハイテク産業への投資拡大、企業の研究開発や技術導入の奨励とそれに伴う税制優遇措置等について細かく規定しており、ほとんど新法の成立に近い大改定であった。
以下に新法で大きく変更された点を述べる。
- 国の研究開発投資の大幅拡充:改正法の第59条に「国の予算の科学技術経費の伸び率は、国全体の経常的な収入の増加率より高くしなければならない。中国全体の研究開発費のGDPに対する比率は、逐次増加させなければならない」と規定されている。この条項は、その後の中国全体の科学技術予算を長期的に増やす法的根拠となった。
- 企業の科学技術活動に対する奨励:改革開放開始以来、中国の経済主体は企業が中心となっており、これら企業が国際競争力を高めるためには、科学技術活動を強化することが必須と考えられた。今回の改訂では、税制上の優遇(第17条、第36条)、金融支援(第18条)、政府調達(第25条)、企業のイノベーション活動奨励(第33条、第34条)などが規定された。これらの条項を受けて企業のイノベーション・インセンティブが一気に高められ、国内でハイレベルな研究開発の成果を生み出す企業、組織が続々と育つこととなった。
- 中国版バイドール法:今回、知的財産権を生み出した研究者に対する権利保護を、米国などの先進国並みとする改訂が盛り込まれた。具体的には、第20条で「政府資金で行った科学技術プロジェクトによって得られた専利権(日本でいう特許権、意匠権および実用新案権)、コンピューター・ソフトウェアの著作権、集積回路の設計図所有権、植物新品種権(種苗法の育成者権)は、国家の安全、国家利益または重大な社会の公共利益に影響するものでない限り、科学技術プロジェクト実施者が法律に基づき取得する」とされた。
- 科学技術インフラ整備:米国など他の先進国と比較して中国では、科学技術インフラの整備が後れていた。今回の改訂で第64条や第65条により、大型の科学機器や設備、科学技術研究基地、研究装置や研究設備、科学技術文献・科学技術データ・自然資源等の科学技術に関する情報システムなどを国が責任を持って整備すると規定された。
今回の改正により、国や企業の科学技術予算を長期的に増やす法的根拠を示し、組織および個人の知的財産権の帰属を明確し、ハイレベルの研究開発の成果を生み出す企業、組織、個人を徹底的に奨励する政府の意図を明確にした。これにより、中国の爆発的な経済発展と歩調を合わせ、科学技術イノベーションも大幅に強化拡大していくこととなった。
(参考資料)
・科学技術部HP 『中华人民共和国科学技术进步法(2007年修订)』
・SPCのHP 『中国科学技術進歩法の改正の概要について』
11. 千人計画
2008年、中国共産党中央員会組織部は、1994年に開始された百人計画などの経験を踏まえ、「海外ハイレベル人材招致計画:海外高层次人才引进计划(千人計画)」の実施に着手した。国内の大学、研究機関、国営企業、金融機関、ハイテク産業開発区などに、海外で活躍する優秀な人材を2千人程度招聘し、重要な技術を開発し、ハイテクを研究し、イノベーティブな創業を推進することをサポートする政策であり、2千人程度の招聘者を目標としたため「千人計画」と呼ばれることとなった。
この千人計画を発案した中国共産党中央委員会組織部は、中央省庁、地方政府、国有企業、金融機構、大学などの幹部の任命を司る人事の最高司令塔で、「中央組織部」と略称される。中央組織部が前面に出たこの計画の開始は、海外人材誘致政策を党全体で本格化させたことを示すと同時に、海外人材を中国全体の発展のためにより重要なポストに就かせる決意も表している。
中国科学院による百人計画などの従来の科学技術人材政策と違い、千人計画は研究・教育分野の人材だけではなく、産業界や金融界の国有企業にかかわるトップ人材もあわせて招致することであった。共産党が前面に出た背景には、かつて2002年に国務院が海外から国有企業のトップ人材を公募したが、2008年までに543の重要ポストに29人の海外人材しか招致できなかったことがある。
千人計画では、人材誘致について環境整備が最も重要であるとされ、経費、報酬、待遇だけではなく、海外人材の生活、研究、就業にかかわる環境整備が進められ、保険税収、出入国管理、配偶者就業、子女入学、住宅手当、受入機関の体制、地方政府のサポートなどの面から手厚く最適な受入環境を整備した。千人計画では国籍を問わず、55歳以下で海外で博士号を取得している者が対象とされる。外国籍でも応募できるのは中国の人材招致政策として初めてである。外国籍の人材を重要視し、短期間でも中国で研究活動してほしく、国際的な人材ネットワークの強化による研究レベルの向上を狙っていることを表している。
千人計画の種類は、長期プログラム(中国での年間活動期間9か月以上)、短期プログラム(中国年間活動2か月以上)、創業人材プログラム(海外起業経験と自前技術を有する人材)、外国専門家プログラム、青年千人計画プログラム(40歳以下)の5つである。採択者のポストとして、中国の重点大学、研究機関、金融機関などの上級管理職と、国家重点実験室、863計画、973計画などのプロジェクト責任者などが用意される。この他にも、外国籍の者には永住権が、中国籍の者には任意の都市戸籍が与えられる。
千人計画の採択者は、2018年までに約8千人となり、当初計画の2千人を大幅に超えた。受入れ機関を見ると、清華大学が1位、浙江大学が2位となっている。千人計画の成果としては、採択者本人の貢献だけではなく、その採択者の人的ネットワークおよび成功経験による波及効果が重要である。
(参考資料)
・SPC HP 「千人計画」