第3回 浙江大学

1. はじめに(概要)

○浙江大学は、北京大学や清華大学に次いでおり、二番手グループの一校として復旦大学や上海交通大学などと競っている。浙江大学の強みは工学、農学、医学である。

○清朝末期に浙江省杭州に創立された求是書院を源とし、日中戦争で大陸西部への疎開を余儀なくされた。戦後杭州に戻り、新中国発足に伴う学部調整により工学部中心の大学となったが、1998年に総合大学に復活した。

○浙江大学の多くのキャンパスが位置する杭州は、隋の煬帝が建設した京杭大運河の終着点であり、宋の都としても栄えた。浙江省は、杭州の他に温州、寧波、紹興などを擁し、工業や商業が盛んである。

浙江大学の正門 百度HPより引用

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2. 名称と所管

(1)名称

・日本語表記 浙江大学 

・中国語表記 浙江大学  略称 浙大

・英語表記 Zhejiang University

(2)所管

 国務院教育部の直轄大学である。

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3.本部の所在地

(1)浙江省

 大学の名にある浙江省は、中国大陸の華東地域に位置し、北に江蘇省と上海市、西に安徽省と江西省、南に福建省と接する。東は東シナ海に面する。浙江省南西部から福建省に位置する仙霞嶺山脈を源とする銭塘江が、浙江省の北部を西から東に流れ杭州湾に注いでいる。この銭塘江の古称の一つが「浙江」であり、省名の由来となった。

 浙江省の全人口は約6,500万人、面積は約10.55万平方キロであり、気候は日本の東京に近い温帯性で、平均気温は約18度である。浙江省の重要な都市とその人口は、杭州市(約1,200万人)、温州市(約960万人)、寧波市(約940万人)、紹興市(約530万人)などである。

 紀元前の春秋戦国時代から交易の要衝として発展してきたが、随の煬帝が北京と浙江省杭州を結ぶ京杭大運河を完成させたことにより、経済面で優越していた中国南部と政治・文化の中心地であった北部が連結され、中国の一体化が高まった。浙江省は現在においても先進的で経済的に豊かな省である。

(2)杭州市と西湖

 大学の本部がある都市は、浙江省の省都である杭州市である。杭州市は日本語で広東省の広州市と同じ読みとなるため、「くいしゅう」と湯桶読みされることがある。ただし、中国語での読み方は、杭州(Hangzhou)と広州(Guangzhou)と全く違う。

 隋代以降、京杭大運河の終着点として経済文化が発達し、「上有天堂、下有蘇杭(上に天国あり、下に蘇州・杭州あり)」と称えられた。南宋時代には臨安府として都が置かれた。

 市中心部の西には世界遺産の西湖があり、浙江大学の本部もこの西湖の湖畔にある。

浙江省杭州市にある西湖の風景 百度HPより引用

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4.規模

(1)学生数

・学部学生数 29,286人 (中国主要大学中22位 2022年)詳しくはこちら参照。

  中国1位・鄭州大学(47,000人)、東京大学(13,962人)、ハーバード大学(約6,700人)

・大学院生数 33,850人 (中国主要大学中2位 2022年)詳しくはこちら参照。

  中国1位・清華大学(38,783人)、東京大学(13,341人)、ハーバード大学(15,200人)

(2)教員数

・専任教師数 4,383人 (中国主要大学中5位 2022年)詳しくはこちら参照。

  中国1位・吉林大学(6,506人)、東京大学(約4,000人)、ハーバード大学(約2,400人)

(3)予算額

・予算経費 261.03億元(約5,000億円) (中国主要大学中2位 2022年)詳しくはこちら参照。

  中国1位・清華大学(約6,900億円)、東京大学(約2,600億円)、スタンフォード大学(約6,500億円)

(4)主なキャンパス

 浙江大学は現在8つのキャンパス(校区)を有している。杭州市内に紫禁港、玉泉、西溪、華家池、之江の5つのキャンパス、浙江省内の舟山市、海寧市、寧波市に、それぞれ1つのキャンパスである。

(5)学部

 浙江大学は、人文学部、社会科学学部、工学部、農業生命環境学部、医学部、理学部、工学部の7学部を有している。

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5.沿革

(1)求是書院の設立

 浙江大学の源流は、清末の1897年に杭州市の知府(知事)林啓により創建された求是書院に遡る。求是書院は、現在も杭州市内に存在する名刹・普慈寺の建物を利用して教育を開始した。求是書院では、西洋の学問を中心とする新学を基本とし、中国語、英語、数学、地理、物理、化学などが教えられ、年限は5年間であった。外国人教師も招聘され、留学生も選抜された。

現在も残る求是書院 百度HPより引用

(2)国立浙江大学に発展

 求是書院はその後何度か名称を変更しつつ存続したが、1911年の辛亥革命で清朝が滅亡した後の混乱期で学習募集を中止し、1914年に廃止された。

 その後卒業生や元教師らが同校の復活を工作したが、軍閥政治の混乱が主因となって実を結ばなかった。国民政府は、徐々に中国全体の統一を進め、1927年に杭州も支配下として、求是書院の跡地に国立第三中山大学を新たに設置した。国立第三中山大学は、求是書院の後継組織だけではなく、別途杭州に存在した浙江公立工業専門学校と浙江公立農業専門学校を改組し、工学部と農学部として編入した。翌1928年4月には浙江大学、同年7月には国立浙江大学と改称した。

(3)西部への疎開

 1937年7月に日中戦争が始まり、中国大陸の沿岸部に位置していた中国の主要大学の多くは、日中戦争の戦火を免れるため大陸西部に疎開を余儀なくされた。浙江大学も、当初は杭州を離れて浙江省内の山間部に、続いて西隣の江西省に移転したが、日本軍の急激な侵略を受け1940年に重慶の南に位置する貴州省遵義に移動した。約2,600キロメートルの行程であり、大学の教職員と学生さらにはその家族による、大量の図書、資料、計器、設備、家財道具などを携えての苦難の旅であった。

 1945年8月、日本が太平洋戦争に敗北し、中国から撤退を進めると、浙江大学も徐々に浙江省杭州への帰還を開始し、1946年9月に貴州省遵義からの撤収を完了した。1948年時点で、浙江大学は文、理、工、農、医、法、教育の7学部を擁し、教職員約600名、学生約2,000名の総合大学であった。

(4)院系調整

 国共内戦に勝利した中国共産党は、1949年に浙江大学を接収し一部の教師を新設の中国科学院に移転させた。さらに新中国が建国され、1952年にソ連の高等教育制度を参考とした院系調整が中国全土で進められ、浙江大学も院系調整に大きな変更を受けた。具体的には次の通りである。

○医学部は、同省内にあった浙江省立医学院と合併して、浙江医学院として独立。1960年に浙江医科大学に改名。

○文学部と理学部の大部分は、同省内の之江大学や浙江師範学校などと合併し、浙江師範学院として独立。1958年に他の大学と合併して杭州大学と改名。

○農学部は、そのまま浙江農学院として独立。1960年に浙江農業大学に改名。

○理学部のうち、数学、物理、化学は上海の復旦大学に編入。

○薬学は、上海第一医学院(現復旦大学上海医学院)に編入。

 以上の結果、院系調整後の浙江大学は、工学部の電機、化学工学、土木、機械を中心とする工学単科大学になった。

(5)四大学合併による浙江大学の設立

 1963年に教育部による全国重点大学指定などを契機に、院系調整で失われた学科や学部の復活を徐々に進め、総合大学を目指していった。さらに1998年には、浙江大学、浙江医科大学、杭州大学、浙江農業大学が合併し、新たな浙江大学となった。現在は、中国でもトップクラスを誇る総合大学である。

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6.現在の指導部

(1)学長

 現在の学長は、呉朝暉(吴朝晖)である。呉朝暉は、1966年浙江省温州まれで、浙江大学で計算機科学を専攻し、ドイツのAI研究センターに留学の後、1993年に博士号を取得している。博士号取得の後は、母校で教師となり、2000年に教授、2008年に副学長、2015年に学長となり、現在に至っている。

(2)共産党書記

 浙江大学共産党委員会書記は、任少波である。任少波は、1965年浙江省新昌生まれで、1986年に浙江大学土木工学科を卒業し、同大学の共産党委員会に奉職した。2016年に副学長となり、2019年から共産党委員会の書記を務めている。

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7.分野の特色

 浙江大学は、理学、工学、農学、医学で秀でた大学である。具体的な指標で見たい。

(1)双一流学科建設

 2017年に開始され2022年に改訂された双一流学科建設において、浙江大学は次の21の学科が選定されている。

・理学系(3)  化学、物理学、生態学

・工学系(11)  機械工学、光工学、材料科学・工学、動力工学・工程熱物理、電気工学、制御科学・工学、計算機科学・工学、土木工学、環境科学・工学、ソフトウェア工学、管理科学・工学

・農学系(4)  農業工学、園芸学、植物保護、農林経済管理

・医学系(3)  基礎医学、臨床医学、薬学

(2)国家重点実験室

 浙江大学には、10か所の国家重点実験室がある。これは、13か所の清華大学に次いで中国2位である(詳しくはこちら参照)。具体的な分野は、工学系がシリコン材料、計算機補助設計・グラフィックス、流体動力・機械電子システム、工業制御技術、現代光学機器、クリーン・エネルギー利用、化学工学(他校と連携)の7か所、農学系が植物生理学・生化学(他校と連携)、水稲植物学(他校と連携)の2か所、医学系が感染症診断・治療の1か所となっている。

(3)NSFC面上項目予算獲得

 日本の科研費に近い予算として、国家自然科学基金委員会(NSFC)が所管する面上項目予算がある。この予算をどの程度獲得するかで、当該大学の研究能力を判定しうる。2019年で浙江大学は全体で上海交通大学、中山大学に次いで中国第3位である(詳しくはこちら参照)。個別の分野での順位は、数理(数学、物理、天文学、力学)で8位、化学で10位、生命科学(生物学、農学)で3位、地球科学で4位、工学・材料科学で5位、情報科学で3位、管理科学で1位、医学で6位となっている。

(4)附属医院

 浙江大学は、7つの附属医院を有する。

医学院附属第一医院

医学院附属第二医院

医学院附属邵逸夫医院

医学院附属産婦人科(妇产科)医院

医学院附属小児科(儿童)医院

医学院附属歯科(口腔)医院

医学院附属第四医院

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8.学問的な成果と国際的な評価

(1)SCI論文数と被引用数

 クラリベートアナリティックス社のSCI論文データによると、2022年5月までの過去10年間の論文数が112,563編、被引用数が1,811,187回で、被引用数での世界順位が70位、中国大学での順位が5位である。詳しくはこちら参照。

(2)ネーチャーインデックス

 ネーチャーインデックス2022によると、論文数(分数カウント)が417.24編であり、世界順位が15位、中国での順位が6位である(詳しくはこちら参照)。ちなみに、世界1位は中国科学院(1,963.00編)で、中国大学1位は中国科学院大学(世界第8位、530.20編)、日本1位は東京大学(世界第14位、447.54編)である。

(3)中国国内の評価

 教育部の2022年のランキングでは3位(詳しくはこちら参照)、中国校友会2022でのランキングでは4位(詳しくはこちら参照)である。

(4)国際的な大学ランキングでの評価

 QS国際ランキング2023では世界42位、中国国内第4位である。世界1位は米国のMIT、中国1位は世界12位の北京大学、日本1位は世界23位の東京大学である。詳しくはこちら参照。

 THE国際ランキング2022では世界75位、中国国内4位である。世界1位は英国のオックスフォード大学、中国1位は世界16位の北京大学と清華大学(同点)、日本1位は世界35位の東京大学である。詳しくはこちら参照。

(5)九校連盟

 2009年10月に、浙江大学、北京大学、清華大学、上海交通大学、復旦大学、南京大学、中国科学技術大学、ハルビン工業大学、西安交通大学の9校が、相互協力・交流の強化、教育資源の相互補完、ハイレベル人材の育成等を図るため、「一流大学人材育成協力・交流協議書」を締結した。これは「九校連盟」と呼ばれ、中国版の「アイビーリーグ」とされている。

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9.著名な卒業生など

(1)中国校友会傑出学術人材ランキング

 中国校友会は、各大学の卒業生における中国科学院院士、中国工程院院士、中国社会科学院学部委員、主要な科学技術賞受賞者、大学の学長、著名な医師などの数を指標としたランキングを毎年公表している。このランキングで浙江大学は、北京大学、清華大学に次いで中国国内3位である。詳しくはこちら参照。

(2)著名な学長や教師

①竺可楨(1890年~1974年):イリノイ大学やハーバード大学に学んだ気象学者であり、日中戦争や国共内戦時の混乱時に学長として大学の維持発展に寄与した。大学の西部疎開やその撤収を陣頭指揮した。2000年に設置された学内の文理融合を目指す教育組織「竺可楨学院」にその名を残している。

②蘇歩青(1902年~2003年):日本の東北大学で博士号を取得の後帰国し、1933年から浙江大学に奉職し、竺可楨学長らと日中戦争時の苦労をともにする。院系調整後、上海の復旦大学に移り、1978年から5年間同大学で学長を務めた。夫人は日本人の松本米子である。

③王淦昌(1907年~1998年):ベルリン大学で博士号を取得した物理学者である。1934年から1947年まで浙江大学で物理学を教えたが、その弟子の一人が後述する李政道である。核兵器の開発などに尽力した後、核融合研究の発展に寄与した。

(3)著名な卒業生

①陳独秀(1879年~1942年):清末から中華民国初期の思想家・政治家であり、1898年に新設された求是書院に入り、造船と法学を学んだ。1918年、李大釗らと新文化運動を指導。1921年、中国共産党が成立すると初代総書記となった。

②趙九章(1907年~1968年):1925年に浙江工業専科学校(現浙江大学工学部)に入学し、電気工学を学んだ。中国の人工衛星の開発に尽力した。

③李政道(1926年~):1943年に貴州省に疎開していた浙江大学に入り、王淦昌らに物理学を学んだ。戦後米国に渡り、シカゴ大学で博士号を取得の後、1957年に素粒子のパリティ非保存の理論で楊振寧とともにノーベル物理学賞を受賞した。

④路甬祥(1942年~):1959年に浙江大学機械学科に入り、水力機械専攻で卒業の後、同大学の教員となった。その後ドイツのアーヘン工科大学で博士号を取得し、1988年から浙江大学の学長となった。1997年から14年間中国科学院の第5代院長を務めた。

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10. 国際性

 浙江大学は、研究や大学教育についての国際協力にも力を入れている。

(1)留学生

 外国からの留学生は、2022年時点で5,596名を数える。国内の有力大学である北京大学は2019年時点で6,857名、清華大学が3,240名、また米国の有力大学と比較するとハーバード大学が8,087名、カリフォルニア大学バークレー校が10,695名である。詳しくはこちら参照。 

(2)他国の大学等との協力

 世界各国の400以上の大学と協力関係にある。著名な大学を幾つか挙げると、米国では、ハーバード大学、コロンビア大学、コーネル大学など、ドイツではミュンヘン大学、ミュンヘン工科大学など、英国ではオックスフォード大学、ケンブリッジ大学、インペリアル・カレッジ・ロンドンなどである。

(3)海外有力大学とのジョイントキャンパス

 浙江大学には、海外の大学とのジョイントキャンパスが二つ設置されている。

①浙江大学・エディンバラ大学連合学院 

 浙江大学・エディンバラ大学連合学院(ZJU- UoE Institute)は、浙江大学と英国エディンバラ大学で設置された生物医科学の分野における連合学院である。両大学は、2011年に生物医学学術シンポジウムを開催したのを契機として、生物医学に関する専攻大学院の開設に向けて協力を進め、2016年2月に教育部の認可を得た。浙江省海寧市の浙江大学国際キャンパスに位置し、生物医学とバイオインフォマティクスの2つの専攻を有している。

②浙江大学・イリノイ大学連合学院

 浙江大学・イリノイ大学アーバナシャンペーン校連合学院(ZJU – UIUC Institute)は、米国イリノイ大学の優れた工学教育プログラムとリソースを中国国内に導入する試みであり、海寧市の国際キャンパスにある。2016年2月に教育部より認可された。

(4)日本との関係

 2017年現在、協定を結んで協力関係にある日本の大学は、以下の28校である。

北海道大学、東北大学、宇都宮大学、茨城大学、筑波大学、千葉大学、東京大学、一橋大学、東京工業大学、東京学芸大学、早稲田大学、慶応義塾大学、創価大学、神奈川大学、静岡大学、静岡県立大学、名古屋大学、名古屋工業大学、福井大学、京都大学、同志社大学、大阪大学、大阪工業大学、四国大学、九州大学、熊本大学、立命館アジア太平洋大学。

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参考資料

・浙江大学HP https://www.zju.edu.cn/

・百度HP https://baike.baidu.com/item/%E6%B5%99%E6%B1%9F%E5%A4%A7%E5%AD%A6/127901?fr=aladdin

・JST・CRDS報告書 「中国主要四大学~圧倒的な人材パワーで世界トップレベルへ~」https://spap.jst.go.jp/investigation/downloads/r_201309_01.pdf

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