2024年ノーベル賞特集1 マイクロRNAの発見にノーベル生理学・医学賞
1.はじめに
2024年のノーベル医学・生理学賞に、マイクロRNAとその役割を発見した米国の2人の研究者が選ばれた。その内容や背景、意義等について考察する。
2.受賞者と研究内容について
今回受賞したのはマサチューセッツ大学のビクター・アンブロス(Victor Ambros)教授と、ハーバード大学のゲイリー・ラブカン(Gary Ruvkun)教授である。受賞対象となったのは「マイクロRNAと転写後遺伝子調節における役割の解明」という功績によるものだった。
3.マイクロRNAについて
生物の細胞では、生命の設計図であるDNAの一部をコピーする(転写という)ことによりメッセンジャーRNA(mRNA)が作られ、そしてそれぞれのmRNAからタンパク質か作られる(翻訳という)。
多細胞生物の場合、大部分の細胞は同じDNAを持つにもかかわらず、細胞の種類や時期により、遺伝子ごとにmRNAに転写されたりタンパク質にまで翻訳されたりする種類やできる量が異なるため、各器官や組織がそれぞれ異なる形態や機能を持つようになる。そうした遺伝子の働きの制御を担うものの一つがマイクロRNAである。
マイクロRNAは数十塩基等からなるRNA配列で、普通の遺伝子に比べるとずいぶん短い。マイクロRNA自体はタンパク質に翻訳されることはないが、他の遺伝子のmRNAと部分的に結合して、その遺伝子が働くタイミングや、そこからの転写量や翻訳量を決める。それにより生物のさまざまな機能が調節されるのである。
4.マイクロRNAの発見
アンブロス博士とラブカン博士は1980年代、ともにマサチューセッツ工科大学のロバート・ホロビッツ(Robert Horvitz)教授の研究室で、線虫という小さな線形動物を用いて発生に関する研究を行った。
線虫は全長1mm程度のもので、全身の細胞数が1,000個ほどしかないため、まさに発生の過程を調べるのに適した生物だった。
彼らは、成長過程に異常のある線虫の変異体に着目し、その原因遺伝子を解明しようとした。ところが、原因遺伝子がありそうなDNA上の場所を探しても、そこにはタンパク質に翻訳される遺伝子は存在せず、大きな謎だった。
その仕組みが解明されたのは、両博士がそれぞれ別の大学に移り、研究室を立ち上げた1990年代になってからのことだった。
アンブロス博士は、その原因遺伝子と推定されたlin-4が、それ自体はタンパク質になるのではなく、lin-14という他の遺伝子のmRNAに相補的に結合し、それによりlin-14のmRNAがタンパク質に翻訳されるのを妨げていることを突き止めた。さらに、ラブカン博士はこのlin-4遺伝子が実際に線虫の発生に関わっていることを証明した。
こうして2人は連絡を取り合いながら研究を進め、それぞれの論文は1993年12月のCell誌に同時に掲載された。
5.マイクロRNA研究のその後の進展
同博士らの発見の後、マイクロRNAは各種の生物で次々と発見された。今や、ヒトだけで1,000~2,000種のマイクロRNAが見つかっている。そしてそれらは、同博士らが発見した受精卵からの発生過程だけでなく、誕生後、生物の一生を通じて、代謝等にマイクロRNAが関わることが明らかになっている。
近年では、さまざまな疾患にマイクロRNAが関係していることも分かってきた。マイクロRNAの働きが異常になると、臓器や骨の形成が異常になるほか、がんの発生につながる可能性も指摘されてきている。
ただ、マイクロRNAの仕組みは非常に複雑である。一つのマイクロRNAが場合によっては数百の遺伝子を制御しており、一つの遺伝子が複数のマイクロRNAの制御を受けている。このことから、まだマイクロRNAの実態を正確に把握しきれていない場合も多い。
6.マイクロRNA研究の実用化の可能性
それではマイクロRNAの実用化、特に医薬としての利用可能性はどれほどあるか。実はそれについては紆余曲折があった。
最初の臨床試験は、米国を中心とする研究者らにより行われた。線虫で2番目に発見されたlet-7というマイクロRNAに似た、ヒトのmiR-34と呼ばれるマイクロRNAが、抗がん薬として試されたのである。肺がんのマウスを用いた研究により、miR-34に似た分子を投与すると、腫瘍の進行を遅らせることができた。それを踏まえてヒトへの適用が図られた。
だが当時は、RNA医薬を人体の適切な場所に届ける方法や、RNA医薬品が危険な免疫反応を起こすのを回避する方法についての知見がなかった。そのため、被験者には極めて高用量のマイクロRNAを投与せざるを得ず、その結果免疫反応を起こして4人が死亡した。
その後、米国のサンタリス・ファーマ社は、C型肝炎ウイルスの治療法についての臨床試験を行った。同治療法では、C型肝炎ウイルスが肝細胞への感染時に利用するマイクロRNAの発現を減らすことにより、同ウイルスの感染や蔓延を防ぐように設計されていた。その途中経過はかなり良好だった。
だがその時、別の企業がC型肝炎のより画期的な治療法を開発したことを発表した。ファーマ社はそれには対抗できないと考え、マイクロRNA医薬の開発を取りやめた。
このような経緯もあり、米国食品医薬品局(FDA)は、現在までマイクロRNAをベースとする医薬品を承認してはいない。
ただ今後、マイクロRNAの医薬としての実用化は大いに期待できる。というのは、マイクロRNAでこそないが、同様のメカニズムでRNAを用いた薬は実用化されているからである。
それはRNA干渉という仕組みで、人工で開発した二本鎖RNAを投与することで、体内でそれに相補的なRNAに結合してその働きを抑えるものである。これらは高コレステロールの治療薬等として製品化されている。
ただし、これらの薬とマイクロRNAとの違いは、マイクロRNAは体内で自然に生成され、先述のように多くの遺伝子の活性に影響を与える場合が多いことである。このため天然のマイクロRNAの実用化に際しては、副作用が生じないよう、より慎重な研究が必要となる。
今後、AIや機械学習を用いて遺伝子の発現パターンなどのデータを解析すれば、マイクロRNAと他の遺伝子の複雑な関係性を網羅的に調べられる可能性がある。そうすれば、それを逆手にとって、たとえば腫瘍の予防等に関係する複数の遺伝子に同時に作用するマイクロRNAを用いて、すい臓がん等、特に治療の難しいがんの治療に役立つことも期待される。
7.おわりに
マイクロRNA研究を含め、RNA研究についてはこれまで多くの発見や発明がなされてきた。日本RNA学会のHPには、RNAに関連して多くのノーベル賞が授与されてきていることが記載されており、特に本年は昨年のRNAワクチンに続き、2年連続の授与となる。
著者は若いころ、生命の設計図たるDNAと、それが最終的に表現されるタンパク質こそが重要であり、RNAは単なるメッセンジャーとしての役割しか持たないという、やや穿った認識を持っていた。
だが、ヒトゲノム配列の解読後、ジャンクと思われていた領域にもマイクロRNAをはじめ、タンパク質にはならないがRNAになる部分が次々と見つかったことで、認識を改めた。それどころか、RNAは触媒活性を持つ場合もあり、地球に生命が誕生した時にはまさに主役になっていたことが定説になってきている。
このように多様な役割を持つRNAについて、ますます研究が進展することを大いに期待したい。
参考文献
・E. Callaway et al. “Medicine Nobel awarded for gene-regulating ‘microRNAs’”, (2024/10/7) Nature HP
・H. Ledford “MicroRNAs won the Nobel — will they ever be useful as medicines?”, (2024/10/9) Nature HP
・C. Offord (2024) “Duo honored for tiny RNAs key to development and disease”: Science: Vol.386, 134
・廣瀬哲郎「RNA研究がもたらすもの~二年連続のノーベル賞受賞に寄せて~」(2024/10/9)日本RNA学会HP
(https://www.rnaj.org/bulletin/67-new-articles/1391-hirose-osaka-u)
・「miRNAと」mRNAの統合解析」‘TORAY’ 3D-Gene HP
(https://www.3d-gene.com/service/analysis/ana_004.html)
ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔