第22回 ES細胞から作出したサルの胚を子宮に移植

 中国の研究チームが、サルのES細胞(胚性幹細胞)から人工胚を作出し、それを雌ザルの子宮に移植したところ、移植された雌ザルは妊娠初期の反応を示した。その研究成果は4月6日付けのCell Stem Cell誌に掲載されたが、Nature誌やScience誌もそれについて報じた。今回はこのことについて紹介する。

 まず、今回の研究に関連する知識や背景を述べる。

 ES細胞やiPS細胞(人工多能性幹細胞)は、各種刺激を与えることにより様々な細胞に分化させることができる。ただし、それから単独で胚を作出して個体にするのは難しいとされている。そのためには、ES細胞やiPS細胞からまず精子や卵を作り、それらを受精させて受精卵にして、それを胚として発生させていかなければならない。
 前回のニュースレターでも述べたが、マウスではES細胞やiPS細胞から精子や卵を作ることはできるが、それら同士を受精させても産仔することは成功していない。さらにヒトの場合、精子や卵そのものはまだ作出できておらず、それの元となる始原生殖細胞様細胞(PGCs様細胞)ができているだけである。ましてや、それらを受精させて受精卵や胚にすることはできていない。

 しかし最近、ある方法を使うとES細胞やPS細胞から胚細胞に似たものを作ることができ、それをまとめて塊にすることで直接胚に似た構造にすることができることが分かってきた。これを、胚の初期段階である胚盤胞(blastocyst)に似た構造という意味で、blastoid 日本語で「胚様体」と呼ぶ。いわゆる人工胚である。マウスの胚様体については、培養を続けることで本物の胚のように分化を行わせ、心臓、脳、腸、血管などの臓器・器官を作るのに成功している。
 ただ、マウスではうまくいっても、ヒトでは難しい。ヒト等の霊長類と他の哺乳類では、その性質に大きな違いがある。これまでの試みでは、ヒトの胚様体を作出することはできたが、それを分化させて臓器や器官を作出することはできていなかった。

 それを霊長類で可能にしたのが今回の研究である。中国科学院神経科学研究所(上海)のチェン・リュウ(Zhen Liu、刘真 劉真)博士らの研究チームは、カニクイザルのES細胞に各種の成長因子を与え、三次元の培養液で培養した。その結果、25%の確率で幹細胞の塊を胚様体に転換させることに成功した。できた胚様体は、妊娠8日目から9日目の胚である胚盤胞に類似していた。
 また彼らは、その培養を続けることで、胚様体を18日間にわたり生存させることにも成功した。これらの胚様体は、体のさまざまな臓器を作るのに必須である原腸陥入を経て、これまでに作出されたどのサルの胚様体よりも発達したものとなった。なお、41個の胚様体のうち5個では、原始線条に似た構造も現われていた。原始線条は、体の前後左右のレイアウトを形成するものであり、ヒトの場合はいわば個人の形成の始まりとなるものである。
 研究チームは、この胚様体と本物の胚との類似性を確かめた。培養後1週間経った胚様体の細胞を1つ1つ分離し、計6,000個以上の細胞について、1細胞RNAシーケンシングという方法を用いて遺伝子の発現状況を調べた。すると、それらの発現パターンは本物の胚盤胞期の胚と非常によく似ていた。
 これらのことから、本研究ではサルのES細胞から疑似的なサル胚を作り出すことにある程度成功したと言える。

作出されたアカゲザルの胚様体。胚盤胞期の胚と外見が酷似している。Nature誌より引用

 では、この人工胚は妊娠を引き起こすことができるか。それを確かめるため、研究者らはこの胚様体を8匹の雌ザルの子宮に移植した。するとそのうち3匹において、エストロゲンや絨毛性ゴナドトロビンなどのホルモンが血中に現れたことが分かった。これらのホルモンは妊娠をしたことを示すものである。
 また超音波検査でそれら3匹の子宮を調べたところ、胚様体が着床して妊娠嚢を形成していることが明らかになった。妊娠嚢は液体で満たされた空洞の構造で、妊娠中の超音波検査によって最初に確認できるものである。

 このように胚様体は雌ザルに妊娠の徴候を引き起こした。だが、それは胚の完全なコピーにはならなかったようで、やがて胚様体は崩壊をはじめ、20日後には妊娠の徴候も消失した。

 さて本件はいったいどんな意義や問題点があるか。

 実験では胚様体による妊娠が起きたのは8匹中3匹であり、5匹は着床に失敗した。このように着床の成功と失敗が分かれたことで、その理由を探ることができれば、ヒトの不妊を解決するための大きなヒントが得られるかもしれない。ヒトにでは着床がうまくいかないことが不妊の大きな原因の1つとなっているからである

 一方、倫理的な問題もある。今後、サルの胚様体が胎児として生育し、誕生した場合、大きな議論を呼ぶと思われる。サルでできるならば、ヒトでもできる可能性が高いからである。そして、胚様体は幹細胞から作出することで大量生産が可能であり、一種のクローンとも言えるものである。

 このような、いわゆる単為発生のようなことはこれまで技術的に想定されてはいなかったと思われる。ただ著者の把握している範囲では、日本において「ヒトES細胞の使用に関する指針」(令和4年改正)において、ヒトES細胞を使用して作製した胚の人又は動物の胎内への移植等によりヒトES細胞から個体を生成することは、特定の場合を除き禁止されており、一定の歯止めはなされていると思われる。

 胚様体の研究は今後も進展すると思われるが、ヒトへの応用は厳しく規制しつつ、本物の胚と同じ性能を持つ胚様体の形成がもたらす医療的応用の意義とその倫理的課題については、今後も十分議論をしていくことが必要だと考える。

(参考文献)
・J. Lie et al. (2023) “Cynomolgus monkey embryo model captures gastrulation and early pregnancy”, Cell Stem Cell; Vol.30 (4), 362-377
・M. Leslie (2023), “Monkey mock embryos set new development record”, Science; Vol.380, 21
・G. Conloy (2023), “Stem-cell-derived‘embryos’implanted in monkeys”, Nature; Vol.616, 422
・川勝康弘 (2023.4.19)「幹細胞から造られた人工胚をサルの子宮に移植し妊娠させることに成功!」ナゾロジー(https://nazology.net/archives/124965

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔