第24回 英国で3人の親を持つ子供が誕生

 難病の一つである「ミトコンドリア病」が子供に伝わるのを防ぐため、受精卵の核移植を行うことにより、遺伝的に3人の親を持つ子供が英国で初めて誕生していたことが明らかになった。今回はその意義や問題点等について解説する。

 まずミトコンドリア病について述べる。
 この病気は機能の異常・低下したミトコンドリアにより起こる病気である。ミトコンドリアは各細胞中の細胞小器官の一つとして、生物・細胞のためのエネルギーを作り出す重要な働きがある。だが、その働きが異常だったり低下したりすると、身体にエネルギーを送ることができなくなる。そうなると低血糖、筋力低下、脳・心疾患、痙攣、失明などさまざまな症状が起こる。
 10万人に9~16人の割合で患者が発生するが、現在、それに対する有効な治療法はない。出生後数時間から数日で死に至ることもあり、この病気で子供を何人も失っている家族もいる。

 このミトコンドリアは、基本的に母親を通じて子供に伝わり、父親からは伝わらない。
 その仕組みを説明すると、細胞の核の中にはDNAが含まれ、そのDNAが細胞分裂を通じて分裂後の細胞に引き継がれる。親から子にいろいろな性質が引き継がれるのも、この核の中のDNAが引き継がれていくからである。しかし、細胞中には核の中以外にもDNAが存在する。ミトコンドリアはその一つで、ミトコンドリアDNAという少量のDNAが含まれている。そのDNA由来の遺伝子がミトコンドリアの機能の一部を担い、細胞の分裂とともにミトコンドリアは独自に分裂して分裂後の細胞に引き継がれる。
 受精卵は精子と卵が受精することによってできるが、精子にはミトコンドリアがほとんど含まれておらず、したがって受精卵のミトコンドリアはほとんどが母親由来となり、それが分裂して体の各細胞に引き継がれていくわけである。

 さて、この病気を既に持っている者に対しては前述のように有効な治療法がないのであるが、異常なミトコンドリアを持つ母親から生まれた子にミトコンドリアが引き継がれない方法が開発されてきた。それがミトコンドリア提供治療(MDT)やミトコンドリア置換法(MRT)と呼ばれる手法である。
 この手法では、まず父親の精子と、ミトコンドリア病を持つ母親の卵とを体外受精してできた受精卵から核を取り出す。そしてその核を、ドナーすなわち第三者の受精卵に移植する。つまり核移植を行うのである。そうしてできた受精卵は、核の遺伝子は本来の父親と母親由来のものであるが、核の外にあるミトコンドリアの遺伝子はドナーのものがそのまま残り、母親由来のものはほとんど残らない(約0.1%)。それから生まれてきた子供は遺伝的に3人の親を持つことになるが、理論的にはミトコンドリアがドナー由来のため母親のミトコンドリア病は引き継がれないことになる。

核移植によるミトコンドリア病の防止方法(文部科学省ライフサイエンスの広場HPより)

 この技術は、2015年に英国ニューカッスル大学等の研究チームにより開発された。英国政府はそれを受けて早速、同年に法改正を行い、世界で初めて受精卵の核移植を合法化したのである。そして、それに基づき英国政府の研究監視機関である「ヒト受精・発生学委員会(HFTA)」がこうした核移植について各ケースごとに承認を行ってきた。ただ、これまでその件数を含め、詳細は不明だった。
 なおその間、米国の医師は2016年、この技術を使って規制がなされていないメキシコで世界初の子供を誕生させた。またギリシャやウクライナでも、この技術により子供が誕生したとのことである。

 今回本件について報じた5月9日付の英国ガーディアン紙によると、2018年に英政府がこの技術を用いた核移植を初承認して以降、少なくとも30件が承認されているとのことである。また、この技術により既に誕生した子供は4人以内とのことであるが、実際に子供が誕生していたというのは衝撃的である。

 この技術は、現段階ではミトコンドリア病をもつ夫婦にとって健康的な子供を授かる唯一の手段となる。このため、そのような夫婦にとって福音となるのは間違いない。

 ただ、この技術による安全性はまだ完全に保証されているわけではない。また、生まれてくる子供にどのような心理的影響があるか分からない。
 さらに、このような技術を容認することにより、受精卵の遺伝子操作により子に親の望む性質を持たせる「デザイナーベビー」につながる可能性もある。

 以前のニューズレターで、中国の研究者が子供にHIVを感染しにくくするため、受精卵にゲノム編集を施して双子を誕生させたという記事を配信した。
 今回の話は改変するのが核のゲノムではなくミトコンドリアであり、また代替法もなく、生まれた子供は障害を負うことが予想されるため、HIV耐性ベビーよりはるかに実用化について説得力はある。だが現に障害を負っている患者を救うのではなく、将来生まれてくる子供のためということであれば、どこまで親の望みを実現すべきなのかということについて、議論が分かれると思われる。

 なお日本ではクローン技術規制法上、クローン胚等「特定胚」と呼ばれる9種類の特別の胚については取扱いが規制され、作製できるものが限定されている。そのうち今回のようなヒト受精卵から他のヒト受精卵への核移植によりできた胚はヒト胚核移植胚と呼ばれ、かつてはその作製は禁止されていた。
 しかし、2021年に改正された文部科学省の「特定胚の取扱いに関する指針」により、ミトコンドリア病の研究に目的を限定してその作製や取扱いを認めることとなった。ただし研究に使えるのは不妊治療の体外受精で使わなかった受精卵すなわち余剰胚に限ることとされ、また核移植をした受精卵を子宮に戻すことは禁じられている。
 現在、技術の進展に対応して、さらに研究対象の拡大について検討が行われているが、本技術が海外で実用化されてきていることにより、今後、日本でも研究だけてなく実用化についての検討が求められることも予想される。慎重かつ必要な検討が行われるよう、関心をもって見守っていきたい。

(参考文献)
・E. Callaway (2023), “First UK children born using three-person IVF : What scientist want to know”, Nature; Vol.617, 443-444
・「英国初の「3人の親」を持つ赤ちゃんが誕生 難病遺伝防ぐためドナーの受精卵を核移植」The News Lens(2023/5/12)
https://japan.thenewslens.com/article/3867

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔