第41回 中国で新たなクローン技術によりサルを成体まで育てることに成功
1.はじめに
本年1月、Nature Communications誌に、中国の研究者らが新たなクローン技術を用いてサルを誕生させ、出生後2年以上(実際には3年半)生存させているという記事が掲載された。今回はこの研究の背景や意義、問題点等について説明する。
2.クローン技術とは
クローン技術というのは、ある個体と全く同じ遺伝子を持った個体を作出する技術のことである。これには、体細胞移植(SCNT:Somatic Cell Nuclear Transfer)という方法が用いられてきた。
まず卵子の核を取り除き、そこに体細胞から取り出した核を移植する。その後、それを試験管中で胚に成長させて代理母の子宮に入れてやる。これにより、移植した体細胞核を提供した個体と同じ遺伝子を持つ個体ができるのである。
この方法は古くからあり、今から50年前の1975年、英国のガードン博士がカエルで成功したのが始まりである。ガードン博士はその業績により2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。
なおその時の共同受賞者は、iPS細胞により、ゴードン博士とは別の方法で体細胞を胚の状態に戻す、いわゆる初期化に成功した日本の山中伸弥博士だった。
3.クローン技術の適用動物の広がり
この方法はさまざまな動物に試みられてきたが、哺乳類では難しかった。
しかし1996年になって、英国のロスリン研究所でクローンヒツジ「ドリー」が誕生した。これは社会に大きな反響を呼ぶことになった。つまり、ヒツジでできるなら、同じ哺乳類であるクローン人間もできるのではないかということだった。
その後、ドリーと同じSCNTの技術を用いて、ウシ、ブタ、イヌ、ネコ、ウサギ、ネズミ等、多くの哺乳類でクローンが作製された。しかし、ヒトを含め霊長類のクローン化は倫理的な問題もあってなかなか行われなかった。
だが、2018年になって、中国科学院神経科学研究所(現在の脳科学・知能卓越イノベーションセンター)は、SCNT技術により、カニクイザルのクローンの誕生に成功したと発表した。生まれた2匹のサルは中中(Zhong Zhong)及び華華(Hua Hua)と名付けられた。
このことは、クローンヒツジの時と同様に大きなセンセーションを引き起こした。ヒトのクローン化にますます近づいたということだった。
4.従来のクローン技術の問題点
しかし、これまでのクローン技術(SCNT法)は、技術面で問題があった。
SCNTだとほとんどの哺乳類の出生率は1~3%と極めて低く、たとえ生まれても新生児の死亡率も高かった。これまでの研究では、クローンのブタやマウスは、人工授精で生まれたものに比べて胎盤構造に異常が見られ、ウシやヒツジでも胎盤の欠陥により胎仔が死亡していることが指摘されている。
これはサルでも同様だった。クローン胚作出自体の成功率が低いうえ、せっかくクローン胚ができても、それを代理母の子宮に移植した場合、半数以上が60日以内に死亡している。また奇跡的に生まれたとしても、ほとんどが数時間~数日も生存できない。
上述の中中と華華を作った時は、研究者らは109個のクローン胚を作製し、そのほぼ4分の3を21匹の代理ザルに移植した。しかし生まれたサルのうち生き残ったのは2匹だけだった。つまり中中と華華は数多くの試行を繰り返した結果生まれた奇跡的なものであり、とても実用化できるようなものではなかったのである。
ただその代わり、2匹は6歳を迎えた現在も非常に健康であり、他のサルと滞りなく生活をしており、性的にも成熟して子孫を残しているとのこと。
霊長類でのクローン化の課題は、とにかく、こうした出生率の低さをなんとか克服できないかということだった。
5.今回の発表の内容
今回の中国研究チーム、中国科学院脳科学・知能卓越イノベーションセンター(脑科学与智能技术卓越创新中心、上海市)や中国科学院遺伝・発生生物学研究所(遗传与发育生物学研究所、北京市)の研究者らが発表したのは、カニクイザルではなくアカゲザルのクローンについてだった。
アカゲザルは、アジアすなわちアフガニスタンからインド、タイ、ベトナム、中国に野生で生息しており、遺伝的にヒトと類似しているため、医学研究者にはカニクイザルより好まれている。
彼らは、SCNTとは別で新たなクローン技術である「細胞置換法」という手法を用いた。そうして生まれたクローンアカゲザルを、3年以上生存させることに成功したのである。
成功に至った手順だが、研究者らは、まずSCNTにより作ったクローン胚と、体外受精により作った胚の違いを調べた。
この場合の体外受精には、卵の細胞質に直接精子を導入する方法をとった。また胚としては、胚盤胞と呼ばれる、子宮内膜に着床できるようになった状態のもので比較した。
すると、両胚は、メチル化という染色体DNAの修飾状況に大きな違いが見られた。クローン胚の場合、将来胎盤になる栄養外胚葉という部分の細胞の染色体DNAが、父親由来、母親由来染色体ともにメチル化されており、あまり遺伝子が働いていなかった。つまりそのことが胎盤の形成に異常をもたらし、胎児の死産や発育不全を引き起こすということが推定された。
そこで研究者らは、この胎盤を正常化する方法を考えた。
下の図に沿って説明すると、
1. まず雌ザルの卵の核を、クローンを作りたいサルの体細胞の核と置換して培養し、そうして作った胚盤胞中の内部細胞塊を取り出す。
2. 一方、クローンでない普通の受精により作った胚盤胞から内部細胞塊を取り去り、空の胚盤胞のカプセルを作る。
3. 1.の内部細胞塊を2.のカプセルに入れる。
4. それを仮親の子宮に移植する。
5. 生まれたサルの子供の遺伝子は、原理的に1.の皮膚細胞を提供したサルの遺伝子とほぼ同じになる。
という方法である。つまり、異常のあるカプセルから中身だけを取り出して、それを正常なカプセルに移し替えたのである。
研究者らはこの方法をアカゲザルに適用した。そして11個の、内部細胞塊を置き換えたクローン胚を作った。これを7匹の代理ザルに移植したところ、2匹が妊娠、そのうち1匹から正常な子供を誕生することに成功したのである。
これは従来のSCNTより相当高い成功率になっているとのこと。なお妊娠したもう1匹は双子を身ごもったが、それらは妊娠106日目で死亡したそうである。
こうして2020年7月に、アカゲザルのクローン個体が誕生した。その個体は、正常な栄養外胚葉(Tropoblast)に内部細胞塊を移植する(Replace)ということで、リトロ(ReTro)と命名された。
リトロは既に生後3年半を経過し、アカゲザルのクローン個体としては最長の生存記録になっている。また、健康状態も極めて良好とのことである。
6.今回の発表の意義や問題点
本研究の成果は、クローン技術の進歩において画期的だと思われる。
成功率が高まれば、同じ遺伝的背景をもつクローンザルを大量生産することができる。それらを用いれば、医薬品等の試験を行う際に個体の違いを考慮する必要がなくなり、解析が容易になる。
一方で、ヒトに近い霊長類のクローンは倫理的に問題があるとする批判もある。
1匹のクローンを得るために何十ものサルの命が失われている。知的で感情のある動物を単なる研究の道具にすべきでないという意見である。
今回の手法により劇的に出生率が改善されれば動物倫理の観点からの批判は若干減る可能性もある。しかし今回の手法自体も、従来に比べより出生率が高まったかというと、実際には成功例が少ないため明確には言えないとする批判もある。
ただ、中国国内ではこのようなクローン研究は合法となっており、また同チームは、あくまで国際的な倫理ガイドラインに従っていると主張しており、手法の改善に取り組んでいく意向である。
なお日本でも、ヒトのクローン作製についてはクローン法で禁止されているが、サルについては特に禁止されていない。動物福祉に配慮しつつ、目的次第では認められるという立場だろう。
ただ倫理的な観点が強いためか、日本でクローンザルが作られたという話は著者としては聞いていない。
中国は現在、研究用のサルの大量飼育施設を各地に設けて組織的に研究を行っている。中国はこれらのサルを各国に輸出し、今や世界の研究で用いられるゲノム編集ザルの大半は中国製になっている。また、これらのサルを利用すべく世界から研究者が流入し、製薬企業も中国に進出してきている状況である。
こうして中国はサル王国と呼ばれるようになっているが、今回の新たなクローン技術によるサルの誕生は、それに拍車をかける可能性がある。
7.おわりに
今回述べたように、クローンザルの技術はまだ発展途上にある。しかし有用性があることも確かである。サル王国である中国でどのような技術的進展が見られるかは興味深く、倫理的観点と研究・産業化のバランスの中で日本はどうすべきか考えていければと思う。
(参考文献)
・M. Naddaf (2024) “Cloned rhesus monkey is first to live to adulthood”, Nature; Vol.625, 641-642
・「成功率が10倍増! 中国の改良されたクローン技術で誕生した猿が3歳を迎える」(2024/1/18)ナゾロジー(https://nazology.net/archives/143513)
・P. Ghosh “Cloned rhesus monkey created to speed medical research” (2024/1/17) BBC
・メディカルパーク湘南HP(図を引用)
(https://medicalpark-shonan.com/medicalblog/3856/)
ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔