第59回 がんにおける染色体外DNAの働きについての研究が進展

1.はじめに

 がん細胞で見られる染色体外DNA (ecDNA) は、がんが治療に対して抵抗性を獲得していく過程に関わることが分かってきており、注目されている。本年11月のNature誌に、このecDNAに関する複数の研究成果が発表された。今回はecDNAのしくみや働き、今回発表された主要な成果等について分析・考察を行う。

ecDNAの論文が掲載されたNature誌の表紙
染色体周辺にecDNAが位置している様子を示している

2.ecDNAについて

 最近の研究により、がん細胞において、染色体DNAの一部が断裂し、その後、環状になり、染色体とは独立して複製、増幅し、細胞分裂とともに娘細胞(分裂によりできた細胞)に分配されるという機構が発見された。このような環状DNAは、「染色体外DNA (Extra-chromosomal DNA:ecDNA)」と呼ばれている。

ecDNAの生成の仕組み (国立がん研究センターHPより一部加工)

 このecDNAによって、腫瘍は治療に対して抵抗性を持つようになり、このため患者の予後が悪くなることが知られてきている。だが、これまでその詳しい仕組みはあまりよく分かっていなかった。

 しかし、本年11月のNature誌に3つの論文が掲載され、ecDNAのメカニズムや役割、さらにそれに着目したがんの治療について、大きな示唆が得られたのである。

3.キャンサー・グランド・チャレンジについて

 このecDNAの研究を支援したのは、キャンサー・グランド・チャレンジ・プログラム(Cancer Grand Challenges Program)による資金提供だった。これは、英国のキャンサーリサーチUKが米国国立衛生研究所(NIH)傘下の米国国立がん研究所(NCI)と共同で2020年に開始したプログラムであり、がん研究を前進させ、がん患者の転帰を改善する可能性を秘めた、新しく大胆なアイデアを引き出すことを目的とする。

 前回のニューズレター(第58回 ヒト腫瘍アトラス・ネットワーク)で触れた、米国のがんムーンショット・イニシアチブとの関係がよく分からなかったが、そちらが米国の威信をかけた国家プロジェクトであるのに対し、グランド・チャレンジ・プログラムの方は、国際的な協力を重視しているようである。

 同プログラムにより、2022年、「がんにおけるecDNAの生物学的特性」の研究に対し、他の3つのプロジェクトとともに1億ドルが授与された。今回発表された研究はいずれもこの資金提供を受けたものである。

4.今回発表された主要な成果

 今回発表された3つの論文のポイントは、次のとおりである。

  • 大量に収集された試料から、各種のがんにおけるecDNAの様子が明らかになった。
  • ecDNAががん細胞の分裂により娘細胞に受け継がれるメカニズムが解明され、それによりがんが抗がん剤に対し抵抗性を持つに至る理由が明らかになった。
  • 実験動物を用いてecDNAを保有するがんに対する治療が試みられた。

 これらは、ecDNAの基礎的原理から臨床応用まで広く関わる重要な成果となっている。それぞれについて、以下に説明する。

(1)がんにおけるecDNAの存在実態

 1つ目の論文は、英国フランシス・クリック研究所、ロンドン大学、米国スタンフォード大学の研究者らが主導した研究によるものである。

 同研究では、英国で行われた10万ゲノムプロジェクトで収集された試料が利用され、14,778人の患者の39種類の腫瘍について詳細な分析が行われた。その結果、腫瘍試料の17.1%、すなわち約6分の1にecDNAが含まれていることが分かった。これに対し、正常細胞ではecDNAは見られず、ecDNAががん細胞に特有なものであることが確認された。

 腫瘍の中でも、ecDNAの頻度が高いものがある。それはHER2陽性の乳がん、グリオブラストーマという脳腫瘍、肺がんであり、それぞれ試料の半数以上にecDNAが見られた。一方、血液系のがんではecDNAの見られる頻度は低かった。

 また、ecDNA中に存在する遺伝子を調べたところ、多数のecDNAにはがん遺伝子が含まれていた。ある種の肉腫や乳がんのように2種類のがん遺伝子が1つのecDNA中に存在している場合もあった。また、免疫抑制遺伝子が含まれている場合も多かった。

 がん遺伝子は本来、発生や分化に必要な遺伝子であることが多いが、それが変異を起こして遺伝子産物の形が変わったり、異常に生産量が増減したりすると、がんになると言われている。がん遺伝子がecDNAとしてが染色体から切り離されることで、独立して増殖(DNAの複製)や転写(DNAからRNAへの情報のコピー)が行われることにより、遺伝子産物の産生に歯止めが効かなくなってしまい、がんになることが推測される。また、免疫抑制遺伝子については、それが働きっぱなしになると、がん細胞が免疫系による歯止めを受けずにどんどん増殖してしまい、がんになることが推測される。

(2)がんの細胞分裂の過程でのecDNAの挙動

 2つ目の論文は、米国スタンフォード大学の研究者らが主導した研究によるものである。

 がん細胞が分裂する際、ecDNAはどのようにして娘細胞に移行・分離されていくか。通常、ecDNAは染色体とは別に独立して増殖することで、細胞分裂によりランダムに分離する。その結果、娘細胞の中にはecDNAを多く持つものや、全く持たないものもできる。すると遺伝的多様性が高まる。それらの中には、環境や薬剤の脅威を回避するために適切なecDNAの組合せを持つ細胞もでき、がんに対する治療薬への耐性を持つようになると思われる。

 さらに、その仕組みを助長するメカニズムとして、ecDNAの転写すなわちDNAからRNAへの情報のコピーは細胞分裂中も続くことが分かった。これは、正常細胞において、染色体DNA自体の複製と染色体DNAからのRNAの転写が別の時期に行われるのとは異なる。すると、連携して働くecDNAは細胞分裂の間も相互接続されたままになり、そのまま一緒に娘細胞に移行することになる。そのようなecDNAの組合せがたまたま抗がん剤に耐性の強いものになっていると、それから分裂した細胞にも同じメカニズムで引き継がれていき、それがどんどん体内にはびこっていくということになる。

(3)ecDNAを含むがんに対する治療可能性

 3つ目の論文は、米国スタンフォード大学とベンチャー企業のバウンドレス・バイオ社が主導した研究によるものである。なお実際にはスタンフォード大学の研究者らが同社の共同創立者になっている。

 ecDNAでは、DNA複製中でもDNAからRNAへの転写が行われるため、ecDNAがない細胞に比べ、数倍の頻度で転写が起こる。そして転写と複製は、いずれもDNAの二本鎖を開裂させて進む複数の酵素からなる機構だが、これらが同時に行われると二つの機構同士が衝突する。その結果、複製に伴うミスが生じ、そのままにしておくとミスが積み重なってその細胞は死滅する。その場合、細胞はDNA複製が正しく行われているかチェックをするしくみ、すなわちチェックポイント機構を活性化させる。その間、問題が解決するまで細胞分裂を一時停止するのである。

 彼らはそのようなecDNAの特性を利用したがんの治療方法を考案した。複製が正常に起こったかどうかを調べるチェックポイント分子のひとつであるCHK1の働きを阻害することで、がん細胞に細胞分裂を停止させずに続けさせることを試みた。それにより複製ミスの起きた不完全な細胞を死滅させ、腫瘍を取り除けるかを調べたのである。

 少数のマウスを使った実験では、バウンドレス・バイオ社が開発したCHK1阻害剤を従来の抗がん剤と併用すると、腫瘍が縮小した。つまり、抗がん剤に対する耐性ができるのを抑えることができる可能性を示したのである。

5.おわりに

 がんは昔からある疾患ではあるが、その種類や態様が多様であるが故に、がん全体のメカニズムについての知見はなかなか進展してこなかった。

 しかし、前回ニューズレターのヒト腫瘍アトラス・ネットワークもそうであるが、このように多くの試料を用いて、オミックス等最新の技術により大量に解析が行われること、また、各種の知恵を結集することで、未知の部分が次第に解明されていくのは喜ばしい。
 特に、今回、国際共同研究として多くの成果がみられたが、このように成果の共有だけでなく、試料収集やデータ解析の段階から各国が協調しつつ行っていくことが重要であると思われる。

参考文献

C. Bailey et. al. (2024) “Origins and impact of extrachromosomal DNA”, Nature; Vol.635, 193-200
・K. L. Hung et. al. (2024) “Coordinated inheritance of extrachromosomal DNAs in cancer cell”, Nature; Vol.635, 201-209
・J. Tang et. al. (2024) “Enhancing transcription-replication conflict targets ecDNA-positive cancers”, Nature; Vol.635, 210-218
・“Cracking the code of DNA circles in cancer, Stanford Medicine-led team uncovers potential therapy”, (2024/11/06)Stanford Medicine News Center  (https://med.stanford.edu/news/all-news/2024/11/ecdna-cancer.html
・“Study raises hopes of treating aggressive cancers by zapping rogue DNA”, (2024/11/06)The Guardian HP  (https://www.theguardian.com/society/2024/nov/06/zapping-rogue-dna-key-treating-aggressive-cancers-study
・「全ゲノム解析により胃がんの新たな発がん機構を解明」(2023/6/23)国立がんセンター研究所HP  (https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2023/0623/index.html

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔