第62回 中世ヨーロッパ人の系譜をゲノムから明らかにする

1.はじめに

 Nature誌に、ゲノムの微妙な違いを高解像度で再構築できるTwigstatsと呼ばれる手法を用いて、中世初期のヨーロッパ人の移動経路や遺伝子の変化を解明した論文が掲載された。今回は、この手法の原理や背景、意義等について分析・考察する。
 なお、本論文に用いられた統計的手法はかなり専門的であり、また筆者は分析の対象となる欧州の民族移動の歴史に疎いため、詳細について不正確な点があるかもしれないが、お許しいただきたい。

今回の論文が掲載されたNature誌の表紙
バイキング時代のルーン石碑に見られる蛇のような彫刻を模しており、DNA塩基(A、T、G、C)を表すエルダー・フサルク・ルーン文字が描かれている。

2.従来の人類の移動系譜づくりの方法

 古代の人類の化石からゲノムDNAの塩基配列を解読できるようになってきたことから、それを解析することにより、人類がどのようにして発生し、移動し、拡散してきたかが明らかになってきた。たとえば、ネアンデルタール人やデニソワ人と現代人類のゲノムの塩基配列の比較により、人類の大雑把な移動経路や交雑の有無等が明らかにされた(第17回 “古代人のゲノム解析”は現代に何を語りかけるのか)。
 このように古代の人類については、ゲノムの配列は数万年にわたり長期間でかなり変化してきていることから、現代人とのゲノムの違いや共通の変異を利用して、少ない化石からも移動・拡散状況をある程度知ることができる。

 古代DNA(aDNA)から祖先のモデルと遺伝歴を再構築するには、通常、F検定に基づく手法が使用される。F検定とは、2つの集団について、それぞれの分散(データの散らばり具合)を計算し、それが偶然に起こりうるものか否かを判断するものである。偶然でないならば、その2つの集団は同じ集団であるといえる。このような方法は、進化における選択、人口統計、集団構造、突然変異率の変化、祖先の地理的位置の検出等を補強するために使用されてきた。

 ただし、ゲノム解析にたとえF検定を適用しても、もっと短いスパン、数百年~千年での人類の移動状況を知るのは困難だった。というのは、多くの場所で祖先が比較的似通っているため、グループや集団を区別するのが難しかったからである。

3.Twigstatsの方法

 英国フランシス・クリック研究所を中心とする研究者らは、今回の研究で、新たな手法を用いてゲノムの歴史を分析した。

 彼らが用いたのは、統計的な検出力を向上させた、時間階層化祖先分析という方法で、Twigstatsと呼ばれる。研究チームは、観察された変異全体のF検定を行う代わりに、系図の中の目的部分に絞ってF検定を行った。つまり、古代から起きている大部分の変異は解析から省き、目的とする時代に起きたと考えられる変異のみにピンポイントで絞ってF検定を行ったのである。
 集団の分岐時点よりも古い変異は、F検定にノイズを追加するだけで、何の情報も提供しない。そこで、研究者らは、シミュレーションで標準誤差を 10 分の 1 に削減したツールである Twigstats で遺伝子ツリーの小枝(Twig)つまりその時代に起きた変異に焦点を当てて調べることを考えた。

 彼らはそのための数学理論を開発し、これを、あらかじめ素性が分かっている単純な混合モデルを用いてテストした。すると、系図全体のF検定を行っても、混合イベントを定量化し、検出する機能はあまり向上しなかったが、最近の混合に限定したTwigstats検定を行うと大幅な向上が見られ、この方法の有効性が確認された。

4.新たに解明されたこと

 研究者らは、過去4,500年間に英国に住んでいた人々の古代人骨1,000体以上のDNAを分析したほか、オンラインの科学データベースから何千もの遺体の遺伝子データを集め、遺体同士の近縁関係や、どのDNA断片がどのグループからいつ受け継がれたかを計算した。そうして、古い変更が以前の枝(branch)に表示され、最近の変更が新しい小枝に表示された家系図、すなわちTwigstatsを作製した。

 そうして作製されたTwigstatsを、中世初期の中央ヨーロッパと北ヨーロッパの遺伝史の再構築に適用した。実際には、中世初期の人々の祖先モデルの開発のため、複雑な統計的計算が行われたが、これにより、ローマ時代と鉄器時代のイギリス、鉄器時代のリトアニア、ローマ時代のイタリア、スカンジナビア半島、鉄器時代の中央ヨーロッパ地域を含むモデル祖先ソースを作製した。次に、ヨーロッパ全土にわたる aDNA データを使用して、祖先の移動実態を推測した。

 その結果、以下のようにいくつかのことが判明した。
・スカンジナビアまたはドイツに起源を持つ祖先を持つ人々は、西暦 1 世紀にはすでに現れていた。
・中世ポーランドのほとんどの人々は、ローマ時代の鉄器時代のリトアニアと関連する祖先の混合としてモデル化できた。
・現在のスロバキアでは、鉄器時代のラ・テーヌ期に関連する人々はハンガリーのスキタイ人と近かった。
・現在のハンガリーでは、ロンゴバルド人と関連した、西暦 6 世紀に遡るスカンジナビア関連の祖先の要素がいくつか確認された。
・イタリアにおける中央および北ヨーロッパ系の祖先の南方への拡大は、前期との明確な多様化が見られる古代後期(西暦 4 世紀頃)までに現れた。
・英国では、ローマ時代と鉄器時代の人々が集団を形成し、オークニー諸島とアイルランドの青銅器時代の人々と相対的に移動した。また、スカンジナビア関連の祖先を持つ人々が、西暦 5 世紀以前にすでに英国に存在していた。
・デンマーク (西暦 100 ~ 300 年) の人々は、当時のスカンジナビア半島の住民と区別がつかなかったが、シェラン島(現在のデンマーク)では西暦 8 世紀(初期バイキング時代)に明らかな変化が見られ、それはデンマークのその後のバイキング時代のグループにも引き継がれた。

バイキングの移動・拡散 研究者がTwigstatsで研究しているヨーロッパの重要な移動の一つ (BBC HPより)

 以上がTwigstatsによる個別の発見であるが、全体としては、鉄器時代、ローマ時代、バイキング時代の中央ヨーロッパと北ヨーロッパに影響を与えた祖先に起きた変化を明らかにした。また、西暦1千年紀前半にスカンジナビア系の祖先を持つゲルマン語族の言語を話す人々が南方および東方へと拡大したことを示した。その後、遺伝子流動パターンは北方へと転じ、鉄器時代の中央ヨーロッパの祖先がスカンジナビアに広がったというわけである。

5.おわりに

 今回の研究成果から、Twigstats は祖先集団の詳細な定量的モデリングを可能にすることが分かり、今後、歴史書や遺跡・遺物等とも結びつけて、正確な民族の系譜・移動図づくりの強力な武器となりそうだ。

 本研究がNature誌の表紙を飾るに値するものなのか、正直、著者にはあまりよく分からなかった。欧州における細かい民族の起源や移動は、日本人にとっては遠い話である。しかし、よく考えると、ほぼ単一民族の日本人に比べ、いくつもの民族やグループが混在している欧州の人々にとっては、そのルーツや成り立ちを知るというのは極めて重要なことなのだろう。日本人も、自分自身の成り立ち(騎馬民族、農耕民族、南方から、北方から等)が正確に把握できれば、それはそれで大いに意義がある。

 このTwigstatsはオープンリソースとして、広く研究者が利用可能になっている。この研究には英国のほか、日本やスウェーデンの研究者が参加しているが、Twigstatsの管理を実際に担当しているのは英国フランシス・クリック研究所出身で現在日本の理研で働いている研究者である。このため日本の研究者もこの手法をもっと活用してもいいだろう。

 なお今後、研究者らはTwigstatsを用いて、アングロサクソン時代のイギリス、ポーランドのほか、古代日本の人口移動を調べる予定とのこと。これを利用して、歴史上、文書や遺跡・遺物等では分からなかった部分が解明されてくるとしたら興味深い。

 さらに、Twigstatsは人類だけに当てはまるのではなく、他の哺乳類、さらには植物や魚等、有性生殖をする生物なら基本的に全て応用できるとのことであり、今後の広がりにも期待したい。

参考文献

・L. Speidel et. al. (2024) “High-resolution genomic history of early medieval Europe”, Nature; Vol.637, 118-126
・L. Clark (2025/01/05) “Twigstats software sheds light on mysteries of Europe’s old-school migrators”, The Register HP(https://www.theregister.com/AMP/2025/01/05/twigstats_genetic_analysis/

・T. S. Lomte (2025/01/03) “Twigstats unveils Europe’s hidden ancestral shifts from Iron Age to Viking era”, News-Medical Life Sciences HP(https://www.news-medical.net/news/20250103/Twigstats-unveils-Europee28099s-hidden-ancestral-shifts-from-Iron-Age-to-Viking-era.aspx

・P. Ghosh (2024/12/31) “New bone test could rewrite British history, say scientists”, BBC HP(https://www.bbc.com/news/articles/clyx9nv4mleo

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔