第87回 中国免疫マルチオミクスアトラス(CIMA)の成果について

1.はじめに

 中国人を対象として、それぞれの免疫細胞の性質を個々の細胞レベルで徹底的に調べる、中国免疫マルチオミックスアトラス(CIMA)の成果が、本年1月にサイエンス誌に掲載された。今回はその背景や成果、意義等について分析・考察したい。

2.CIMAの目的・背景

(1)免疫のしくみと免疫地図作りの必要性

 まず免疫について簡単に説明する。免疫は、我々の体が外部から侵入した病原体や、体内に生じた異常な細胞を異物として認識し、それらを排除することによって病気から守る、いわゆる防御システムである。

 そのメカニズムは、次の2つのシステムからなる。
①初期段階で樹状細胞やマクロファージ等により、異物に対していち早く攻撃する自然免疫
➁少し遅れて現れ、T細胞や、抗体を産生するB細胞等により、異物に対して強烈に働く獲得免疫。

 それぞれ多くの異なる種類の細胞が関与し、また、インターフェロン、インターロイキン、TNF等、多くの物質が介在しており、それらが全て血液中に混在しているのである。

 さらに、ヒトの体は、遺伝的背景だけでなく、年齢、性別、環境、生活習慣等の影響を受けるため、各個人によって、また免疫細胞毎にも各種のパラメーターの値は異なる。またそもそも、免疫細胞は成熟の過程でゲノム自体が組み換えられるという特徴を持ち、それゆえ一個人の中でも免疫細胞によってDNAの段階から異なっている。

図 免疫の仕組み(免疫療法コンシェルジュHPより)

(2)免疫地図作りについてのこれまでの経緯

 こうした複雑な免疫の仕組みを理解し、各種疾患に対応していくためには、各個人毎に、免疫細胞ごとにDNA、RNA、タンパク質、代謝物等の違いを知ることは重要である。ただそのためには細胞を集団としてではなく一つ一つの細胞としての分析すなわちシングルセル解析が必要だったが、従来はそのような技術はなく、ましてやそうした分析を体系的に行った成果としてのデータベースやデータセットが存在しなかった。

 しかし、技術の発達に伴い、シングルセル解析が可能になると、近年、そうした解析を行うプロジェクトが出てきた。

 著者の把握している範囲では、東京大学は、疾患コホートとゲノム、免疫細胞の遺伝子発現を組み合わせたデータベースImmuNexUT(免疫細胞遺伝子発現アトラス)を2021年に構築した。これは10の免疫疾患の患者及び健常人の末梢血416例から28種類の免疫細胞9,852サンプルを取得し、遺伝子発現と遺伝子多型の関連解析を行った成果をデータベース化したものである。

 また、オーストラリアのサウスウェールズ大学はOneK1Kというコホート研究を実施している。これは北欧系を中心とする982人のドナーから採取された127万個の末梢血単核細胞(PMBC)について、シングルセルRNAシーケンシング(scRNA-seq)のデータと遺伝子型のデータを組み合わせることで、14種類の免疫細胞それぞれにおける遺伝子発現への遺伝的影響をマッピングしている。

 他にも各国やコンソーシアムで行われているもあると思う。ただ、免疫系も含め、これらのデータベースやアトラスは、一般にヨーロッパ系の人々のデータに依存していることが多い。すると、それらのアトラスに含まれる細胞特性に基づいて設計された医薬品は、別の祖先をもつ人々には効果がない可能性がある。免疫系の細胞の違いは、ヒトの防御能力自体の違いにつながるため、人種・民族毎の、より詳細な把握が必要となってくる。

 アジア系の人々の免疫システムを解明しようとしているものに、「アジア免疫多様性アトラス(AIDA)コンソーシアム」がある。これは、以前ニューズレターでも紹介した国際的なヒト細胞アトラス(HCA)コンソーシアム(「第60回 ヒトの細胞地図づくり」参照)の一部になっており、構成メンバーは、理研が中核となり日本、韓国、シンガポール、タイ、インドの五か国の研究者からなる。104か国3,900人の研究者が参画し、シングルセルゲノミクス技術を用いてアジア5か国625人の126万個の免疫細胞のプロファイリングを行ったものである。

 ただ、これらには中国人は含まれていなかった。今回、中国人を対象とするCIMAの成果が発表されたことで、AIDAを補完する形で、より広範なアジア人をカバーすることになったのである。

3.CIMAプロジェクトの手法

 これら欧米や他のアジア地域とのギャップを埋めるため、中国BGI、山西医科大学、上海交通大学等の研究者らは、428人の健康な中国人成人の血液サンプル中の1,000万個を超える免疫細胞を分析した。参加者の構成としては、20歳から77歳までで、男性189人と女性239人だった。これらは年齢や性別による免疫細胞の働きの違いを解明するために十分な参加者数だった。

 調べたものとしては、シングルセルマルチオミックス、つまり細胞中の各種の生体物質を全て調べるという方法をとった。具体的には、単一細胞トランスクリプトーム(全RNA情報のこと:scRNA-seqという)、単一細胞クロマチンアクセシビリティ(DNAがヒストンタンパク質にくっついたクロマチン構造の開閉度のことで、DNAがメッセンジャーRNAにどのくらい転写されやすくなっているかの指標になる:scACTC-seqという)のほか、全ゲノムシーケンシング、遺伝子型解析、血漿メタボローム(全代謝物の情報のこと)、リピドーム(全脂質の情報のこと)、臨床生化学プロファイル等を組み込んでいる。

 そして研究者らは、こうして得られたデータセットを、先述のOneK1KプロジェクトやImmuNexUTプロジェクトの結果と比較することにより、中国人の免疫細胞の特徴について分析した。

図 CIMAプロジェクトの方法(サイエンス誌より)

4.CIMAプロジェクトの成果

 その結果、得られた成果の主なものを箇条書きで述べる。(ほぼネイチャー誌の記事に沿ってまとめた。)

①前述のように1,000万個以上の免疫細胞の分析により、希少集団を含め73種類の免疫細胞を同定することができた。

➁欧州人や日本人のデータとの比較により、異なる集団間でも、中心となる免疫経路や構成する細胞型は同じだった。
 一方で、遺伝子制御と免疫細胞の状態には、集団間で差異が見られた。遺伝子の活性に影響を与える特定の遺伝子近傍の変異について、CIMAデータ中のこれらの変異の93%以上が日本人コホートのものと重複していたのに対し、欧州人グループと重複していたのは約44%にとどまった。
 たとえばrs11886530という遺伝子変異は、東アジア集団では一般的だが、ヨーロッパではまれである。CIMAデータでは、このアレルがT細胞における概日時計遺伝子NPAS2とNR1D1を制御することが確認されたが、こうしたメカニズムは免疫細胞において初めて観察されたものだった。

➂加齢に伴う変化としては、炎症を引き起こす白血球の増加が、免疫システムでメッセンジャーとして働く樹状細胞の遺伝子発現の変化と関連していることが発見された。つまり過剰に樹状細胞が発現することにより、白血球が増加し、炎症を引き起こすというメカニズムが推定される。

④性別の比較では、男性参加者のデータでは、女性と比較して特定の代謝産物のレベルが高かった。その一つが2,3-ジホスホグリセリン酸で、これは赤血球が酸素を必要とする組織の近くで、脱酸素化ヘモグロビンと結合することにより、酸素を放出するのを助ける働きを持つ。つまり男性は遺伝的に女性と比べてスムーズに呼吸ができるということかもしれない。
 男性はまた、キラーT細胞の割合が女性に比べ高かった。キラーT細胞は過去の感染を記憶するメモリーT細胞であり、必要に応じて増殖する準備ができているナイーブT細胞ではない。一方女性の免疫のレパートリーは男性に比べ多く、その分男性に比べナイーブT細胞も多い。これらのことは、女性が男性より免疫力が強いことや、免疫抑制後のT細胞集団の再構築が早いこととの関係を示唆している。

5.おわりに

 CIMAについては、最近、より大規模なフェーズⅡCIMAイニシアチブが開始されたところである。その研究対象としては、これまでの健常な人々のみから、自己免疫疾患、心血管疾患、感染症等の主要な疾患コホートへ拡大されることとなる。

 CIMAのデータは、ゲノム研究を多様な集団にまで拡大することで新たな生物学的知見が得られ、この分野が人間の免疫学の真に代表的な理解に近づく可能性があることを示す。全ての祖先グループのための包括的な地図帳を作製することは、世界の健康においてより公平で正確な時代を築くための不可欠な基礎である。今回の研究成果が契機となって、ラテン系や黒人系の祖先を含む他の集団のマルチオミクス・アトラスの開発につながることが期待される。

 なお著者としては、かつて世界のシーケンス工場と呼ばれた中国BGIの活動についてはフォローしてきたつもりだった。だが、独自のシーケンサー開発や、いくつかの会社に分割された後は、あまり主要雑誌に目立った記事は掲載されなくなったため、そこで働いていた多くの若手研究者はどうなったのか、少し気がかりではあった。

 今回の成果について少し調べてみると、CIMAは、BGIが開始したゲノム及びマルチオミックス技術国家重点研究室が率いる多機関研究チームが学術・臨床パートナーと協力して作出されたものだとのこと。このような大規模なシーケンスや解析にはBGIはうってつけであり、それなりに適切な居場所を見出したのかと、他国ながらやや安堵した。

参考文献

・J. Yin et. al. (2026) “Chinese Immune Multi-Omics Atlas”, Science; Vol.391
・Nature HP C. Simms, “Huge Chinese cell atlas reveals surprising immune variation among peoples”, (2026/1/8)  https://www.nature.com/articles/d41586-026-00007-y
・理化学研究所HP 「アジアの多様な集団から世界初の免疫細胞アトラスを作成―アジア系集団の「健康な」免疫細胞のベースラインの確立―」(2025/4/4) https://www.riken.jp/press/2025/20250404_1/index.html
・「免疫療法コンシェルジュ」 https://wellbeinglink.com/treatment-map/cancer/immunity/
・中国の科学技術HP 「世界に誇るシーケンス技術を有するBGI」 https://china-science.com/bgi-lifescience-china/
・中国の科学技術HP 「上海交通大学」 https://china-science.com/jiaotong-univ/

ライフサイエンス振興財団理事兼嘱託研究員 佐藤真輔