第88回 がんによるアルツハイマー病の予防の仕組みが示される

1.はじめに

 中国の華中科技大学の研究者らは、マウスを用いた実験により、がんがアルツハイマー病を予防する仕組みを示し、本年1月、セル誌に発表した。今回はその背景や成果、意義等について分析・考察したい。

2.本研究を巡る背景

(1)がんとアルツハイマー病との関係

 がんとアルツハイマー病(AD)は、いずれも加齢に伴う最も一般的な慢性疾患である。だが、不思議なことに、この2つの疾病が同じ患者で見つかることはまれである。がんを克服した人はADを発症する可能性は低く、逆にADを発症した人はがんになりにくいというのである。

 これについては経験的に知られていたが、いくつか調査研究もある。たとえば2012年に米国ブリグハム・女性病院が行った前向きコホート研究(*)では、高齢者のがんサバイバーは、がんの既往症のない高齢者に比べ、ADの罹患リスクが33%低く、また、AD患者のがん罹患リスクもまた、ADでない患者に比べ61%低いという結果が示されている。

 ただし、このことにより、がんがADの発症を防ぐとは言い切れない。たとえば、がん患者の場合、ADの症状が出てくる前にがんが広がって亡くなる場合もある。また、がん患者はがんの治療により認知機能が低下することも多く、ADであってもそう診断されない可能性もある。だが、それらを考慮した上でも、この2つの疾病の逆相関の関係はかなり強いと思われる。

 研究者らはそのことに着目し、その原因を究明する努力を行ってきた。一つの手がかりとして、ADではアポトーシスつまりプログラム細胞死が活性化され、がんでは逆にアポトーシスは起こらず異常な細胞増殖が続く。このことから、両疾患では相反する反応経路が活性化されており、その結果、それぞれの罹患は逆相関の関係になることが予想できる。ただ、その直接原因となる物質や正確な作用機序については解明されていなかった。

*前向きコホート研究:特定の要因に関して異なるグループを長期にわたって追跡し、これらの要因が結果にどのように影響するかを判断するコホート研究のこと。

(2)ADの原因と治療薬の開発

 ADについて簡単に整理しておく。ADの患者では、脳にアミロイドβと呼ばれるタンパク質が凝集してプラーク(歯垢のような塊)が形成される。このプラークが脳細胞間の情報伝達を阻害し、最終的には認知機能の低下や記憶障害につながるとされている。

 このためADの治療薬として、このアミロイドβを除去する物質の開発が行われてきた。だがこれまでのところ、プラークを完全に除去するのは困難であり、たとえ除去できたとしても、疾病の初期段階でしか効果はなく、また、それも進行を遅らせるだけで、治療につなげることは困難だった。このため従来の治療法の大部分は、治療時点以降の新たな損傷の予防に重点を置く方法になっている。

 なお、脳に特徴的な免疫細胞であるミクログリアにはTREM2という受容体、すなわちシグナル伝達タンパク質が存在しているが、このTREM2は特定の物質が結びつくことで活性化し、刺激をミクログリア内部に伝えることによって、休眠状態だったミクログリアがアミロイドβを除去するようになる可能性があることが分かっている。このため研究者らは、TERM2に結合してミクログリアを活性化できる薬剤の発見に取り組んできた。だがほとんどの薬剤はTERM2を活性化するのではなく無効化してしまい、これまで有効な薬剤は見いだせていなかった。

3.本研究について

(1)研究の方法

 中国の華中科技大学の研究者らは、マウスを用いた実験で、この2つの疾患の関係を実証する方法を模索した。そして彼らが行きついたのは、ヒトのがんを、ADの病態モデルマウスに移植し、それによってマウスの脳にがん特有のヒトのタンパク質が発現するかどうか調べることだった。ADは脳の疾患であるため、もし特定のヒトタンパク質がマウスの脳で発現するなら、そのヒトのタンパク質が働いている可能性がある。特に、脳には血液脳関門(BBB)と呼ばれる、血流の関所のようなところがあるため、それをわざわざ通過してマウスの脳で発現した場合、そのヒトタンパク質こそ、ADを抑制する原因となっている可能性が高まる。

 具体的には、3種類のヒト腫瘍(肺、前立腺、結腸)について、それぞれADの病態モデルマウスに移植された。研究者らは、あらかじめ、これらのヒトがん細胞から分泌されるタンパク質を徹底的に調べた。その上で、BBBを通過してマウスの脳でも働いているヒトタンパク質を探し、それらの重なりを見出そうとした。

 また、ヒトのがん細胞からの分泌物により、又は候補となるタンパク質が見つかった場合にはその物質によりADの病態モデルマウスの病状に変化がもたらせられるかを調べるため、研究者らは水迷路を使ってマウスの記憶力をテストすることを試みた。この実験系では、マウスは迷路から脱出するため、隠された脱出口の位置を記憶する必要がある。従来のADの病態モデルマウスは、脱出経路を見出すのに苦労することが分かっていたため、ヒトのがん細胞からの分泌物や、もし脳で発現するタンパク質が見いだされた場合はそのタンパク質を投与することにより、マウスの行動がどう変化したかを調べることで、ADに対する効果について確かめるというものだった。

(2)研究の結果

 上述のような方法で、マウスの脳で働くヒトタンパク質を探索した結果、候補として、シスタチンC(Cyst-C)と呼ばれるタンパク質に行きついた。

 Cys-Cは血液中に含まれるタンパク質であり、腎機能のマーカーとしても利用されている、既知のタンパク質である。その働きとして、体内の酵素によって引き起こされる細胞や組織のダメージを抑制する作用を持つことが知られている。

 研究者らは、Cys-Cが、がんとADをつなぐ候補となったことから、その働きを詳しく調べた。そして、マウスを用いた実験により、Cyst-Cは、ADの原因となるアミロイドβのうち、毒性の高いとされるアミロイドβオリゴマーと結合するとともに、先述のミクログリア上のTREM2受容体にも結合することを確認した。つまり、これらの結合によってアミロイドβを標的とするミクログリアが生じ、その免疫作用によりアミロイドβのプラークが分解されるという一連の仕組みが明らかにされたのである。

 なお、水迷路による記憶力のテストでは、生成されたCyst-Cタンパク質又はがん細胞から採取した分泌タンパク質を投与した後には、認知テストの成績は大きく向上した。

図 Cys-Cによるアルツハイマー病の抑制の仕組みについての仮想モデル

4.本研究の成果を巡る考察

 本研究はあくまでマウスの病態モデルでの検証であり、ヒトにおいて再現されるか否かは未確定である。しかし、この発見がヒトで確認され、再現されれば、前述のように、新たな損傷の予防に重点を置く従来の治療法に替わり、新たな治療法開発につながる可能性がある。

 また、今回、Cyst-Cが脳内で発現していたが、Cyst-Cが血流に乗って、いつ、どのようにしてBBBを通過できたのかは分からない。初期のAD患者ではBBBが弱まっていることが研究で明らかになっている。だがADの症状が現れるよりも前にCyst-Cが脳内に侵入できるほど早期にその弱化が起こるかどうかは不明であり、今後の研究が待たれる。

 また、今回の研究により、がん患者にはADが発症しにくい理由を理論的に説明することができるが、逆にAD患者にがんが発生しにくい理由を説明することはできない。それにはまた異なる経路や理論が必要になるのかどうか、今後の研究が待たれる。

 なお先述のように、TERM2を活性化する候補となる物質については、これまでのところ、マイクログリアにアミロイドβ除去させるまでには至っていない。今回の発見も含め、各種の方法を組み合わせることで、有効な薬剤開発につながることが期待される。

5.おわりに

 中国の研究は、前回のニューズレターで紹介したような(第87回 中国免疫マルチオミクスアトラス(CIMA)の成果について)、大量の試料やデータを集めて大規模解析を行うことにより、いわば力業で一定の結果を出すということが一般的な特徴だった。しかし今回の研究の場合、まず現象に着目して、その原因を探るための実験系を確立する等、考察をしながら手順を踏んで一つ一つ丁寧に進めていった様子が見て取れる。実際には研究開始から6年以上を要しており、それでも粘り強く成果に結びつけたというのは、同国の結果重視主義とはやや趣が異なると思われる。(あくまで著者の感想。)

 このような研究が主体になってくると、中国の研究レベルはぐっと上がってくるかもしれないと思う半面、日本も短期間での成果を求めすぎないような研究風土を維持していく必要があると、著者としては強く感じた次第である。

参考文献

・Li, X. et al. “Peripheral cancer attenuates amyloid pathology in Alzheimer’s disease via cystatin-c activation of TREM2”(2026/1/22) Cell HP
https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.12.020

・H. Ledford “Cancer might protect against Alzheimer’s — this protein helps explain why” (2026/1/22) Nature HP
https://www.nature.com/articles/d41586-026-00222-7

・“Cancer tumors may protect against Alzheimer’s by cleaning out protein clumps”(2026/1/24), Medical Press HP
https://medicalxpress.com/news/2026-01-cancer-tumors-alzheimer-protein-clumps.html

・下畑亨良「なぜがん患者さんではアルツハイマー病が少ないのか?―腫瘍由来シスタチンCとTREM2が示した新しい道筋―」 (2026/1/24) Hatena Blog; Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文 HP
https://pkcdelta.hatenablog.com/entry/2026/01/24/053241

・中国の科学技術HP  華中科技大学  華中科技大学同済医学院

ライフサイエンス振興財団理事兼嘱託研究員 佐藤真輔