第89回 寿命の5割以上は遺伝により決まる?
1.はじめに
イスラエルを中心とする国際研究チームは、ヒトの寿命の長さについて、遺伝がその半分以上の決定要因となるという研究成果を、本年1月、サイエンス誌に発表した。今回はその背景や成果、意義等について分析・考察したい。
2.本研究を巡る背景
(1)寿命を決める要因について
ヒトの寿命は何によって決まるだろうか。
大きく分けると、①先天的な要因としての遺伝要因、➁後天的な要因としての食生活、運動、睡眠等の環境要因、➂医療インフラや制度等の社会要因 により、寿命は左右されると考えられる。
長寿の家系というものが存在することから、遺伝要因の割合はそれなりにあるだろうが、その本体である、寿命や老化に関与する遺伝子については、次第に研究が進んできている。
有名なのが、サーチュイン(SIRT1~7)という老化遺伝子である。特にSIRT1は、エネルギー代謝やDNAの安定化、炎症制御に関与し、細胞の老化を遅らせる働きがあることが明らかになっている。
また、サーチュイン遺伝子以外にも、FOXO遺伝子等、活性酸素などにより傷ついたDNAを修復したり、損傷した細胞を除去したりする機構が老化に関与することが分かってきている。
さらに、染色体末端の繰り返し構造であるテロメアは、細胞分裂のたびに短縮し、これが一定以上短くなると細胞の寿命が尽きるとされているが、TERT(テロメラーゼ逆転写酵素)はその繰り返し構造を伸ばす働きがあり、老化の制御に関与する。
この他、老化した細胞で高発現する遺伝子がいろいろ同定されてきており、また、老化に伴いエピゲノムすなわちDNAのメチル化等が変化していることから、遺伝子発現の変化が老化に関与するとされている。
このように、寿命や老化に関与する遺伝子は多数知られてきているが、まだまだ完全には分かっていない。そしてそれらが環境要因や社会要因と複雑に絡み合って、寿命を決定していると考えられる。
(2)寿命と遺伝との関係に関するこれまでの研究
それでは、寿命に対する遺伝要因の寄与(これを「遺伝率」と呼ぶ)はいったいどのくらいになるだろうか。
遺伝要因と環境要因がともに寄与すると考えられているヒトの形質としては、身長、体重・肥満度、IQなどがある。コホート研究等により、それらの遺伝率はいずれも50%以上になっている。
一方、寿命については、これまで、調べることがかなり難しかった。というのは、ヒトの一生を調べるには、生まれてから死ぬまで最低70年~80年かかり、また、個人差が大きく、家系や生育環境等、比較すべき条件がいろいろあって、条件をそろえて比較することが難しかったからである。
それを正確に調べるために、双子研究という方法がある。双子の場合、一卵性双生児では双子間の遺伝子の一致率は100%、二卵性双生児の場合は遺伝子の一致率は約50%となる。なので、寿命が遺伝に左右されるとしたら、一卵性双生児どうしの寿命の相関関係は二卵性双生児どうしの寿命の相関関係より相当高くなるはずである。そして、それを比較することで、遺伝要因と環境要因の寄与がどうなっているか検証できる。
こうして、これまで各国で双子研究を中心としたいくつもの研究が行われてきた。その結果、ヒトの寿命についての遺伝率はいずれも25%以下と推定されていた。すなわち、寿命は他のヒトの形質に比べ、遺伝要因より環境要因の影響の方がはるかに大きいと解釈されてきた。
こうした結果は、これまでそれなりに受け入れられてきた。というのは、たとえば日本の場合、1890年代後半の平均寿命は男女とも40歳代だったが、2023年時点では男性81歳、女性87歳になっており、約2倍になっている。わずか130年の間に日本人の遺伝子が急激に変化したとは考えられず、環境要因が大きく影響したと考えざるをえない。なので、寿命には遺伝要因より環境要因の方が大きく寄与するというのは納得できるものだった。
しかしそれでも、寿命研究には構造的な問題点があった。
前述のように、寿命を確定するには、対象者が亡くなるまで待たなければならないが、そうすると、最低でも今から80年以上前に生まれた人々のデータに依存せざるをえない。特に19世紀以前に生まれた人も含むデータの場合、その時代の死因には感染症、事故、暴力、戦争等が大きな割合を占めており(これを「外因性死亡」という)、ワクチンや医薬品も、現代のような衛生対策も安全規制も行きわたっていなかった。このような外因性死亡は、環境要因とは言えない。
寿命に対する遺伝の影響を調べるには、あくまで細胞の老化、内臓機能の衰え、がん、心疾患といった、体内の生物学的な衰えによる死亡(これを「内因性死亡」という)に限定して遺伝の影響を調べなければならない。従来の研究では、そうした観点での取組みが不十分だったのである。
3.本研究について
(1)研究の方法
イスラエルのワイツマン科学研究所(Weizmann Institute of Science)を中心とする国際研究チームは、上記のような外因性死亡の影響を排除することにより、寿命に対する純粋な遺伝要因の影響を調べようとした。
今回の研究では、既に実施済みのコホートスタディで、デンマークやスウェーデン、米国等で19世紀から20世紀初頭に生まれた双子を追跡研究、米国の長寿者の兄弟姉妹などの大規模データ等を対象とした。研究チームは、それらを数理モデルにより再解析したのである。
具体的には、一緒に育った双子、それぞれが別の家庭で育てられた双子などのデータを区別し、感染症や事故、戦争や災害などの外因性死亡の影響については調査対象から除外した。
また、研究チームはもう一つ、「カットオフ年齢」を設定した。つまり、寿命が一定の年齢に満たない場合、他の未知要因が含まれている可能性があるとして、それを調査対象から除外することにした。
これら、外因性死亡とカットオフ年齢という2つの補正を行うことで、より正確に遺伝率を求められると考えたのである。
(2)研究の結果
研究結果は膨大な解析に基づくため、トピックとなる部分だけを抜き出して述べる。
まず、研究者らは、これら既存データについて、シミュレーションによる補正を行わないで、すなわち外因性死亡の影響を排除しないで分析した。
その結果、下図Aのように、たとえば1880年生まれのデンマーク人女性の場合、乳幼児期に死亡率が高いほか、40歳くらいまで、一定の割合で死亡が見られている。それを超えた場合には、年齢とともに死亡率が等比級数的に増加するという結果になった。その解釈として、前者の期間では外因性死亡が死亡の主体となり、後者の期間では内因性死亡が主体となっていることが背景にあると考えられた。
図Bはデンマーク人の男性と女性の出生年別の外因性の死亡率を示しているが、出生年が後になるにつれ、外因性の死亡が減っていることが分かる。特に1870年生まれと1920年生まれを比べた場合、若い頃において、外因性死亡率の乖離が大きいことが分かる。つまり、最近生まれた者ほど、外因性死亡は起こさないということである。

次に、研究者らは、カットオフ年齢を設定し、また、明確に分かっている外的要因を除外して、シミュレーションを行った。すると、老化に伴う生理機能の低下と関係する心臓病、認知症、がん、老衰といった内的要因による寿命の影響が、約55%になった。これは従来の研究で示されていた25%以下という推定の数値の2倍以上であり、遺伝率がこれまでの想定以上に大きな役割を果たしていることが分かった。
4.本研究の意義
今回の研究で明らかとなった、寿命の遺伝率55%という数値は、他の動物で観察されている寿命の遺伝率と近い数字であり、ヒトも動物の一種だと考えた場合、妥当なものだろう。
一方、寿命は55%が遺伝で決まっているが、残る45%は決まっていない。これは、運動、睡眠、食生活等の環境要因や、社会要因を通じたライフスタイルの選択が、寿命にもある程度関係しているということである。それは大きすぎもせず、小さすぎもしない。
記事によると、研究チームの著者の1人は、ライフスタイルの変化により、遺伝に影響されるヒトの寿命を5年ほど変化させるとされている。たとえば遺伝的寿命が80歳だった場合、健康習慣によって85歳まで生きる場合もあれば、不健康なライフスタイルを選んで75歳に縮むこともある。しかし、健康な生活を送ったとしても、80歳から100歳に伸びることはないとのこと。
ただ、別の著者は、遺伝子は長生きしやすさの素質を与えるにすぎず、実際にどれくらい生きるかは、生活環境や行動の積み重ねによって大きく変わると強調している。
つまり、遺伝率55%というのは、そのような、遺伝的要因も環境要因もともに影響があるとも言えるし、ないとも言える、そのような解釈なのだろうと思われる。
5.おわりに
上記の「本研究の意義」にあるように、本来の寿命が短い場合いくらライフスタイル面で努力しても伸ばせる寿命に限界があるということが事実であるならば、著者としては少し残念に思う。
しかしよく考えると、寿命について正確な遺伝率を出すことは、今後はますます困難になってくると思われる。外因性死亡は戦争でも起こらないかぎり今後ますます少なくなるだろう。そうなると遺伝率の計算はより正確になりそうにも思われる。
一方で、医療技術の発達により、がんや認知症等、本来の老化、死亡の原因になっていた内因性死亡が治療できるようになると、寿命そのものが伸びる。そうなると、正確な遺伝率が分からなくなってしまうのではないか。他にも、フレイルを形成するような疾病がどんどん治るようになってくるかもしれない。そうなると、遺伝に基づく寿命が本来あったとしても、ライフスタイル以外の要因で、それを超えて大きく伸びそうに思われる。
むしろ、そのような将来に期待したい。
参考文献
・B. Shenhar et. al. (2026) “Heritability of intrinsic human life span is about 50% when confounding factors are addressed”, Science Vol.391, 504-510
・D. Bakula (2026) “Rethinking the heritability of aging”, Science; Vol.391, 448
・セオドアアカデミー「「寿命の55%は遺伝で決まる」イスラエル研究が覆す常識。残り45%で人生を変える5つの選択:ワイツマン研究所が解明、寿命の半分は遺伝子が握っている!日常で打てる実践的な5つの手」(2026/2/1)
https://note.com/seodoa_academy/n/n5b4eadbb0999
・「寿命の50%は遺伝によって決まる可能性があると研究が示唆」(2026/2/6)GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20260208-lifespan-heritable/
ライフサイエンス振興財団理事兼嘱託研究員 佐藤真輔

