第42回 米国の大規模ゲノム解析プロジェクトにより新たに大量の遺伝子変異を発見
1.はじめに
本年2月、米国のAll of Usという大規模なゲノム解析プロジェクトの途中経過が発表され、これまで報告されていなかった2億7,500万以上の遺伝子変異が新たに発見されたこと等が報告された。今回はこの内容について経緯、意義等とともに紹介する。
2.All of Usとは
その発端は、2015年1月、当時のオバマ大統領が一般教書演説の中で、「精密医療イニシアチブ(PMI:Precision Medicine Initiative)」という大規模プロジェクトを行う旨宣言したことに始まる。
この精密医療について少し説明する。精密医療とは、患者にあった最適な治療を行うことである。よく似た用語に「個別化医療(Personalized Medicine)、テーラーメイド医療、オーダーメイド医療ともいう」があり、それも個人個人に応じて、遺伝子情報や生活習慣などを元に治療方法を設計し、それを施すものである。
ただ両者は微妙に違う。個別化医療の対象はあくまで個人であり、一人一人の患者に、患者自身のデータや検査を踏まえてその患者独自の治療方法を設定する。つまり患者が100人いれば100通りの治療方法が設計可能となる。しかし、そうすると手間がかかり、コストも大きくなる。
一方、精密医療は、まずあらかじめ収集した大量の遺伝子情報や検査情報等の解析に基づき患者をいくつかに類型化し、それぞれの類型に応じた治療法をあらかじめ定めておく。その上で、患者がどの類型に入るか調べ、それを踏まえ、あらかじめ用意されたその類型に適した治療を施すのである。そうすれば、患者ごとに治療法を一から考えなければならない個別化医療に比べ、はるかに低コストで迅速な治療が行える。
PMIでは、精密医療を行うためのデータとして、100万人以上の米国人のデータを収集するコホート研究を行うことにしていた。このコホート研究は2016年になってAll of Usと名づけられ、PMI自体もその名称で呼ばれることになった。そして具体化、体系化がなされ、2018年5月に本格稼働したのである。
All of Usでは、まず個人の遺伝情報、健康状態、生活習慣等のデータを包括的に収集する。具体的には年齢、性別、人種・民族、そして全ゲノム情報、医療検査の結果、スマートウオッチのデータ等が含まれる。
そして、それらを分析することで、病気の予防や治療法の開発を行い、精密医療を実現することを目指している。予算としてこれまで30億米ドル以上が投じられてきている。
3.今回の発表の内容
今回、All of Usの中間的成果として、25万人近くの多様な米国人参加者の全ゲノム配列情報とその関連情報の分析結果がNature誌、Communication Biology誌、Nature Medicine誌に発表された。その成果をまとめると以下のとおり。
まず、All of Usは他のプロジェクトと比べ、データ提供元(リソース)の多様性において大きな特徴がある。データの77%はこれまで生物医学研究においてあまり評価対象となっていなかったグループの人々から提供されたものだった。具体的には、45%は人種・民族としてマイノリティに属する人々、26%は貧困層、26%は65歳以上の高齢者から提供されたものである。
そして、All of Usは集められたデータから10億以上の遺伝的変異を同定した。その中には2億7,500万以上の未報告の遺伝子変異が含まれていた。また、新たに同定された変異のうち390万の変異は、タンパク質をコードする領域にあった。そのうち150近くが二型糖尿病に関係する可能性が示された。
また、研究者らは、集めたゲノムデータと電子カルテの疾患記録との関連性を調べた。
まずデータの信頼性を検証するため、117の疾患に関連する3,724の変異の頻度を既存の大規模ゲノムデータの解析結果と比較した。その結果、マジョリティに属する、ヨーロッパ人の祖先をもつ参加者とアフリカ人の祖先をもつ参加者の両方で、それぞれ既存の大規模ゲノムデータで見られた傾向と一致していた。これによりAll of Usのデータについて一定の信頼性が得られた。
その上で、各マイノリティに属する人々から提供された試料の分析結果としては、グループ毎にばらつきがあり、また他の大規模プロジェクトの傾向とも異なることが分かった。
4.今回の発表の意義や問題点
今回の成果によって発見された2億7,500万以上の新たな変異は、遺伝マーカーとして用いることが期待できる。つまりそれらの変異は特定の遺伝的特徴と連動して遺伝されてきた可能性があるため、その変異があることにより遺伝的特徴と関連付けることができる。
特に、タンパク質をコードする領域にある390万の変異については、それが生命の重要な機能と関係している場合、疾病の直接の原因変異になる可能性もあり、今後の研究への利用が期待される。
また、これまで行われてきた大規模ゲノム研究では、参加者の90%以上がヨーロッパ人の祖先をもつ人々だった。たとえば英国のバイオバンクは50万人もの参加者を擁し、資格のある研究者なら誰でも利用できる優れものだが、参加者の94%はヨーロッパ系であり、偏ったものになっている。このため、既存の利用可能なデータだけでは精密医療を行うための類型化ができないのではという懸念につながっていた。
しかし、多様なリソースによる今回の分析により、各人種・民族やコミュニティ毎にゲノム配列と疾患との関係に特徴があることが分かった。すなわち医薬品開発等に際し、これら特徴に十分配慮して行っていかねばならないということである。
All of Usでは、サマリーレベルのデータは一般に公開されており、個人レベルのデータはAll of Us Researcher Workbenchというサイトを通じて研究者がアクセスすることができる。こうしてAll of Usは医学研究への参加機会を促進し、医学研究に対する認識向上とアクセスの改善を実現するものとして期待されている。
5.おわりに
All of Usには現在、既に75万人以上が登録しており、このまま進めば目標としての100万人の達成はほぼ間違いない。その際にはどのような展望が開けてくるか楽しみである。
日本においては東北メディカル・メガバンク計画において、既に10万人近くの全ゲノム解析が終了している。これはほぼ一種類の民族でのデータである。それはそれで、日本人独自の遺伝的特徴を見出し、日本人に適した医薬開発等を行う上で意義があると思う。さらに今回のような多様なリソースからなるデータとの比較も踏まえつつ分析を行うことで、より研究の進展に役立つものとなることが期待される。
なお、筆者はかつて米国NIHについての解説本を共同執筆し、その中で、当時のオバマ政権による3つのビッグプロジェクト(精密医療(PMI)、脳プロジェクト、がんプロジェクト)について紹介したことがある(米国の国立衛生研究所NIH)。
このような大規模なプロジェクトは大きな予算が必要となるため、コストベネフィット(費用便益)の検討が欠かせない。米国では、やや研究に後ろ向きのトランプ政権時にも、NIHの予算はまずまず順調に伸びた。また、これら3つのプロジェクトも生き残ってきている。ただ、今後、その成果については検証が必要になってくるだろう。
それは日本のかかるプロジェクトを考える上で大いに参考になると思われ、All of Usをはじめ、米国の大規模プロジェクトの動向を今後も見守っていきたい。
参考文献
・All of Us Research Program Genomics Investigators (2024/12/19) “Genomic data in the All of Us Research Program”, Nature HP (https://www.nature.com/articles/s41586-023-06957-x)
・D. Bianchi et.al., (2024) “The All of Us Research Program is an opportunity to enhance the diversity of US biomedical research”, Nature Medicine; Vol.30, 330-333
・(2024/02/19) “275 Million New Genetic Variants Identified in NIH Precision Medicine Data”, All of Us HP(https://allofus.nih.gov/news-events/announcements/275-million-new-genetic-variants-identified-nih-precision-medicine-data)
ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔