第43回 エピゲノム編集によりマウスのコレステロールが減少

1.はじめに

 本年3月、ゲノムDNAの配列を変えることなく、その化学修飾を変えることにより、マウスのコレステロールが減少したという研究成果が、Nature誌に発表された。このように、ゲノムの化学修飾を変える方法は、エピゲノム編集として注目され始めている。今回は本件について、その背景や内容、意義等を説明する。

2.エピゲノム編集とは

 まずエピゲノムについて説明する。
 生物個体は通常どの体細胞も同じゲノムDNAを持っている。しかし、目の細胞では目になり目の機能を果たすための遺伝子だけが働き、手の細胞では手になり手の機能を果たすための遺伝子だけが働く。このため、それぞれの部位がそれぞれの形状となり、それぞれの機能を果たすことができている。
 そのような特定の遺伝子を働かせることを可能にするのが、ゲノムの化学修飾すなわちエピゲノムである。これにはDNAのメチル化や、DNAにより取り巻かれているタンパク質であるヒストンのメチル化やアセチル化などが知られている。

 このうちDNAのメチル化とは、DNAを構成する4種類の塩基の1つであるシトシンへのメチル基の付加や除去といった化学修飾のことである。
 ゲノム上で各遺伝子の前方には、その働きを制御するプロモーターという領域があり、そこにあるタンパク質が結合することにより各遺伝子はDNAからRNAに転写され、最終的にはタンパク質になっていく。このプロモーターの塩基配列中には通常、シトシン-グアニンの2塩基からなる繰り返し配列(CpGと呼ぶ)が存在している。
 CpG中のシトシンがメチル化されると、タンパク質がプロモーター部位に結合することができなくなるので、遺伝子はDNAからRNAに転写されず、遺伝子の機能を果たすことができない。逆にシトシンからメチル基が取れるとタンパク質がプロモーター部位に結合することができるようになるため、遺伝子が働くようになる。
 こうしてプロモーターのメチル化の状態を変えることにより、塩基配列を直接改変せずに、遺伝子を働かせたり働かなくさせたりすることが可能となる。エピゲノム編集は、まさにそれを利用したものである。

 しかし、特定の遺伝子だけをどのようにして働かせたり働かせなくさせたりするか。すなわち特定の遺伝子のプロモーターだけをメチル化したり脱メチル化したりできるか。また、それをどの程度維持できるかは大きな課題だった。

 一方、人類は遺伝子を改変するため、既にゲノム編集という有力な手段を手に入れている。同技術を用いて、ゲノム中の特定の塩基配列を標的として、それを切断したり他の遺伝子に置き換えることができるようになっている。これまでジンクフィンガー、TALLEN、CRISPR/Cas9といったゲノム編集技術が開発されてきたが、いずれも標的配列を見出して結合する部分と、その部位を切断する部分からなっている。
 このゲノム編集手法により、DNAを直接改変することで遺伝子の機能を働かせたり働かせなくさせたりすることは可能になっている。
 だが、同手法によりDNAを切断して塩基配列の変化を導入すると、望ましくない変異が起きたり、オフターゲットという目的とは別の場所の遺伝子が改変されてしまったりする可能性がある。また、一度改変されたら元に戻すことはできない等、いくつか問題点があった。

 エピゲノム編集は、遺伝子配列を改変せずに遺伝子の機能をオンオフすることができるため、ゲノム編集の代替手段となることが期待される。ただ、上述のようにエピゲノム編集にも課題は多く、特に、標的遺伝子の持続的な抑制(サイレンシングと呼ぶ)を実現することは難題とされてきた。

3.今回の発表の内容

 今回、イタリア・ミラノのサン・ラッファエレ科学研究所の研究者らは、エピゲノム編集を用いて特定遺伝子の持続的なサイレンシングを行うことを目指し、それを、マウスでコレステロール値を低下させることにより実証しようとした。

 研究者らが標的としたのは、高コレステロールと深く関係するPCSK9遺伝子だった。PCSK9は、コレステロールの一種である低密度リポタンパク質(LDL)受容体の分解を促進する酵素である。肝細胞では通常、LDL受容体を通じて血中からLDLを細胞内に取り込み、分解することで血中のコレステロール濃度を低く保つことができる。しかしPCSK9が働くとLDL受容体が分解され、LDLを取り込めないので血中のコレステロール濃度が上がってしまう。
 この遺伝子の働きを阻害すれば、LDL受容体が分解されず増加し、それにより血中のLDLコレステロールを取り入れて分解することで血中のコレステロール量を低下させることができる。

PCSK9の働き  (株)シクロケムバイオHPより引用

 そこで彼らは、まずPCSK9遺伝子に結合する部分をいくつかの方法を用いて設計し、そのうち最適なものを選ぶことにした。候補の中には、ゲノム編集のジンクフィンガー法のDNA結合タンパク質(ZFP)や、CRISPR/Cas9のDNA結合RNAも含まれていた。

 彼らは作出した候補のそれぞれのDNA結合部分を、DNAのメチル化に関与する3つのタンパク質断片と融合させた。この3つのタンパク質断片は、胚の発生中に働くタンパク質であり、ゲノムに潜む内在性ウイルス配列(過去のウイルス感染の残骸)が一生発現できないようにメチル化を行うものだった。そのようなタンパク質断片と融合させることにより標的遺伝子のメチル化を強力かつ持続的に行おうとしたわけである。
 なお、このようなDNA結合部分とメチル化関連3タンパク質の融合体は、「進化した人工転写抑制因子(EvoETR)」と名付けられた。

 これらいくつかのEvoETRを、まず培養した肝細胞に導入して比較したところ、ZFPを用いたEvoETRの性能が、DNA結合プラットフォームとして最も優れていることがわかった。

 そして彼らは、脂質ナノ粒子を用いて、ZFPのEvoETRをマウスに静脈注射し、血流を通って肝臓に到達させた。その上で、マウスにエピゲノム修飾剤を一回だけ投与した。すると、効率的かつ持続的にPCSK9遺伝子の働きが抑制され、循環血中のPCSK9タンパク質濃度が約11か月(330日)にわたってほぼ半減した。
 実験はここで終了したが、そのまま続ければ1年以上持続していた可能性が高い。また、この方法をさらに改良したところ、PCSKタンパク質の濃度は、従来の遺伝子編集によって達成可能なレベル(最大75%)まで低下することが明らかになった。

エピゲノム編集の候補となる方法間の比較。
図bのようにZFPの複合体によるものが最も効率よくPcsk9遺伝子のメチル化を行えることが分かる
(Nature誌の論文より引用)

4.エピゲノム編集の今後

 今回の研究により、エピゲノム編集による特定遺伝子のサイレンシングが、各種疾患を治療できる可能性のあることが実証された。
 前述のように、エピゲノム編集については理論としては考案されていたが、特にサイレンシングによる臨床応用は不明確であり、今回のような方法がどれくらい効果的であり、どれくらい持続するかは不明な部分が多かった。それが動物実験で一定の効果が認められたのである。

 本研究を実施した研究者らは、今回の研究成果はあくまで原理証明にすぎないが、今後のさらなる研究や評価によって、彼らのプラットフォームがエピゲノムのサイレンシングを用いる治療法の開発の基盤となる可能性がある、と述べている。

 なお現在、10社以上の企業がエピゲノム編集による治療方法の開発を行っていると聞いている。その中にはサルに対する長期的持続効果を報告した研究者もいるとのことだが、まだ査読付きの学術誌には掲載されていない。また米国マサチューセッツ州のオメガ・セラピューティクス社は、多くのがんで過剰に発現し、従来の医療では標的とすることが困難だったMYCという遺伝子に関し、サイレンシングを行うエピゲノム編集の臨床試験を実施しているとのことである。

 このように、エピゲノム編集については今後の進展が期待される。

5.おわりに(筆者の感想)

 エピゲノム編集はまだまだ検証すべきことも多いが、これにより人類はまた新たな生命の操作技術を手に入れたことになる。こうした技術を用いることで、生命の状態について機械のように詳細を知り尽くすことが可能になれば、逆に生命を思うがままに改変することも容易になるかもしれない。

 もちろんその場合は、安全面や倫理面の検討も欠かせない。一方、医療分野ではこれを利用した安全な予防法・治療法の開発がなされつつあり、今後の進歩を期待したい。

(参考文献)

・M. A. Cappelluti (2024) “Durable and efficient gene silencing in vivo by hit-and-run epigenome editing”, Nature; Vol.627, 416-423
・“‘Epigenetic’ editing cuts cholesterol levels in mice”, Nature; Vol.627, 14-15
・「たった一度の投与でマウスのコレステロール遺伝子を抑制できる」(2024/2/29) Nature Asia (https://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/14813
・(株)シクロケムバイオHP(図を引用)(http://www.cyclochem.com/cyclochembio/watch/watch_080.html

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔