第45回 初めてヒトへのブタ腎臓移植が行われる

1.はじめに

 米国マサチューセッツ総合病院のグループが、ゲノム編集により遺伝子を改変したブタの腎臓の患者への移植を、世界で初めて行った。今回はその内容やそれを巡る背景、意義等について説明する。

2.今回の移植の内容

 今回、腎臓の移植手術を受けたのは米国在住のリチャード・スレイマンという62歳の男性だった。同氏は末期腎不全を患っており、同国マサチューセッツ総合病院(MGH)で3月16日に手術を受けた。脳死状態でない患者へのブタの腎臓移植は世界初だった。

 提供されたブタの腎臓は、同国のバイオ企業であるイージェネシス社が提供するもので、拒絶反応を防ぎ、また臓器内に潜むウイルスがヒトに感染するリスクを減らすことを目的として、なんと69ものゲノム編集が施されていた。

 同チームは今回の手術に際し、5年前からサルで100例以上のブタの腎臓を移植しており、いずれも数か月から数年生存した。そしてその結果も踏まえ、米国食品医薬品局(FDA)の許可を得て行った。FDAは生命を脅かす病気を患う患者に対し、実験的な治療の利用の道を開く「拡大アクセスプロトコル」という手続きを適用した。

 もともと最終目的をヒトでの実施に置いていたこともあり、手術の成果はサルでの結果を上回るものが期待されるとのこと。これまでのところ拒絶反応の徴候等もなく、また腎臓のはたらきの指標であるクレアチニンの値も大幅に下がる等、経過良好で、スレイマンさんは手術から2週間余りたった4月3日に退院した。

ブタ腎臓移植手術を受けたスレイマンさん(右から2人目)(BBCニュースより)

3.今回の移植の背景・意義

(1)臓器移植は世界的な課題

 移植のための臓器の不足は世界的な課題になっている。臓器移植先進国の米国でも、移植用の臓器は不足している。

 米国の臓器調達・移植ネットワーク(OPTN)によると、移植待機リストには全米で10万人以上が登録され、年間1万4千人が死後に臓器提供することで、毎年4万件以上の臓器移植が行われている。だがそれでも臓器は不足し、移植が間に合わず毎年6,000人以上が死亡している。なかでも最も需要が高いのが腎臓で、2023年末で約89,000人の米国人が登録され、1年間に約2万7,000件の手術が行われているものの、まだまだ不足している。

 日本はもっと深刻であり、日本臓器移植ネットワーク(JOT)によると、今年3月末で臓器移植を希望してJOTに登録している患者は約1万6,000人(うち腎臓が約1万4,500人)いるが、2023年度の臓器移植件数は全部合わせても592件(うち腎臓が236件)しかない。

(2)ブタ工場

 このため、臓器移植を補うための各種の工夫がなされてきた。特に着目されたのが、これまで本ニューズレターでも紹介したが、ブタの体内でヒトの臓器を作る方法である。これは一般に「ブタ工場」と呼ばれている。ヒトのES細胞やiPS細胞を、特定の臓器を作る遺伝子が欠失したブタの胚(胚盤胞期)に導入する。すると、ブタの胚はそのままではその臓器が作れないため発生が進まず仔が生まれないが、導入したヒト幹細胞がそれを補って代わりにその臓器に分化し、誕生したブタの仔の臓器はヒト由来になるというものである。

参考 第1回 動物臓器のヒトへの移植~世界初のブタ心臓移植のもたらした衝撃

 この手法により、昨年9月、中国のチームによりブタの体内でヒトの腎臓を作らせたという報告がなされたが、実際にはできた腎臓にはまだ多くのブタの細胞が含まれており、実用化はまだまだという段階である。

参考 第33回 中国のチームによりブタの体内でのヒトの腎臓づくりが進展

(3)ゲノム編集ブタの臓器移植の経緯と今後

 一方、それに代わって最近注目を集めているのが、今回のように、拒絶反応に係る遺伝子をゲノム編集で取り除いたブタを育て、その臓器をヒトに移植する方法である。つまり、移植するのはブタの中で育てられたヒトの臓器ではなく、ブタそのものの臓器である。まだまだ研究段階にとどまっているブタ工場を尻目に、こちらはヒトへも適用されつつある。

 ブタの腎臓が脳死状態でない患者に移植されたのは今回が初めてだが、既に心臓では行われている。
 2023年12月に米国メリーランド大学で初めてブタの心臓移植が行われた。移植するブタ心臓は、ユナイテッド・セラピューティクス社が開発した、拒絶反応を起こさないよう遺伝子改変されたブタの心臓が使われた。
 その後もう1人に同様なブタ心臓移植が行われたが、彼らはいずれも、手術から2か月後に死亡した。移植した心臓が潜伏ウイルスに汚染していることや、患者の免疫系が臓器を拒絶した形跡があったことが判明した。
 なお、これらの移植についても、今回の腎臓と同様、FDAの「拡大アクセスプロトコル」が適用され、治験ではなく、他の方法では絶望視された患者を助けるための1回限りの試みだった。

 また肝臓では、2023年12月、米国ペンシルバニア大学のチームが脳死状態の患者に行ったのが初めてである。先述したイージェネシス社が開発した、遺伝子改変されたブタの肝臓を患者の血管と体外で接続し、その患者を3日間、脳死のまま生かし続けることができた。
 さらに今年3月には中国の外科医らが同様の方法で脳死患者にブタ肝臓を接続し、10日間生かし続けることができた。
 なお肝臓の場合はタンパク質、脂質、グルコースの生産等各種の役割があり、ブタの肝臓で作られるそれらの分子はたとえ遺伝子編集したブタ肝臓で作られたとしてもヒトにおいて強烈な拒絶反応が起こる可能性があり、このように患者に移植せずに体外接続して各種調整を行うのが現実的なやり方かもしれない。

 一方、腎臓については、(マサチューセッツ総合病院かどうか把握できなかったのだが)脳死患者数人での実施例があるようだ。

 現在イージェネシス社は、ブタの腎臓移植と小児心臓移植、さらに体外から患者に接続されるブタ肝臓による臨床試験の計画について、FDAと協議しているとされる。このうち前述のように、腎臓については、他の臓器に比べ、移植を希望する患者数は圧倒的に多く、臨床試験はそれらの中で最も早く行われる可能性がある。そして患者の中には、免疫による拒絶反応が起きるため他人の腎臓を移植しづらい人もいる。そのような患者でも、遺伝子を改変したブタの臓器では拒絶反応がない場合があるという。臨床応用の際にはまずはそうした患者が移植の候補者になると考えられる。

4.日本の状況

 日本は本件、どのような状況だろうか。世界を先導している、とは言い難いが、ある程度着実に研究や実用化を進めている。

 まず臓器移植用の遺伝子改変ブタだが、明治大学発のスタートアップ企業であるポル・メド・テック社は、今年2月、ヒトへの移植を想定したゲノム編集ブタを国内で初めて誕生させた。これは、先述イージェネシス社が開発した遺伝子改変ブタの細胞を輸入し、それからクローンを作ったもので、拒絶反応を起こしにくくするために10か所の遺伝情報を改変している。

ポル・メド・テック社が誕生させたゲノム編集ブタ(日本経済新聞HPより)

 米国で用いられたものよりゲノム編集箇所が少ないとはいえ、これにより移植用の臓器は一応用意できた。しかし、いきなりそれをヒトに移植するにはハードルがある。

 京都府立医科大学と鹿児島大学のチームは、今年の夏にも、遺伝子を改変したブタの腎臓をサルに移植する予定である。同チームの発表によると、ヒトに移植する「異種移植」の実用化を見据え、まず複数のサルで移植後の長期的な経過などを確認するとのこと。先述の遺伝子改変ブタを約4か月育て、そこから腎臓を取り出し、カニクイザルに移植する。そして免疫反応等の長期的な経過を観察し、移植の手法や免疫制御剤の投与方法、手術後の管理方法などの確立を目指す。その上で、治療の難しい腎臓病の患者向けに、数年以内の臨床応用を目指すということである。

5.おわりに

 ブタ臓器の臓器移植はまだ緒に就いたばかりだが、今後研究や実証が進み、真に長期間利用可能な手法として確立されたなら、まさに人類にとってこの上ない恩恵となる。

 それゆえ、拙速で臨床化を進めて予期せぬ問題が生じ、研究そのものが阻害されてしまうのは最も避けたいことである。
 安全面以外にも、動物の臓器を使用することへの心理的な抵抗感や倫理的側面等にも十分配慮しながら慎重に進めていってもらいたい。
 また同時に、今後はゲノム編集ブタ等、日本人の体質にも合う、日本独自のより安全で機能の高い手法を開発していく必要があるだろう。

参考文献

・S. Mallapaty et. al. (2024) “First pig kidney transplant in a person: what it means for the future”, Nature;

・N. Yousif “‘Pig kidney transplant patient leaves hospital’”, (2024/04/04) BBC News
https://www.bbc.com/news/world-us-canada-68710229
・「ブタ臓器をサルに移植へ 京都府立医大など、24年夏にも」日本経済新聞HP(2024/3/6)(ブタ臓器をサルに移植へ

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔