第33回 中国のチームによりブタの体内でのヒトの腎臓づくりが進展

 中国の研究チームが人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いて、世界で初めて、ブタの体内で大部分がヒトの細胞からなる腎臓を作出し、本年9月、Cell Stem Cell誌に発表した。
 今回はこの研究の概要、背景、意義等について紹介する。

 移植のための臓器の不足は世界的な課題になっている。臓器移植先進国の米国でも、移植用の臓器は不足している。
 米国の臓器調達・移植ネットワーク(OPTN)によると、移植待機リストには全米で10万人以上が登録され、年間4万件以上の臓器移植が行われているものの、移植が間に合わず毎年6,000人以上が死亡している。
 なお最も需要が高い臓器は腎臓で、今年9月現在で89,000人近くの米国人が登録されている。

 日本はもっと深刻である。日本臓器移植ネットワーク(JOT)によると、今年8月末で臓器移植を希望してJOTに登録している患者は約1万6,000人(うち腎臓が約1万5,000人)いるが、2022年度の臓器移植件数は全部合わせても450件余りしかない。

 こうした臓器不足を解消する方法の1つとして考えられたのが、動物の体内でヒトの臓器を作製する方法である。つまり動物の胚とヒト胚のキメラ胚を作り、生まれた仔の特定の臓器がヒト胚由来になるのを狙ってそれを取り出して使うことだった。

 キメラ胚自体はいろいろな作製方法があるが、普通に動物胚とヒト胚を混ぜ合わせても、生まれた動物の仔の特定の臓器がヒト細胞のみからなるようにするには至難の業である。そもそも、キメラ胚を作っても、それを動物の子宮に移植すると、異種であるヒトの細胞はなじみにくい。動物の細胞が優勢になり、ヒトの細胞はほとんど残らないことが想定される。

 そこで、うまい方法が考案された。
 ヒトのES細胞やiPS細胞といった、あらゆる臓器に分化可能な幹細胞を、特定の臓器を作る遺伝子が欠失した動物の胚(胚盤胞)に導入する。すると、動物の胚はそのままではその臓器が作れないため発生が進まず仔は生まれないが、導入したヒト幹細胞がそれを補って代わりにその臓器に分化し、誕生した動物の仔の臓器はヒト由来になるというものである。
 特に臓器移植のためにターゲットとされた動物はブタで、「ブタ工場」と称される。ブタは臓器の解剖学的構造がヒトと似ていて、特に子ブタは臓器の大きさもヒト同等である。このため、子ブタは理想的なドナー動物となりえる。

ブタ工場の原理(佐藤作成)

 ただ、完全に特定の臓器にのみ働く遺伝子を見出すのはなかなか難しく、欠失により特定臓器のみの発生が阻害されるような遺伝子はこれまでは膵臓でしか見つかっていなかった。また、マウスとラット等、いつかの動物間では成功していたが、ブタとヒトではこれまで成功例はなかった。

 しかし、中国科学院の広州生物医薬・健康研究院(Guangzhou Institute of Biomedicine and Health:GIBH)の研究者らは、いろいろ工夫を行うことで、ブタでのヒト腎臓づくりの実現に端緒を開いたのである。

 研究チームは、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9を用いて、ブタ胚の腎臓の成長に必要な二つの遺伝子(MYCN、BCL2)をノックアウトした。これにより胚がブタの腎臓を形成することをやめ、代わりにヒト化腎臓が根付く環境が生み出された。その上でブタの胚にヒトの幹細胞(iPS細胞)を導入することで、キメラ胚を作った。そして、ヒトの細胞とブタの細胞の両方が生育できるよう、そのキメラ胚に必要な栄養素をカクテルとして与えたのである。

 こうして彼らは、1,800個以上のブタの胚にヒトのiPS細胞を導入し、それらを13頭の雌ブタの子宮に移植した。そして、そのキメラ胚を25日~28日間成長させた後に胚を取り出して調べた。
 結果的には5個の胚が採取されたが、いずれも腎臓は正常に発達していた。具体的には、その発生段階に特有の構造、つまり老廃物を除去するために必要な細い管と、後に腎臓と膀胱をつなぐ管に変わる尿管芽を形成していた。また、これらの腎臓は、ヒトの細胞を最大65%含んでいた。

 

Cell Stem Cell誌に掲載された論文より。25日目の胚で、胎仔の腎臓に当たる部分が蛍光で光っているのがわかる。ヒト細胞が導入されている証拠となる。

 本研究により人間の臓器づくりに大きなブレークスルーが得られたのは確かだが、まだまだ課題は多い。

 このまま妊娠を継続した場合、腎臓が正常に発達を続けて移植に使用できる機能的な臓器になるかどうかは不明である。今回の実験では、あくまで発生初期の形態としての確認がなされたにすぎず、今後、実際に子豚まで生育させたものから臓器を取り出し、ヒト臓器として機能するか否かの検証が必要になる。

 また、腎臓の相当部分がヒト細胞になっているとはいえ、まだ多くの部分がブタ細胞のままである。特に中胚葉由来の腎臓と異なり、外胚葉由来の神経系や、同じ中胚葉由来でも発生過程が異なる血管については、完全にヒト細胞にするのは難しい。少しでも異種細胞が混ざった状態で移植した場合、激しい拒絶反応が予想される。

 さらに、ヒト細胞を生き残りやすくするために編集した2つの遺伝子については、過剰発現するとがんを引き起こす可能性がある。ブタには、移植患者に感染する可能性のあるウイルスが内在する。

 それに加え、倫理的な問題もある。このように動物の胚にヒトの幹細胞を導入してできる胚は動物性集合胚と呼ばれるが、万一ヒトの遺伝子がブタの脳や脊髄で発現した場合、ブタに人間に近い意識が芽生える可能性がある。中国のチームが産仔までさせず、胎児の段階で取り出したのはそのためかどうか分からない。

 日本においてはこうした可能性も含めて議論がなされ、2019年に「特定胚の取扱いに関する指針」が改正され、一定の要件や管理・運用体制が確保される場合には、動物性集合胚の動物の胎内移植や個体産生が可能となっている。
 つまり、研究のための規制上の対応は当面なされていると言えるが、今後研究の進展に応じて見直しが必要になるかもしれない。

 このように、いくつもの問題が横たわっており、科学者がブタの体内で完全なヒト臓器を作出し、それがヒトに移植されるのはまだ先のことと思われる。

 なお、臓器移植のため、ブタ工場を利用する方法以外にもさまざまな研究がなされている。

 第1回のニューズレターで紹介したように、米国メリーランド大学の研究者らは、遺伝子操作によりブタの細胞から拒絶反応に関係する物質を取り除いた。そうして組換えブタを作り、そこから心臓を取り出してヒトへの移植に用いた。患者は移植後2か月で死亡したが、同大では引き続き、ブタの腎臓を脳死した患者に移植する実験を進めており、ヒトへの臨床応用はこの手法の方が先行している。

 その他、幹細胞を3次元的に培養することで人間の臓器を構築する研究も行われている。こうして構築されたものは「オルガノイド」と呼ばれ、模倣した臓器と同じ細胞や構造をいくつか持つものの、大きさはせいぜい数ミリメートルで本物の臓器にはほど遠い。現在は主に創薬研究に用いられることが主目的になっているが、将来的には分からない。

 このように、ヒトからの移植によらない臓器の開発は障害が多いが、各種の方法・知見を組み合わせることで、臓器移植を待つ患者たちのために研究が大いに進展することを期待する。

(参考文献)
・J. Wang et. al. (2023) “Generation of a humanized mesonephros in pigs from induced pluripotent stem cells via embryo complementation”, Cell Stem Cell; Vol.30, 1235-1245
・「世界初 ヒトの腎臓を豚体内で培養 臓器提供の不足緩和に希望 中国」Yahoo! ニュース CGTN Japanese(2023/9/11)
https://news.yahoo.co.jp/articles/abbb171c1cbf378b4a83f424201589cd05457cf9
・E. Mullin「ブタの体内で「ヒトの腎臓」を作成、中国の研究チームが培養実験に成功」WIRED(2023/9/11)
https://wired.jp/article/scientists-just-tried-growing-human-kidneys-in-pigs/#:~:text=2023.09.11-

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔