第95回 米国トランプ政権2年目のNIHを巡る政策動向について
1.はじめに
米国の第二期トランプ政権は発足後2年目の半ばになろうとしているが、世界最大の生命科学・医学研究機関である国立衛生研究所(NIH)に関する、同政権での政策の状況はどうなっているか。トランプ政権でのNIHの動向については、既に本ニューズレターで何度も紹介してきているが(第64回トランプ大統領の生命科学政策、第72回トランプ政権でNIHはどうなったか、どうなるか、第83回トランプ政権によるNIHへの影響その後)、今回、それをアップデートするとともに、今後の展望等について分析・考察する。なお、断片的な情報をつなぎ合わせて整理したこともあり、細かい部分で事実関係に食い違いがある可能性があることを御容赦いただきたい。
2.トランプ政権1年目の経緯
まず第二期トランプ政権1年目(2025年1月~2026年1月)のNIHを巡る政策の経緯について、簡単に復習しておく。
トランプ政権は発足直後の2025年1月、NIHの研究助成金について、「多様性・公平性・包括性(DEI: Diversity, Equity & Inclusion)」に関与するものを、すべて終了するよう大統領令を発令した。これにより、同年4月までにNIHがそれまで交付した約800件の助成金が打ち切られた。その後も、政権に目をつけられた研究が追加で打ち切られた結果、その数は2025年末までに2,000件以上に達したとされる。
また同年2月には、機関への助成金における間接費の割合を助成金の額の15%以内に制限する旨発表した。ただしこれを受けて22の州の司法長官が訴訟を起こし、同措置は当面差し止められた。
またNIHはスタッフの解雇を進めた。正確な数は把握できていないが、2025年中に少なくとも2,500人が解雇されたという情報がある。
そのような混乱もあって、助成金の審査・採択作業がなかなか進まず、例年と比べ大きく遅れた。このためホワイトハウスの予算局は、一部の研究プロジェクトに対し、複数年にわたる分割払いではなく、前払いの一括払いで研究資金を交付するよう命じた。このため少ない採択課題でも多額の研究資金が支出されることになり、結果的に予算消化は進んだ。
3.トランプ政権2年目の状況
(1)助成金の状況
①助成金の交付件数と交付総額の推移
下の2つの図は2025年度と2026年度のNIHの助成金を、2022年度から2024年度までの助成金の平均と比較したものである。それぞれ、各期間における月別の助成金件数と、助成金総額を示している。なお米国の会計年度は日本とは違い、10月1日から始まる1年間である。たとえば2026年度は2025年10月から2026年9月になる。


これを見ると、2025年度は従来に比べ助成金件数を減らしたが、総額としては最終的には例年とほぼ同額になっている。これは、前述のように、途中から複数年のプロジェクトを前払いで一括払いしたためだと考えられる。
それでは2026年度はどうか。現在のところ、2025年度よりさらに少ない件数の助成金しか交付されておらず、また支出総額も少なくなっている。このペースでいくと、またしても年度内に予算を使いきれなくなるおそれがある。2025年度は複数年一括払いにより帳尻を合わせることができだが、今年もその調子で効率的にというわけにはいっていない。
これには、いくつか原因が考えられる。
まず、2025年度の終わりに起きた政府閉鎖である。これにより、2026年度の開始時から予算決定までの間は原則として新規の助成金交付は認められず、作業の停滞を招いたと考えられる。実際には、本年2月始めに大統領により署名・成立した予算が割り当てられた後も、しばらくは支出する承認が得られていなかったとのこと。
また、審査手続きの追加がある。2026年度においては、2025年度に行ったように、助成金を一斉にずばっと取り消すことはしなくなった。その代わり、承認前に「人種差別」「ジェンダー」「ワクチン接種拒否」などの用語をスキャンする、コンピュータによるテキスト分析ツールを用いてふるいにかけるようになった。そしてそれに引っかかってきた申請については、真に排除の対象となるものかどうかを詳しく調べるようになった。そうした手続きが審査を減速させている。
さらに、2025年度は前述のように採択数が減ったため、採択されなかった課題が大量に残った。それらが2026年度に再び申請されることになると、審査件数の増加、ひいては審査の遅延につながる。
しかし、何と言っても、数千人ものスタッフの解雇や早期退職が行われたことが、審査を減速させた最大の原因ではないだろうか。実際に、NIHに残ったスタッフは、既存の助成金の交付に精いっぱいで、新規の助成金の交付にまで手が回らない状況だったとのこと。
こうした状況に対し、NIHも手をこまぬいていたわけではない。スタッフを補うための臨時的な措置として、研究者を事務的なポストに配置転換した。さらにNIHは、追加の職員採用に取り組んでいる。ただそれらが今後、どれだけ作業スピードの改善につながるか、まだ分からない。
②その他助成金関連の動向
その他、トピックとして得られた情報を以下に記す。
助成金だけに限ったことではないが、これまでNIHの指導部は、大規模な組織再編や資金配分の変更を行う際には、NIH長官諮問委員会(ACD)や議会が設置を義務付けた科学的管理評価委員会(SMRB)を開催し、その判断を尊重してきた。だが、昨年、あれほど大きな方針変更を行ったにもかかわらず、これらの委員会は一度も招集されなかった。まさに管理機能や権限を政権の意向を受けた指導部に集約することで、各研究所や研究者等の意見をあまり聞かないような体制にしたように思われる。
なお助成金の間接費率を15%以内とする方針については、前述のように差し止められたのち、本年1月になって、控訴審で、差し止める方針は正式に承認された。つまり15%を上限とする制限については守らなくてもよくなったのである。
(2)予算の状況
国の医療研究費について、政権には研究の種類を優先する裁量権があるが、総額は議会の決定権がある。
まず2026年度予算について。トランプ政権は昨年、大幅な削減を提案したが、議会ではNIHの予算は2026年度は472億2,000万ドルと、ほぼ前年と変わらない額で維持された。これは、従来のように、生命科学や医学に関する研究資金に対し、超党派的な支援があったことが大きな理由である。

さて、次年度すなわち2027年度予算であるが、トランプ政権は本年4月、NIHの予算案として411億ドルを提案した。そうなると2026年度予算から約13%も削減されることになる。ただ、他の科学関連の大統領予算案と比較すると、エネルギー省科学局は15%、NASAは23%、NSFや環境保護庁に至っては50%以上と、大幅に削減されている中ではマシな方だろう。
この大統領予算案については現在、議会で議論が行われている。議会では省庁や機関の区分に応じて異なる小委員会で審議されるが、著者の把握している範囲内では、下院歳出委員会である商務・司法・科学等小委員会ではNSFの予算を20%、米国海洋大気庁(NOAA)の予算を5%削減し、またNASAの予算はほぼ現状維持されることが決定された。一方、NIHの予算は労働・健康福祉・教育等小委員会が監督しているが、現在のところ、著者の調べた範囲内では情報はない。なお下院で決定された予算については、その後、上院での審議を経て、最終的に大統領の署名により決定されることになる。プロセスとしてはまだ道半ばである。
4.今後の展望
これまで繰り返し述べてきたことだが、こうしたトランプ政権のNIHの活動への干渉による影響は大きい。
今後、予算総額としては、議会での超党派の努力により、再び現状維持が図られることも大いに想定される。だが問題は、その後の予算の執行について、トランプ政権が口を挟むことができることである。
まずDEI関連の研究が中断や不採択になることで、関連の研究を行っていた研究者は研究資金を失っている。彼らは別のテーマの研究にシフトするか、研究自体をやめざるをえなくなっている。そうなると、多様な研究課題だけでなく、多様な研究者や科学者が排除されることにつながる。
また研究課題の採択件数が少なくなることで、それ以外の分野も含め、多くの科学者の研究活動の維持が難しくなる。
特にNIHの研究者は、スタッフ不足を補うために本来の研究業務以外の事務的業務に駆り出されており、研究効率が悪化している。
こうした状況は、今後、米国において研究者になろうとする学生たちや、他国から米国に留学や研究のために来ようとする人々に、それを躊躇させる原因となる。そうでなくても、トランプ政権により、主要大学の留学生の受入れ資格取り消しやビザ発給制限といった厳しい措置が行われており、今後、研究志望者や入国研究者の大幅な減少につながることが想定される。
5.おわりに
こうしたトランプ政権によるNIHの政策の抑制・停滞は、結果的には米国の力を弱めることになるのは明らかである。他の科学技術分野が軒並み、数字の上で中国に抜かれつつある中で、少なくとも生命科学・医学分野だけはまだまだ米国は他国に比べ優位を保っている。しかし、今後はどうなるか分からない。
実際に、中国で開発された医薬品の数は米国に急激に迫っているとのデータもあり、今回のトランプ政権の政策で漁夫の利を得ているのは明らかに中国だろう。これについてはまた別途、分析してみたい。
参考文献(下記は一例。その他多くの文献、資料等を参考にした。)
・M. Kozlov et.al. (2026) “Key US science panels are being axed — and others are becoming less open” Nature; Vol.652, 1106-1109
・D. Garisto “US lawmakers vote to reject Trump’s massive budget cuts — but call for substantial decreases” (2026/3/26), Nature HP
https://www.nature.com/articles/d41586-026-01427-6
・S. Kavya “NIH Grants Policy Under the Second Trump Administration” (2026/4/17), Congress. Gov HP
https://www.congress.gov/crs-product/IF13131
ライフサイエンス振興財団理事兼嘱託研究員 佐藤真輔

