第94回 非コード領域のDNAの1文字の変化で性別が変わる?

1.はじめに

 イスラエルのバル=イラン大学の研究者らは、DNA中の「ジャンク」とされていた非コード領域(タンパク質にならない部分)の配列の中に、性別を決定する信号が存在することを発見し、ネイチャー・コミュニケーション誌に発表した。今回はその内容や背景、意義等について分析・考察する。 

2.性の決定に関する研究の歩み

(1)性決定へのY染色体の役割

 生物の性はどのようにして決定されるのだろうか。

 昔から考えられたのは、性染色体にその役割があるというものだった。哺乳動物について言えば、ヒトを含む大部分の哺乳動物の各細胞の核には、性染色体として雄はX染色体とY染色体が1本ずつ(XY)、雌はX染色体が2本(XX)含まれている。このためX染色体やY染色体にある遺伝子により、雄や雌の性別が決定されると考えられた。

 それではXが2本あることで雌となるのだろうか、それともYがあれば雄になるのだろうか。その推定に貢献したのがヒトにおける性染色体異常の患者の研究だった。

 クラインフェルター症候群の患者の性染色体は普通よりX染色体が一本多いXXY(染色体総数は47本)であるが、その身体的特徴としては男性である。一方、ターナー症候群の患者は、性染色体はXが1本だけでYは持っていないX0(染色体総数は45本)だが、その身体的特徴としては女性である。これらのことから、Xの数にかかわらず、Yを持っていれば男性、Yを持たなければ女性になることが推測できた。
 ただし、Y染色体はX染色体に比べはるかに小さい。女性はY染色体がなくてもヒトとしての機能は全て果たすことができるため、Y染色体は男性化にはかかわるが、生命の維持にとって重要な機能は持たないと考えられた。

(2)性決定を司る遺伝子の発見

 そして、研究者らにより、Y染色体上のどの遺伝子が性の決定を担うのかが探索された。先述のようにY染色体上は小さく、しかも染色体上には有用な遺伝子はほとんどなかったため、当たりはつけやすかった。

 染色体がXXなのに男性である人がごくまれに存在するが、詳しく調べた結果、Y染色体の一部分だけがX染色体に転座していた。転座したのはY染色体のSRYという遺伝子を含む領域だった。このヒトSRY領域を雌のマウス胚に導入してトランスジェニックマウスを作製したところ、染色体はXXであるのに雄になった。このことから、SRYは男性化を促す遺伝子であることが明らかとなった。
 マウスにもこれに対応するSry遺伝子がY染色体上に見つかり(注:遺伝子はヒトの場合は全部大文字で、マウスの場合は頭文字のみ大文字で記載される)、SRY遺伝子やSry遺伝子がある雄の胎児では精巣が発達し、この遺伝子がない雌の胎児では卵巣が発達すると推測された。つまり基本は雌化する仕組みなのだが、SRY遺伝子やSry遺伝子の産物がこの仕組みを遮って雄化を引き起こすということである。
 そして、ゲノム編集技術によりSry遺伝子をノックアウトしたマウスを作製すると、XY染色体を持つにもかかわらず雌になったことから、Sry遺伝子が性決定遺伝子であることが確認された。

 このSry遺伝子産物はDNA結合タンパク質であり、雄化を引き起こすための多くの遺伝子の発現を調節していることが分かっている。特に、Y染色体上ではなく常染色体上にあるSox9遺伝子を活性化させ、それが精巣形成につながることが分かった。つまり、Sry遺伝子→Sox遺伝子→精巣形成→雄化という道筋であり、Sox遺伝子の活性化の有無が雄になるか雌になるかを直接左右すると考えられた。

 一方、哺乳類の少数の種では、転座も含め、全くSry遺伝子がなくても雄が生まれる例が報告されており、その仕組みは分からなかった。Sox9遺伝子の活性化には、Sry遺伝子だけでなく、他の要因も関与していることが示唆された。

3.今回の研究について

(1)これまでの研究経緯

 イスラエルのバル=イラン大学(Bar-Ilan University、ベラルーシ出身のユダヤ教宗教家であるラビ・メイール・バル=イラン(Meir Bar-Ilan)により1955年に創設された大学でイラン(Iran)とは関係ない)の研究者らは、2018年、XY染色体を持つ、つまり本来は雄になるべき胚から、非コード領域にあるEnh13という配列を削除すると、それによってできたXYトランスジェニックマウスは雌の生殖器を発達させることを見出した。かつては非コード領域は何ら機能を持たない、ジャンク(ゴミ)だと考えられていた。それが、性決定に重要な役割を担っていたのである。

 研究により、Enh13はそれ自体はタンパク質にはならないが、その配列に各種のタンパク質が結合して働く調節エレメントになっていおり、その働きの1つにエンハンサーとしての役割があることが分かった。エンハンサーとは特定の遺伝子の発現を増幅する働きをもつDNA配列であり、遺伝子の近傍ではなく遠く離れていても働く配列である。

 さらに同チームは、Enh13のうち転写因子(遺伝子活性を調整するタンパク質)に結合する配列部分だけを削除しても、やはり作出されたXYトランスジェニックマウスは雌の生殖器を発達させた。

 つまり、先述のように、性決定に直接関わるSox9遺伝子の活性化には、Sry遺伝子だけでなく、Enh13も関与していることが分かったのである。Enh13によりSox9遺伝子が大量に発現することが雄化のカギだと考えられた。

(2)今回の研究の方法と結果

 彼らは、性決定の仕組みを詳しく調べるため、今度はXX染色体をもつ胚から作出されるトランスジェニックマウスを用いた。つまり、本来は雌になるべきマウスである。そしてCRISPR/Cas9によるゲノム編集技術を用いて、このEnh13に変異を導入したXXトランスジェニックマウスを作製し、Enh13の変異によりマウスの性別がどのように変化するかを調べた。

 XXマウスでは性染色体を含め、染色体は全て相同染色体になっている。つまり同じ種類の染色体が2本ずつある。彼らはこのXXマウスの胚に、Enh13遺伝子の3つの文字を削除するか、1つの文字を追加するようゲノム編集を行った。予想としては、そもそもEnh13が雄化のためのエンハンサーとして働いているなら、それに変異を導入してエンハンサーとしての働きをなくしたり弱めたりすれば、XX染色体をもつ胚から作出したマウスは雌になるはずだと考えられた。

 ところが、結果は予想とは異なった。これらの変異を相同染色体の片方だけに施したものだと、作出されたXXトランスジェニックマウスは雌になった。しかし、相同染色体の両方に変異を導入したものでは、作出されたXXトランスジェニックマウスは、何と雄の生殖器と小さな精巣を持つようになったのである。ただし、これらのXX雄の個体はY染色体を持たないため、精巣内には、Y染色体の遺伝子が作用して作出される、精子を作るための細胞が存在せず、生殖能力は持たないことが確認されている。

図 6週齢の成体において、野生型の雌(左:卵巣や子宮が発達)、野生型の雄(右:精巣が発達)と比較して、Enh13から3塩基を欠失させたトランスジェニックマウスは小さな精巣が発達した。なお1塩基を付加したトランスジェニックマウスも同様の結果を示した。 (ネイチャー・コミュニケーション誌の論文より)

(3)今回の研究結果からの考察

 今回の実験結果から、Enh13はエンハンサーつまりSox9遺伝子を強力に発現させるアクセルとしてだけでなく、別の役割も持つことが考えられた。

 通常、雌の胚ではSox9遺伝子の発現が強く抑えられる必要がある。そのための抑制因子としてNR5A1、GATA4、Wt1、RUNX1等がかかわっていることが分かっている。雌の胚においては、もともとこれらの抑制因子がEnh13上に結合することで、Sox9の活性化を防ぐためのサイレンサーすなわちブレーキとして働いていたのではないか。研究チームは、今回、Enh13に変異を導入することによって、Enh13上での抑制因子の結合の仕方が変化して抑制がなくなることで、エンハンサーとしての機能が働くようになり、その結果、SryがなくてもSox9遺伝子が発現したのではないかと考えている。

図 Enh13上でのSRY及び各抑制因子の結合状況(ネイチャー・コミュニケーション誌の論文より)

4.本研究の意義・今後の展望                                       

 今回の研究により、非コード領域の部分に、性の決定にとって重大なファクターが存在していることが明らかになった。しかも、たった一文字の変化により、性が変化するのである。今回はマウスでの研究だったが、ヒトも同じ領域を持つため、同様の変異が起こると性転換が起こる可能性がある。ただし、相同染色体の両方ともに変異が起こるのはかなり少ない確率だと思われるが。

 この成果により、性分化異常について、診断や治療の改善につながることが期待される。

 現在、新生児の4000人に1人は性分化異常が見られるが、その多くは、遺伝子検査を行っても遺伝子自体に変異が見つからないとされる。しかし、今回のように、非コード領域に原因がある可能性があり、遺伝子のコード領域だけでなく、非コード領域も含め解析を行うことが必要になるかもしれない。また、そのような異常が見つかった場合にはゲノム編集等でピンポイントに治療を行うことも考えられる。ただしそのためには規制の整備が必要になるかもしれない。

 なお、ヒトのDNAは誰でも1000文字に1つくらい違いがある。それは遺伝子多型といってヒトの多様性を構成する。トランスジェンダーは健常者と異なる存在として差別等を受けることもあると思われるが、実際にはわずかな、しかも遺伝子でもない部分でのごくわずかな違いによってもたらされるものである。そうした認識が広まれば、社会のトランスジェンダーに対する見方も変わっていくかもしれない。

5.おわりに

 今回、著者はネイチャー誌の記事の見出しを見たとき、DNAのたった1文字の変化で雌が雄になるというのはすごい発見だと思った。だが、経緯をいろいろ調べていくにつれ、そこに至るまでの世界の研究者らの膨大な研究があり、一足飛びにこのような研究が行われたのではないと知り、納得できた。特に、具体的には挙げないが、この分野では日本の研究者らも競合するような研究を行っているようだ。

 魚類などでは自然に性転換するものもあるが、男性とか女性というのは遺伝子レベルでも、実に微妙なバランスに基づいて決まっていると、自然の仕組みの巧妙さに感服した次第である。

参考文献

・E. Abberbock et. al. “A single-nucleotide enhancer mutation overrides chromosomal sex to drive XX male development” (2026/4/9) Nature Communications (open access)

https://www.nature.com/articles/s41467-026-71328-9

・R. Fieldhouse (2026) “Female mice grow testes after this single DNA tweak ” Nature; Vol.652, 548-549

・山形方人「【新研究】ゲノムのたった「1文字」の違いで切り替わる生物学的な「性」」(2026/4/12)News Picks

https://newspicks.com/news/16429095/body

・高田修治 (2024) 「哺乳類の性決定におけるSox9のエンハンサーによる発現制御」生化学96(4), 571-575

ライフサイエンス振興財団理事兼嘱託研究員 佐藤真輔