第7回 死んだブタの臓器を蘇らせることに成功

 米国イェール大学の研究チームは本年8月、死後1時間経ったブタの細胞や臓器を蘇生することに成功したと発表した。体外式模型人工肺(ECMO)に似た独自開発の装置をブタの血管とつなぎ、特殊な溶液(代用血液)を注入・循環させることで、肝臓や腎臓などの重要臓器の機能の一部を回復させた。これによりヒトの臓器移植に応用できる可能性が期待されるが、一方で死とは何かについて議論を投げかけることにもなりそうである。

 Nature誌に8月3日付で掲載された記事によると、研究チームは不整脈の一種である心室細動を起こして死んだブタを、1時間経ってから「OrganEX」と名付けた装置につなぎ、血液凝固を抑える薬剤など様々な成分を含む溶液を装置に流して体内外を循環させ、6時間にわたって細胞や臓器の状態を詳細に観察した。

 心停止後は通常、血管がつぶれて血液循環が妨げられる。しかしこの装置につなぐと次第に全身の血行が回復し、肝臓、腎臓、肺等の細胞は徐々に機能を取り戻し、健康な状態とほぼ遜色がない程度まで蘇生した。心臓からも電気信号の発信がみられ、収縮が再開する等、機能の一部の回復も見られた。脳の回復は見られなかった。なお、対照群として、従来のECMOをつないで同様の溶液を流したが、死後硬直が起こり、臓器の損傷が進んだ。

 今回の死後の臓器・細胞の再生には、ポイントが2つある。

 一つは「OrganEx」と名付けられた、イェール大学で自作された装置である。これは一般に使われているECMOよりも性能が高い。ECMOは心臓と肺のみの機能を代行するが、OrganExはさらに腎臓の機能も代行する。ポンプとセンサー、ヒーター、フィルターからなるこの装置は、代用血液を体内に送り込みながら、その流量と温度を制御する。また、ECMOが細胞死の進行を遅らせるだけであるのに対し、OrganExは死滅した細胞の一部をある程度まで修復できる可能性をもつ。また、OrganExで処置したブタの臓器は、ECMOを用いた対照実験用のブタに比べ、出血や組織の腫れが少ないことも確認された。

 もう一つは、電解質、各種ビタミン、アミノ酸などの栄養分に13種の混合薬を加えた独自開発の溶液だった。この溶液は細胞の死滅と細胞にかかるストレスを軽減し、免疫機能と神経系を整える働きをもつ。研究チームはこの溶液にブタの血液を混ぜたものを、ブタの循環系全体に送り込むよう設計されたOrganExのポンプに流量と温度を調整しながら注入した。この特別配合の溶液が、ブタの臓器の蘇生を助けたと考えられる。

 同研究チームは2019年に、屠殺されてから4時間が経過したブタの脳の部分的な蘇生に成功したと発表したが、今回の実験では、代用血液を動物の循環系に注入する方法で他の臓器も蘇生させることが可能であることを示した。そうなると、より長時間かけて臓器の修復手術を行うことや、またいったん機能を失った臓器から修復手術を行うことも可能になる。今回の研究論文のなかで執筆者たちは、この装置によって生存中の患者の心臓の機能を修復できるのであれば、心臓発作を起こしたヒトへの新たな治療法の開発につながる可能性もあると述べている。

 ただし、このシステムにより蘇生するのは、本来なら血液循環がなくなり、脳や心臓の機能が一旦停止した人々である。たとえ蘇生したとしても、栄養チューブや人工呼吸器につながれたままになってしまう可能性は十分考えられ、その生活の質(QOL)がどこまで回復しうるのかを慎重に見極めなければならないだろう。

Nature誌のHPより引用  死んだブタに装置をつなぐと細胞や臓器が一部回復した。 
(左:死んだブタの細胞、右:装置につないだブタの細胞、上は肝臓、下は腎臓)

 一方、ヒトの臓器移植の可能性も広がる。

 米国保健資源事業局(HRSA)によると、米国全体で10万人以上が移植の順番を待っているが、移植が間に合わずに年間6,000人以上が待機中に亡くなっている。このようにニーズは大きいのだが、実際には提供される臓器のうち毎年約20%が状態の悪さを理由に廃棄されている。廃棄されるものは臓器が古すぎたり損傷したりしており、血液の供給が断たれてから時間が経ちすぎていることが原因だという。移植に用いるためには、単純冷浸漬保存(SCS=static cold storage)といって、摘出後の臓器を素早く冷却することで、必要な酸素の量を減らして細胞死を防ぐ。だが、それにより全ての臓器を救えるとは限らない。

 しかし、今回の実験により、細胞が死に至るまでの時間を現状より伸ばせる可能性が出てきた。つまり、蘇生を望めない患者に対し、その臓器を移植用に保存する目的で用いるのだ。そうすれば、移植のための臓器を救える可能性も増えるだろう。そして、この手法が今後さらに改良されれば、やがて移植用の「ヒトの臓器プール」の構築が進むかもしれない。

 ただし、そこまで性急に論を進めるのには慎重にならねばならない。

 まずこの方法で本当に臓器移植が可能なのか見極めなければならない。蘇生させたブタの臓器を別のブタに移植した場合、正常かつ自発的に機能し始めるのかを何度も実験することで確認・実証する必要がある。ヒトへの応用を考えるには、より慎重な確認・実証が必要であろう。

 また、技術的問題とは別に、そもそも死とは何かという哲学的・倫理的な問題も投げかけられる。少なくとも部分的にでも、いったん死んだと判定されたにもかかわらず、脳や心臓やその他の臓器が蘇生する可能性が示されたわけである。倫理的には何よりもまず緊急対応に重点を置いて患者自身の命を救うことが第一であり、患者の命が救えないと分かった時点で臓器移植用に切り替えるという手順を踏む必要がある。しかし死後の蘇生の限界が見えてこなければ基準作りは厄介なものとなるだろう。

(参考文献)

・M. Kozlov(2022)“Pig organs partially revived in dead animals – researchers are stunned” Nature Vol.608, 247-248

・E. Mullin「死んだブタの細胞を“蘇生”する実験が成功、不足する移植用臓器の延命につながるか」(2022.8.22)

https://wired.jp/article/the-pigs-died-then-scientists-revived-their-cells/

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔