第11回 中国人研究者が人工的に染色体数を減らしたマウスを作製

 本年8月26日、染色体どうしを融合させて20対から19対に染色体数を減らしたマウスが作られたという記事がScience誌に掲載された。同研究は中国科学院動物研究所と北京幹細胞・再生医学研究院(中国科学院と北京市が共同で設立)のチームが共同で行ったものだが、これまでにない合成生物学の試みであり、今後の諸研究への広がりを考えると大きな意味を持つと思われる。

 研究者らは、まずマウスの「一倍体」のES細胞に対し、ゲノム編集技術を用いることにより、その核に含まれる最も長い1番染色体と2番染色体を結合させること、また中程度の長さの4番染色体と5番染色体を結合させることに成功した。ちなみに、雌雄のある生物の体細胞は通常、父方由来と母方由来の染色体を持っている。マウスの場合は父方と母方から20本ずつ計40本であり、これを「二倍体(倍数体)」と呼んでいる。一方、父方の精子と母方の卵子は半分の20本しか持たず、これを「一倍体(半数体)」と呼んでおり、今回の研究では染色体への操作のしやすさからこの一倍体のES細胞を使ったのである。

 具体的には、染色体の端にあるテロメアと、染色体の中央部にあるセントロメアを、それぞれCRISPR/Cas9で削り、その後2本の染色体を1本に融合させる措置を行った。通常、染色体はお互いが勝手に融合しないように、端と中央部でガードしているが、今回の実験ではそのガードを除去することで2本の染色体の融合を狙ったのである。なお、精子と卵子は結合して受精卵になった後、2本ずつある染色体のいずれか一方の染色体が発現する場合が多く、それを調節する情報が精子や卵には組み込まれており、それをゲノムインプリンティングと呼んでいる。だが一倍体ES細胞ではそれが失われており、遺伝子発現の調節ができないので発生できないとされてきた。彼らはその問題を、染色体の特定の領域を削除することで克服し、一倍体ES細胞に精子と同様のインプリンティング能力を持たせた。

 結果としては、1番染色体と2番染色体を2パターンで連結したもの(Chr2+1、Chr1+2)と、4番染色体と5番染色体を連結したもの(Chr4+5)の、計3種類の一倍体のES細胞を得た。これによりそのES細胞中に含まれる染色体数を20本から19本に減らすことができた。

 次に、彼らはこれら3種類の一倍体ES細胞を、それぞれ野生型の卵母細胞、つまり未受精卵に注射した。この技術を使えば、 精子を用いず一倍体胚性幹細胞と未受精卵のみで受精卵を作り、それを雌のマウスの子宮に移植することでマウスを誕生させることが可能となる。

 その結果、Chr2+1マウスは全く成長しなかった。またChr1+2では逆に異常な速度で成長したものの子孫が残せない不妊となり、さらに精神的な不安を感じやすくなってしまった。このあたり、染色体数を変更した影響は大きいと言える。しかし4番染色体と5番染色体を融合したもの(Chr4+5)は比較的健康であり、さらに野生型マウスとの間で子供を作ることもできた。ただ、そうして生まれた子マウスたちは、染色体の不一致による障害で、体のサイズが小さくなる傾向があったとのことである。

本研究により作出されたマウス(Science Alertより引用)

 以下はこれに関する考察である。

 生命は長い歴史の間に遺伝子内の塩基の変異、また遺伝子の変異によって進化を遂げ、環境の変化に適応してきた。そのような塩基レベル・遺伝子レベルでの変化は容易に起きるが、そうした変化の大部分は生存に適さないために淘汰され、たまたま生存に適した数少ない変化が生き残ってきたと言える。これが染色体レベルでの変化となると生き残るにはさらにハードルは上がり、齧歯類なら100万年に3.2~3.5回、霊長類は100万年に1.6回、染色体再配列が起こると言われる。また、ヒトの2番染色体は、ゴリラ等他の霊長類に見られる2本の染色体が融合したものとされ、それが100万年に1.6回の根拠になっている。このような染色体再編成は種の進化の重要な駆動力である一方で、個体水準で発生する染色体再編成は往々にして疾患を招くとされている。

 遺伝子組換え技術、さらにゲノム編集技術の進展により、人類は生物の遺伝子を改変することに成功してきた。それにより新たな性質をもつ生物を作り出してきた。しかし、そうした塩基レベルや遺伝子レベルでの改変で行えることには限界がある。もっと大胆に生命機能を変える、又は新たな生命を一から作り出すことを合成生物学と言うが、染色体レベルでの改変はまさにこの合成生物学に革新的な変化をもたらすことが期待される。これまでは研究者らは酵母の染色体の改変に成功したのみで、高等生物での染色体改変は前例がなかった。それを今回の研究は可能としたのである。

 このような染色体の再編成は、哺乳類の成長と発育、繁殖と変化などへの影響への認識を深めるのに役立ち、染色体再編成疾患の動物モデルを構築し、染色体再編成による不妊や腫瘍などの疾患の発生メカニズムを研究し、疾患の治療手段を模索するための新たな技術手段を提供することが期待される。またこの技術を応用すれば、同じ遺伝情報を持ちながら異なる染色体数を持つため、野生種との交配不可能な特殊な人工種の創出が可能になるかもしれない。

 なおこの研究を行ったのは中国の研究者らである。中国の研究者の生命科学研究に対するこれまでの著者のイメージとして、全く新たな世界を創出するような研究はほとんどなく、他国で既に行われた実験を、少し系を変えたり対象生物を変えたりして追随するとか、動物実験や臨床試験の基盤を提供するとかといった、人海戦術や物量戦術によるものが多かったように思う。たまに話題になったと思うと、本欄でも以前紹介した遺伝子編集ベビーのように倫理的観点から他国が行えないようなものだった。

 中国政府はそのような現状の改善を図るべく、Nature誌やScience誌等のインパクトファクターの高い有名誌への投稿・掲載を国内研究者に呼びかけ、多くの大学はそれを昇進・昇給の指標とするようになった。それでもこれまでノーベル賞級の創造的研究があったとは著者としてはなかなか感じられなかったが、今回のような画期的な研究を目にすると、そのような国家戦略は成果を挙げつつあるのかもしれないと思えてくる。

 文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が先日発表した「科学技術指標2022」によると、被引用でトップ層に入る科学論文数(トップ10%補正論文数)の指標において、2000年ごろに世界13位であった中国は、18年から20年の期間平均で米国を抜いて世界1位となっている。つまり中国は論文の質でも量でも米国を抜いているのである。筆者の感想であるが、今回の研究はそれが単に数値上のものではないことを物語っていると考えられる。 

(参考文献)

・L. Wang (2022) “A sustainable mouse karyotype created by programmed chromosome fusion” Science Vol.377, 967-975

・川勝康弘「マウスの染色体数を変更した人工種を作ることに成功! 野生種と交配困難に!」(https://nazology.net/archives/114380

・D. Nield (2022) “Scientists just genetically edited a million years of evolution into mouse DNA ” Science Alert (https://www.sciencealert.com/scientists-just-genetically-edited-a-million-years-of-evolution-into-mouse-dna

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔