第15回 山中因子でマウスの老化を制御

 最近、二つのグループが、マウスに山中因子を導入することにより、老化のスピードを制御したという報告を行った。もしそれが本当だとすると画期的なことであるが、その真偽はどうか、副作用はないか、人間でも可能であるか等の問題がある。今回はこれについて紹介する。

 山中伸弥博士は、今から約15年前、体細胞に特定の遺伝子を導入してiPS細胞を作出する方法を見出した。これを細胞のリプログラミングと言う。使用したのはOct3/4、Sox2、Klf4、Mycの4つの遺伝子であり、山中4因子と呼ばれている。これら因子を導入されてできたiPS細胞は、受精卵の発生初期に見られる胚性幹細胞(ES細胞)と同様に、いろいろな細胞に分化する能力をもつ。また、DNAのメチル化やアセチル化、DNAを取り巻くヒストンタンパク質のアセチル化といった、いわゆるエピゲノムと呼ばれるDNAの発現を制御する各種の標識も、ES細胞とほぼ同様のパターンを示す。

 同博士はこの発見により、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。それから10年以上が経過したが、今やiPS細胞の研究は基礎研究から臨床化に広がりを見せている。現在、パーキンソン病、加齢黄斑変性、心不全、脊髄損傷等、各種臨床研究が行われ、成果を挙げつつある。

 今回、基礎・臨床にともに関係する大きな発見がなされた。2つの研究グループは、山中4因子のうちOct4/4、Sox2、Klf4の3つの遺伝子(頭文字をとってOSKと呼ばれる)を組み合わせて働かせることにより老化を制御できる可能性があることを見い出したのである。

 一つのグループは米国のレジュブネート・バイオ社のグループであり、その研究成果は今月のbioRxivのプレプリントで報告された。

 彼らはOSK遺伝子を組み込んだアデノ随伴ウイルス(AAV)を高齢(124週齢)のマウスに注入した。すると、これらの動物は注入後の生存期間として、対照群の平均9週間と比較して、平均18週間生存した。また、それらの動物は若い動物に典型的なDNAメチル化のパターン等、エピゲノムの標識も部分的に回復していた。

 iPS細胞はがん化するケースもあることから、この実験でも、OSKを導入したことによりがんが生じる可能性が懸念される。だが同社によると、遺伝子治療を受けたマウスに明らかな悪影響は今のところ見られていないとのことである。

 もう一つのグループは、ハーバード大学医学部の遺伝学者デビッド・シンクレア博士のグループである。その研究成果は今月のCell誌に掲載された。

 同グループは、生物が生きていくうちにエピゲノムの標識が次第に失われ、そのために体が老化すると仮定した。細胞中で起こるDNA切断等の損傷を修復するために、生物では一生にわたりDNA修復メカニズムが働き、その過程でこれらの標識が失われていくという考えだった。これは「老化の情報理論」と呼ばれる。

 この理論を検証するため、彼らは、特定の薬を与えたときに、ゲノムDNAを多数の箇所で切断するようになる酵素を保有するとともに、それにより生じるDNA切断等を完全に修復する仕組みを持ったマウスを遺伝子操作により作出した。

 すると、それら遺伝子操作されたマウスは、薬を与えられたときにいったんDNAが切断されるが、それらは完全に修復される。だが、それにも関わらず同マウスは老齢の動物に似たエピゲノムの特徴を持つようになり、健康状態が悪化した。数週間で髪と色素を失い、数ヶ月で虚弱や各種組織の老化の兆候を示すようになった。

ハーバード大学のグループによる実験。生後16か月(ヒトでいえば中年に相当)のマウス。ただし右側マウスは生後5か月の段階で導入していた酵素を働かせることでいったんDNAが破壊されたのち、回復している。 Science誌より引用

 さらに彼らは、エピゲノムが可逆的であるかどうかを調べるため、これらの老齢マウスにOSK遺伝子を組み込んだAAVを注射した。そうすると、老化しで目が見えなくなっていたマウスの中で視力が回復したものが多数見られた。同様に、マウスの筋肉や腎臓などの分析により、DNA切断によって誘発されたエピゲノムの変化がOSKの注入によりを部分的に回復したことが示唆された。この結果は、この方法により動物の老化の年齢を前後に動かすことができることを示している。

 2つのグループは、これらの因子により、生物全体、そしていつの日か人間の年齢時計を戻し、若返ることができる可能性を主張する。

 しかし、若返りの提起はまだまだ時期尚早だと考える科学者は多い。確かにこれらの研究では、OSK因子により加齢中に起こるエピゲノムの変化を逆転するという事実は認められた。だがそのことと、年を取った動物を再び若くすることは大きく隔たっているとする。そして、レジュブネート・バイオ社の実験については、寿命はわずかに延長されたにすぎないという意見がある。またハーバード大の実験については、DNA切断を意図的に導入するような方法だと、それらの変化が老化を引き起こしているものであることを証明するのは難しく、また、DNA切断が誘導されたマウスが自然に老化した動物をどの程度模倣するかも不明であるという意見がある。

 ただ、両グループともに臨床化を目指す方向である。ハーバード大のチームはすでにサルを用いて目の実験をしており、その研究がうまくいき、人間にとっても十分に安全であると思われる場合、食品医薬品局(FDA)に申請して、加齢に伴う失明疾患の研究を行う意向である。

 いずれにしても老化は複数の要因を伴う複雑なプロセスである。個々の疾病の克服と違い、老化の制御というのは全ての人類に共通する課題であり、それだけに、まずはそのメカニズムをしっかり解明していき、慎重に進めていく必要があると考える。

(参考文献)

・C. Offord (2023), “Stem cell factors reverse sings of aging in mouse”, Science; Vol.379, 224
・C. C. Macip et. al. (2023), “Gene therapy mediated partial reprogramming extends lifespan and reverses age-related changes in aged mice”, bioRχiv(https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2023.01.04.522507v1.full
・J-H Yang, (2023)“Loss of epigenetic information can drive aging, restoration Can Reverse It”, Cell; Voi.186, 305-326

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔