第31回 人工子宮の臨床実験の開始が近い

 米国で世界初の人工子宮の臨床実験の開始が近いと言われている。今回はその状況、意義や問題点について述べる。

 人工子宮とは、胎児を体外で成長させることにより、体外妊娠を可能にする装置である。主に早産や流産になるような胎児を生かし、健全に生育させる目的で用いられる。

 早産(妊娠22週~36週で出産すること)は、5歳未満の子供の死亡及び障害の最大の原因である。2020年には世界中で早産は約1,340万件あり、2019年には関連した合併症により約90万人が死亡した。そして乳児の死亡率は、出生時に母親の胎内にいた期間との相関関係が強い。

 人工子宮技術は、このような早産児に対し、胎内と似た環境を与えることにより、その生存率を高めることを目指す。また胎児に異常があり、早期に手術をしなければならない場合、自然出生後まで待つことなく胎児の段階で早めに取り出して手術することも可能になるかもしれない。

 世界初の人工子宮によるヒトでの臨床実験を行おうとしているのは、米国ペンシルベニア州のフィラデルフィア小児病院(CHOP)である。CHOPは、新生児の発育のために開発したEXTEND(子宮外環境)と呼ばれる装置をヒトに適用させるということで、米国食品医薬品局(FDA)に臨床実験の承認を求めているようである(詳細は未公表)。

 その経緯を少し詳しく述べる。2017年、CHOPは8頭の子ヒツジに対し、同装置を用いた臨床実験を世界で初めて行った。子ヒツジは胎内での発達の仕方がヒトと似ているため、胎児の研究によく使われる。
 ヒツジの平均妊娠期間は約5か月であり、それを踏まえ、妊娠23週のヒト胎児と同様の胎内年齢の子ヒツジたちが選ばれた。そして研究者らは同装置を用いてこれら8頭の子ヒツジを最長4週間維持させた。プロトコル上、4週間で装置を外したとのことで、安全性について問題が生じたからではなかったようだ。

 同グループのシステムは、バイオバックと呼ばれる羊水を模倣して設計された電解質を含む液体で満たされた装置に、未熟の胎仔を入れることで機能させる。胎仔の心臓は自然の子宮内と同じように自ら血液を送り出す。これを人工胚と組み合わせ、密閉された無菌の血液回路を形成させる。
 一方、へその緒の血管を袋の外側で酸素を供給する装置に接続することで、胎盤のように機能させ、酸素と栄養素を体外から届けながら老廃物も除去するような設計になっている。

人工子宮で維持されているヒツジの胎仔(Nature誌の記事より)

 同研究チームとしては、この技術で正常児の妊娠から出産までの発育を一貫して行うことまでは意図しておらず、自然の子宮のいくつかの要素をシミュレートすることで、早産児や超早産児の生存率を高めると期待している。
 ヒトの場合、超早産児とは妊娠28週よりも早い時期に生まれた子のことである。つまり妊娠の最初の段階からこの装置を使うのではなく、超早産児をこの機器で生育させることで生存率を高めようとするのである。

 このような人工子宮技術の開発は、米国のほか、スペイン、日本、オーストラリア、シンガポール、オランダ等、各国において行われている。

 筆者は日本の状況を網羅的に把握していないが、かつて1996年に順天堂大学で子宮外胎児培養法(EUFI)が開発された。母ヤギと同条件の人工羊水中で14頭のヤギ胎児を使用し、システム内で3週間維持することに成功した。
 この他ネットで調べたところ、東北大学でヒツジを利用した人工子宮システムの研究が、また北海道大学でウサギを使った母胎外での循環システムの研究が、さらに沖縄美ら海水族館でサメの胎仔の人工子宮の研究が、それぞれ行われている。

 米国のCHOPの装置には、技術面・安全面での問題がないわけではない。まず同装置を適用するためには、現段階のものでは帝王切開による出産が必要になっている。これは、超早産児を自然分娩すると時間がかかる場合があるが、その出産とともに臍動脈が急速に閉鎖し始めるため、へその緒をCHOP装置につなげられなくなるためである。帝王切開には自然分娩に比べ少なからずリスクはある。
 ただ、同研究者らは、もともと超早産児は最大55%が帝王切開で生まれているため、特別なことではないと主張している。

 また、CHOP装置は子ヒツジでの使用経験しかなく、いきなりヒトに適用させるのは早急だという専門家もいる。ヒトの超早産児は同じ段階の超早産な子ヒツジの1/2~1/3の大きさしかない。このため既に小さな人工子宮装置をさらにヒト用に調整する必要がある。
 一方ヒト以外の霊長類は、生理学的にヒトと類似しているため意義はあるのだが、その胎児はヒトの胎児よりもさらに小さく、実験は難しい。それならヒトの胎児に大きさの近いブタでやればよいと思われるが、その扱いはヒツジよりも難しいとのことである。

 とにかく、CHOP装置が、現在使われている救命装置よりも、短期的にも長期的にもより良く、安全であることを示していかねばならない。
 米国FDAは、CHOPからの申請も踏まえ、この9月に独立顧問会議を招集し、規制や倫理上の考慮事項、またこの技術の人体試験がどのようなものになるかを議論するとのことである(既に議論を開始しているかもしれない)。

 人工子宮に関する技術開発やヒトへの適用については、技術的問題以外の課題もある。

 ごく少数の生存可能性が低い赤ん坊に高額のお金や最先端の技術をつぎ込む価値がどれだけあるのか、またたとえそのような赤ん坊を生かしたとして、後々健康上の問題が生じないか。それよりも、一般的な妊娠の支援や早産児の救命救急のための標準的な技術の開発の方が大切ではないか。また、女性が早期に出産する理由とその予防法の開発のための研究や資金が不足しており、そちらに力を入れるべきでないか、といった批判もあるかもしれない。

 また、中絶という概念の問題もある。現在、中絶は母体の安全を考えて胎児を除去するという目的で行われるのが建前になっているが、それは必然的に胎児の死につながった。人工子宮が発達すれば、中絶をしても胎児を生かすことができるようになるわけである。
 今から50年前の1973年、胎児が子宮の外で生存できるようになるまでは中絶は認められるという有名な判決が出された(ロー対ウェイド判決)。だが、昨年6月、米国最高裁判所がこれを破棄したことで、大きな反響があった。今後中絶の概念がどう変わるか、興味深いところである。

 なお、今回行おうとしている臨床試験は、あくまである程度発達した胎児、いわゆる早産児等について、それを育てる装置、いわゆる新生児保育器を進化させたものである。一方、胚の段階から完全に体外で育てる装置の開発も行われている。

 中国科学院の蘇州生物医学工学技術研究所(苏州生物医学工程技术研究所)の研究チームは2021年11月、人工子宮環境で胎児に成長する胚を監視し、世話をする人工知能システム「AIナニー(乳母)」を開発したと発表した。
 これは、長期胚培養装置と呼ばれる栄養価の高い液体で満たされたキューブ状の容器の中で、マウスの胚を成長させるもので、24時間体制で精緻に胚を監視し、わずかな変化の兆候を検出して二酸化炭素や栄養を投入し、環境を微調整する。
 この技術が進めば、ヒトの女性の胎内で育てることなく、体外で最初から胎児を安全かつ効率的に成長させる可能性があるとのことである。

 そこまで可能になってくると、倫理的制約も生じる。胚の発生において、受精後2週間(14日)で原始線条という線が形成され、各細胞の大まかな運命が決定される。このため日本を含め多くの国は、その時期を過ぎたヒト胚の体外での研究は禁じてきた。そうなると人工子宮での制限期間を超えた生育も認められないことになる。

 しかし、ヒトの胚発生にはまだ多くの未解決の問題があるため、それ以降の段階の研究は重要であると考える研究者は多い。生命の起源やヒト胚発生のさらなる理解に役立つだけでなく、出生異常やその他の生殖医療問題の解決にもつながる可能性がある、との主張である。
 このため、各国の規制に強い影響を与える国際幹細胞学会(ISSCR)は、2021年にそのガイドラインを改正した。それにより、各国・地域で社会的支持が得られ、政策や規制で容認されれば、体外での14日を超えての生育の必要性・正当性についての検討が可能とされた。
 検討は専門的な科学的・倫理的監視プロセスに則り、当該研究の目的に照らして行わねばならず、また使用する胚は研究目的達成のため最小限の数にすべきとのことであるが、従来のような14日目以降の研究の絶対禁止とは明らかに様相が変わった。
 ただ、人工子宮でヒトの胎児を胚から育てることが俎上に載せられるようになった場合に、どのような反響が起こるかは分からない。

 この他、人工子宮の発達により、男性どうしのカップルでも体外受精による受精卵を用いて子供をもうける可能性が出てくるが、制度的にどうするか課題となるだろう。

 とにかく問題はいろいろあり、今後技術の進展に応じた検討が必要になると思われる。

(参考文献)
・M. Kozlov (2023), “Human trials of artificial wombs could start soon. Here’s what you need to know”, Nature(2023/9/14)
https://www.nature.com/articles/d41586-023-02901-1
・川和田周「女性の胎内で育てる必要がなくなる? ロボットが胚から育てる人工子宮システムを中国が開発」Newsweek日本版(2022/2/2)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/woman/2022/02/post-632.php
・「人工子宮Artificial Womb」Academic Accelerator百科事典、科学ニュース、研究レビュー(2023/9/17)
https://academic-accelerator.com/encyclopedia/jp/artificial-womb

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔