第21回 両親が雄のマウスが誕生

 大阪大学の研究者らは、雄のマウスのiPS細胞(人工多能性幹細胞)から卵を作り、さらにそれを別の雄マウスの精子と受精させて子供マウスを誕生させることに成功した。つまり両親が雄のマウスを作ったのである。哺乳類の雄のiPS細胞から卵を作ったこと、また、それから子供を誕生させたことは世界初である。今回はこの研究成果がもたらす意義と課題について考察する。

 本実験は、大阪大学の林克彦教授らが、九州大学等との共同研究により行ったものである。その成果は、3月8日に英国ロンドンで開催された「第3回ゲノム編集に関する国際サミット」で発表されたが、その後Nature誌に記事及び論文として掲載された。

 マウスではヒトと同様、雄の体細胞にはX染色体とY染色体が1本ずつ(XY)、雌の体細胞にはX染色体が2本(XX)含まれている。体細胞からiPS細胞を作出すると、通常このXYやXXの染色体は維持され、それから再分化させた細胞は元の性と同じ性の細胞になるため、雄から雌の細胞を作出したり、その逆は困難だと考えられていた。

 一方、Y染色体はX染色体よりずいぶん小さく、加齢に伴って消える場合もあることが以前から知られていた。林教授らはこの現象に着目し、それを利用できないか考えた。
 まず雄のマウスの尻尾から作ったiPS細胞を長時間培養することにより、Y染色体が消失してX染色体が1本だけになった細胞(XO)を生じさせた。そしてその細胞に、細胞分裂中に染色体配置のエラーを促進する薬剤であるリバーシン等を加え、X染色体が2本に複製されXXになった細胞を作製した。そのXX細胞に、始原生殖細胞様細胞(PGCs様細胞)に分化するような誘導因子や増殖因子を加えて卵を作った。
 そうしてできた卵を別の雄マウスの精子と受精させて受精卵を作出し、それを代理母となる雌マウスの子宮に移植してマウスを誕生させたのである。

 これによって雄のマウス同士から子供マウスができたということであるが、成功確率は極めて低く、作製した受精卵630個に対し、誕生した子マウスはわずか7匹、すなわち受精卵から誕生に至った割合は約1%だった。ただし、生まれたマウスはいずれも正常に生育し、生殖能力も持っていた。

生まれたiPS細胞由来の7匹のマウスのうち5匹(4週齢)
(Nature誌に掲載された論文より)

 今回の結果が得られたことで、いろいろな可能性が広がる。

 まずはヒトへの応用である。誰でも考えるのは、これがヒトでできれば男性同士のカップルが自分たちの子供を持つことが可能になることである。LBGTQ+(性的少数者)には、家族を持つことについて独自のニーズがある。現在は、男性同士の場合、子供を持つには養子縁組をしたり、第三者からの卵の提供に頼るしかないが、今回の方法は彼らのニーズを直接満たすものとなる。ただその場合、赤ん坊を誕生させるには仮親が必要であり、女性の子宮に受精卵を移植したり、人工子宮を用いたりする必要もあるが。

 また、染色体異常への対応もある。たとえば2本のX染色体のうち1本の全部や一部が欠損している「ターナー症候群」の女性は国内に約4万人いるが、その多くは不妊症である。本研究を応用して彼女らのX染色体を複製できれば、つまりXOからXXにすることができれば、子供を授かれるようになるかもしれない。一方、染色体でどれかが1本多くなるトリソミー症候群の、原因解明や治療法開発にも役立つ可能性がある。
 今回の研究では、21番染色体が3本になるダウン症候群について、そのマウスでのモデル動物(マウスの場合は16番染色体が余剰になる)を用いて、リバーシン処理により、逆に染色体の数を減らして正常な数の染色体の細胞を作ることに成功している。

 ただし、こうしたヒトへの応用は時間がかかる。マウスでは既に10年ほど前にiPS細胞から精子や卵が作られている。だが、ヒトではiPS細胞からPCGs様細胞への分化まではできているものの、その先の精子や卵への分化はまだ不完全であり、成功していない。
 もともとマウスのiPS細胞は、全ての種類の細胞に変わる能力を持つ「ナイーブ型」であるのに対し、ヒトのiPS細胞は、体細胞にはなるが生殖細胞に変えることは難しい「プライム型」だとされる。さらに、本実験のようにマウスでのY染色体の消失は比較的短期間で起こるが、マウスより寿命の長いヒトではY染色体の消失もいっそう時間がかかる。そうなると長期間にわたる培養でゲノムやエピゲノムに多くの異常が発生する可能性も出てくる。
 ただ、そのような技術的な問題点は研究を重ねることで克服は可能かもしれない。林教授によると、10年後にヒトで可能になるとのことである。もちろん、倫理的な議論は十分に尽くす必要はあるだろうが。

 ヒト以外の応用としては、絶滅危惧種の動物の保存が考えられる。絶滅危惧種の動物の中には、残りが雄か雌1匹だけになってしまった場合がある。今回の技術を応用することにより、その1匹の体細胞からiPS細胞を経て卵と精子を作り(ただし雌だけ残っている場合にその細胞からY型精子が作出できるか否か著者は分からない)、受精させて子供を誕生させることができれば、それらを絶滅から救える。
 ただ今回の研究では、雄のiPS細胞から作出した卵と精子どうしでは、1,500個以上の卵で試したにもかかわらず、子供は生まれなかったという結果も出ており、どうも一筋縄ではいかないようだ。

 ともあれ、こうした研究は興味深い。確かにヒトへの応用は倫理的問題をはらみ、現在、iPS細胞やES細胞からの作出が認められているのは配偶子までで、それを用いたヒト胚の作出やその子宮への移植は認められていない。しかし、こうした技術の発達は染色体異常等の治療法開発のほか、生物の種の保存や品種改良等、人類や社会にとっても有益なものとなる可能性もある。技術のさらなる進展とともに、前向きな議論が行われることを期待したい。

(参考文献)

・H. Ledford & M. Kozlov (2023) “The mice with two dads: Scientists create eggs from male cells”, Nature; Vol.615, 379-380
・K. Murakami et. al. (2023) “Generation of functional oocytes from male mice in vitro”, Nature; Vol.615, 900-906
・茜灯里 (2023.3.21) 「両親がオスの赤ちゃんマウス誕生 幅広い応用と研究の意義、問題点を整理する」Newsweek

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔