第17回 現在における中国のライフサイエンス研究8~中国の遺伝子組換え(GM)作物~

1.GM作物の位置付け

 農業でのライフサイエンス利用の中で特徴的なものの一つとして、遺伝子組換え(GM:Gene Modified)作物、及びそれから作られるGM食品がある。植物の遺伝子を組換えることで、防虫・防カビ性、暑さ・寒さ・乾燥等への耐性を持つものを開発し、生産性を大きく向上させようとするものである。
 例えば抗虫性を持つGM作物は、一般に枯草菌(Bt:Bacillus thuringiensis)の毒素遺伝子が組み込まれている。昆虫は同毒素に対する耐性を持たないため、それを食べることにより死ぬ。一方ヒトを含めた哺乳類では、消化メカニズムが昆虫と違うため害はないとされる。また、GM作物は農薬の使用を減らすことができるため、農業従事者の健康を改善するという研究もなされている。

 中国では、バイオテクノロジーを主要産業の1つに育成しようとする政策が採られ、1990年代から遺伝子組換えによるGM作物の作製がなされてきている。いくつかの事例を列挙すると、GMタバコ(ウイルス抵抗性:1992年)、GM綿花(抗虫性:1998年)、GMトマト(ウイルス抵抗性:1998年、劣化防止:1997年、2000年)、GMピーマン(ウイルス抵抗性:1998年)、GMペチュニア(多様な色:1998年)、GMパパイヤ(ウイルス抵抗性:2006年)、GMポプラ(抗虫性:2003年)、GM米(抗虫性:2010年)、GMトウモロコシ(抗虫性:2010年)である。
 これらの中では、中国農業科学院の研究者らが枯草菌由来の毒素遺伝子を組み込んだGM作物であるBt綿花が重要であり、国内の綿花栽培総面積の95%を占めている。

2.GM作物の商用栽培に関する安全性

 GM植物の商用栽培に関し、2001年に国務院により「農業遺伝子組換え生物安全管理条例」が公布され、また2002年には農業部(現在の農業農村部)によりその関連規則として、国内栽培のための「農業遺伝子組換え生物安全評価管理規則」、輸入のための「農業遺伝子組換え生物輸入安全管理規則」、表示のための「農業遺伝子組換え表示生物管理規則」が制定された。さらに2006年には加工のための「農業遺伝子組換え生物加工管理規則」が制定された。

 規制の基本方針は農業農村部、国家衛生健康委員会、科学技術部、生態環境部、商務部、国家発展・改革委員会、国家市場監督管理総局の7部局の代表からなる「遺伝子組換え生物の安全管理部門間合同会議」で協議されるが、個々の計画の審査は農業農村部に設置された「農業遺伝子組換え生物安全委員会」による安全性評価に委ねられる。

 安全性評価は、実験室レベルでの研究開発後、環境での試験について①中間試験、②環境放出試験、③生産性試験の3段階で審査され、各段階で農業農村部への申請が必要となる。生産性試験の審査を通ると「農業遺伝子組換え生物安全証書」を取得できる(通常は5年ごとに更新)。その後、商業化段階の審査(生産・加工→商業経営)を申請でき、通常数年で許可が取得できるとされる。

3.GM作物の商業栽培状況

 2018年に国際アグリバイオ事業団(ISAAA:International Service for the Acquisition of Agribiotech Applications)が公表したデータを基に、各国のGM作物の栽培面積を取りまとめたものが下表である。

表 各国のGM作物栽培状況(2018年)

順位国名栽培面積(万ha)主な栽培GM作物
1米国7,500大豆、トウモロコシ、綿花、アルファルファなど
2ブラジル5,130大豆、トウモロコシ、綿花など
3アルゼンチン2,390大豆、綿花、トウモロコシ
4カナダ1,270大豆、トウモロコシ、キャノーラ、テンサイなど
5インド1,160綿花
6パラグアイ380大豆、トウモロコシ、綿花
7中国290綿花、パパイヤ
(出典)ISAAA報告書GM Crops2018を基に作成

 中国は第7位となっているものの、米国、ブラジル、アルゼンチン等に大きく差をつけられている。米国やブラジルで大きな栽培面積を占める大豆、トウモロコシ等のGM作物は、中国国内での商業栽培は許可されていないことが理由と考えられる。現在、研究開発を終了し安全性を評価したのち商業栽培にこぎつけているGM作物は、綿花とパパイヤに限られている。ただし大豆とトウモロコシについては、GM作物を輸入し加工して販売することについて安全性が確認され承認されている。

4.GM作物に関する不祥事の発生

 中国では今世紀に入り経済が発展するにつれ食生活が高度化し、生活の質の向上と安全性をより強く求めるようになってきた。一方、経済的利益追求のために悪徳業者が横行し、人体に健康被害をもたらす有害な食品が多数流通し、食品汚染問題が多発するようになった。中国政府も食品の安全性強化に努めたが、相次ぐ事件の発覚で2007年6月、担当の大臣が降格となり、代わって研究者出身の大臣が就任する事態が発生している。
 そういった背景から、国民にGM作物という未知の技術に対する得体の知れない漠然とした不安感が高まり、不安を避けることを優先する傾向がある。例えば、中国のシンクタンクが行ったアンケート調査では、中国人の70%以上が明確にGM作物に反対の立場を示しているという。

 中国でのGM作物に対する反対の中心はコメに係るものである。2008年に米国タフツ大学の唐博士は、遺伝子組換えによりビタミンA(βカロチン)を強化したゴールデンライスという米を湖南省の学校給食で子供たちに食べさせその影響を調べた。ところが2012年になって、同研究を行うことについて中国政府から正式に了承を得ておらず、また事前に保護者らに十分に説明していなかったことが分かり、同国内で大きな騒ぎとなった。結果的にゴールデンライス自体は安全性に問題はないとされたが、2013年9月タフツ大学は、この研究が同大学の審査委員会の審査・承認を得ておらず大学や連邦政府の規制に反するとして、その後2年間、同博士がヒトを用いた研究を行うことを禁止した。

 また2014年7月、華中農業大学で開発された昆虫耐性のGM米が同大学のある湖北省武漢市の大手スーパーマーケットで販売されていることが発見された。開発に関係した民間会社が、GMコメの種子を違法に持ち帰り増やした可能性が指摘された。

 一方EUは2012年から中国産コメの入境検査を厳格化しているが、2013年には同国から輸出されたコメから遺伝子組換え成分が25回も検出されたという。このことは、中国国内でヤミのGMコメが栽培され、販売されている可能性を物語っている。

5.中国企業によるシンジェンタ社の買収

 政府としては、イノベーション強化政策や外国企業に中国の農産物市場を支配されたくないという思いがあり、将来の農業バイオの中心的な技術になりうるGM作物への対応も徐々に変化しつつある。中国では従来から、農業バイオ研究は研究開発の重要な柱の一つであり、すでに2013年の段階で中国の農業研究に対する公的資金は100億ドルと米国の公的資金の2倍以上に達しており、1100以上の農業研究機関を支援している。

 2017年には、国有企業で石油化学を含む総合化学メーカーである中国化工集団が、スイスに本拠地を置く多国籍企業シンジェンタ社を430億ドルで買収した。同社は農薬や種子を主力商品とするアグリビジネスを展開している企業であり、農薬業界では世界最大手、種苗業界でもモンサント、デュポンに次ぐ世界第3位となっている。同社はGM作物のタネの開発も手掛け、これまで乾燥耐性の作物やバイペテラというGMトウモロコシの開発を行ってきた。買収前、同社の世界におけるタネの取引きのうち、GM作物関連は約40%に相当する数十億ドル規模になっていた。この買収はこれまで中国が手掛けた買収のうちの最大規模のものとなったが、これにより中国は農業バイオ技術で先進的な地位を確保したと考えられる。

6.ゲノム編集作物の進展

 最近では多くの中国人研究者が、CRISPR/Cas9技術を用いて種子の迅速かつ正確な改変を行おうと取り組んでいる。そのようなグループは中国内に約20あり、現在中国はCRISPR/Cas9関連の農業技術論文を世界一多く発表しており、2番目の米国の2倍に達している。

 中国政府も2016年の五か年計画の中で植物のゲノム編集を支援することを明記しており、先のシンジェンタ社の買収にもそれが表れている。中国では昆虫被害などによりトウモロコシ生産効率が米国の60%にすぎず、家畜用穀物として米国から大量にGMトウモロコシを輸入しているが、同社はCRISPR/Cas9改変の昆虫耐性トウモロコシ等の実績があり、同国内でそれが実用化されれば大きな食糧改革につながると期待される。

 ただ、そのためにはゲノム編集作物に対する規制の明確化が必要である。
 各国の状況を見ると、欧州では裁判所が遺伝子組換え作物と同様な規制をする必要がある旨の裁定を下しているが、米国農務省は他種からの遺伝子導入ではなく自然又は従来の育種によるものと同様の変異を生じるゲノム編集作物について規制対象外としている。また日本は最終的に他の生物の核酸が残っていないことが確認されたゲノム編集作物についてのみ規制対象外(ただし関係省庁への情報提供は必要)としている。
 中国はゲノム編集技術の規制については、2022年1月に農業農村部が「農業用遺伝子編集植物安全評価指針(試行)」を公表し、環境/食品面のリスクが小さいと認められたものは、中間試験の結果を提示することで安全証明を申請できるという手続きを定めた。なお、リスクが大きいと認められるものに関しては、さらに追加的試験(環境放出試験や生産性試験)を実施し、その試験結果を提出することで、安全証明を申請するというルールが導入された。

参考文献

・バイテク情報普及会 「遺伝子組み換え作物の規制・中国」(https://cbijapan.com/about_legislation/legislation_w/china/#:~:text=1997%E5%B9%B4%E4%BB%A5%E9%99%8D%E3%80%81%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%A7%E3%81%AF,%E3%81%AE%E4%BD%9C%E4%BB%98%E3%81%91%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82

・Reuter  “End of the line: GMO production in China halted”, Reuters/ Stringer https://www.rt.com/news/181860-gm-china-rice-stopped/

・Science   “China aims to sow a revolution with GM seed takeover”, Science; Vol.356, 4/7 
   

ライフサイエンス振興財団理事長 林 幸秀
ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔