第28回 ヒトの臓器や器官を細胞レベルでマッピング

 本年7月、Nature誌にヒト生体分子アトラスプログラム(HuBMAP:Human Biomolecular Atlas Program)に関する3本の論文が掲載された。これはそれぞれ、胎盤、腸、腎臓について、種類の異なる細胞がどのように配置されているかを独自の手法を用いて地図として示したもの((細胞)マッピングという)であるが、今回はその概要や意義について説明する。

HubMAPの成果が掲載されたNature誌の表紙

 HuBMAPは2018年に開始されたプログラムで、コンソーシアム全体としては米国、英国、スイス等の約400人の科学者で構成されている(日本からは参加していないようである)。その活動資金として、米国国立衛生研究所(NIH)から共通基金(コモンファンド)という資金の提供を受けているが、これはNIHの単独の研究所やセンターでは対処できないが、NIH全体としては優先度の高い、ハイリスクで革新的な生物医学研究に対して拠出される資金である。

 実は既に1年前、日本の理化学研究所等も含まれる97か国の3,000人の研究者による、より国際的なプロジェクトであるHuman Cell Atlas Projectの最初の成果が公表されている。これは、ヒトの体全体の細胞を視覚化する最初の試みだった。ヒトを構成する細胞は、それまで約300種類だと考えられていたが、同プロジェクトによって、実際には500種類もあることが分かった。

 これに対し、今回は、ヒトの特定の臓器・器官において、それら多種類の細胞がどのように配置されているか、細胞単位でより詳細に解明されたということである。また、HuBMAPでは、それぞれの臓器・器官で細胞タイプがどのように配置されているかをマッピングすることで、それらが臓器・器官の機能をどのように決定づけるか理解することを目指しているが、あわせて、そのために必要な新たな技術の開発を行うことも目的としており、Nature誌の3報の論文では、それぞれ独自の技術を用いて細胞マッピングを行ったことが示されている。

 こうしてHuBMAPの各研究では、個々の細胞における遺伝子の活性化やタンパク質の産生を示す数十万のデータを踏まえ、画像分析、シーケンシング、コンピューター解析を行うことで各細胞の種類が決定され、それぞれ臓器の特定の位置にマッピングされたのである。

3つの論文でそれぞれマッピングのために使われている手法(Nature誌より)

 1つ目の論文では、米国スタンフォード大学のM. Angeloたちが、妊娠6~20週の間に中絶を行った66人の女性から取得した50万個を超える細胞と約600本の子宮動脈に関する膨大なデータを用いて、母親と胎児をつなぐ組織としての胎盤の細胞マッピングを行った。
 マッピングに際してはMIBIと呼ばれる画像化手法が用いられた。これは各細胞に特異的な抗体に放射性同位元素を取り付け、細胞と結合した抗体から発せられる放射線を質量分析計で観測することによって細胞の種類を特定する方法である。
 それにより、ヒトの発達途中の観察が極めて困難な時期、つまり、胎児が母親の子宮内に移植され、母親の動脈が胎児に酸素と栄養を届けるために流れを変え始める瞬間を、前例のない鮮明さで観察できるようになった。こうして彼らは、胎児の細胞がどのように子宮に入り、血管を構築するかを視覚化することができた。

 2つ目の論文では、米国スタンフォード大学のM. Snyderたちが、死者から提供された9つの腸の試料を使用して、7メートルに及ぶ腸の各部にどのような細胞があるかを調べた。
 分析に当たっては、CODEXと呼ばれる画像化手法と細胞単位での検出技術が用いられた。これは、前述のMIBI法が抗体に放射性同位元素を結合していたのに対し、蛍光タンパク質を結合することで解析するものである。
 これにより、腸において、消化管の内部を覆う上皮細胞や、体内への侵入者と戦う免疫細胞等が、それぞれ集合、自己組織化して細胞コミュニティを形成し、各部位の機能を決定していることが分かった。

 3つ目の論文では、米国ワシントン大学のS. Jainたちが、45人の健常者と48人の腎臓疾患患者から採取した試料を用いて、健常状態及び疾患状態のヒト腎臓の細胞マッピングを行った。
 彼らはそれにより、病気や損傷を表す28の細胞状態を含め、51種類の腎臓細胞の細胞を特定したが、そのうち健常者の細胞のいくつかはこれまで知られていないものだった。また、腎臓疾患患者から得られた細胞は、急性疾患や慢性疾患に対応して特徴的に出現するものが含まれていることが分かった。さらに、外部又は内部の損傷からの回復途上にある細胞のタイプも特定した。彼らはこうした解析のために空間トランスクリプトミクスという手法を用いた。
 これは立体構造をとる腎臓の各部位で細胞のRNAのレベルを調べるものだったが、これにより細胞と微小環境のインタラクティブな3Dモデルを開発することができた。

 このように、3つのグループは臓器の細胞マッピングを行うのに、それぞれ異なる技術を使用したのだが、今後、こうした細胞レベルの分解能を有する手法を組み合わせ、さらに急速に進展するAI技術を利用することにより、空間分析力がさらに向上することが予想される。
 そして、臓器内での各細胞の整然とした配置の様子や、病気発生時の細胞の行動の逸脱の様子を確認することで、ヒトの生物学や疾病の理解が進むとともに、疾病への新たな対処法が可能になることを期待したい。

(参考文献)

・R. Vento-Tormo & R. Vilarrasa-Blasi (2023), “Reference maps for the human body”, Nature; Vol.619, 467-468

・“The Human BioMolecular Atlas Program”, NIH Office of Strategic Coordination – The Common Fund (https://commonfund.nih.gov/hubmap

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔