第29回 EUはゲノム編集作物の規制緩和を提案 

 欧州委員会は、本年7月5日、ゲノム編集作物に対する規制を緩和し、その一部を規制対象から外す旨表明した。今回はその措置の意味や、それを巡る背景について述べる。

 ゲノム編集とは、ゲノムを人工的に操作することによって遺伝情報をDNAの一文字すなわち塩基の単位で書き換える技術である。これまでZFN、TALEN、CRISPR/Cas9等の手法が開発されてきており、今や生命科学の研究に不可欠なものになっている。

 さて、ゲノム編集技術が誕生する以前に遺伝情報を書き換える技術はなかったかというと、そんなことはない。今から約50年前、1970年代に誕生した遺伝子組換え(GM:Gene Modified)技術は、当時の生命科学の分野に大革命を起こした。これは、ベクターと呼ばれる自分自身で増殖することのできるDNAに、目的とする遺伝子をつないで大腸菌などに導入することで、その遺伝子を増やしたり、遺伝子の産物であるタンパク質を生産したりする技術である。
 このGM技術は、そのうち動物や植物の改変にも利用されるようになった。その場合は、目的の遺伝子を受精卵などの動植物細胞に導入して、それを細胞の核の中にあるDNA中に取り込ませ、個体に成長させことによって動植物に新たな性質を付与させるというものである。

 このGM技術については、生物の多様性を維持するとともに、ヒトへの健康影響の防止も考慮して、2000年にカルタヘナ議定書という国際的な方針が定められ、各国はそれに基づいて国内法を制定し、同技術の規制を行ってきている。それにより、GM生物が持つと予想される病原性や増殖性等に対応して、適切な拡散防止措置を講じることが規定されている。なお野外での栽培を伴うGM作物についてはより厳しい規制がなされている。

 EUにおいては2001年に施行された遺伝子組換え作物・食品に関する規制(GMO指令)に基づき、GM作物については、欧州食品安全機関(EFSA)の審査・承認が必要であり、承認した作物については、さらに国ごとに栽培を認めるかどうかの判断が必要になっている。しかし、EU加盟国ではGM作物の輸入は認めるものの、自国での栽培は認めない国が多く、現在は圃場(田や畑)でのGM作物の栽培が認められ行われているのは、スペインとポルトガルでのGMトウモロコシだけである。

 日本ではカルタヘナ法に基づき関係省の大臣に申請し、審査を受けて承認を得る必要があるが、現在トウモロコシ、ダイズ等、いくつかのGMO作物について認められている。ただし実際には、日本国内でのGMO作物の商業栽培は行われていない。

 さて、ゲノム編集技術は、一般的にGM技術より安全だと考えられる。というのは、対象とするゲノムの位置にピンポイントで正確に変異を導入することができるからである。
 このうち、特によく用いられるのは、外部から新たな遺伝子を導入することなく、目的とする遺伝子の塩基を置換したり欠失させたりすることにより当該遺伝子の機能を失わせることである。その場合、その遺伝子が本来果たすべき役割を果たせなくなり、それが形質の違いとなって現われることになる。そのように外来遺伝子を導入せずに目的の遺伝子の機能を失わせるだけの改変が行われた場合は、外来遺伝子を導入する通常のGM技術よりもはるかに安全だといってよい。

遺伝子組換えと欠失型ゲノム編集の違い 出典:産総研マガジン

 こうしたことから、EU以外の各国、すなわち米国、英国、オーストラリア、南米諸国等では、ゲノム編集作物については外来遺伝子の残存が見られない場合は規制対象から外し、通常の作物と同様の扱いにしている。日本においても同様であるが、念のため関係省に事前に情報提供をするという仕組みになっている。

 しかし、EUにおいては、欧州司法裁判所(ECJ:European Court of Justice、ルクセンブルグ)が2018年に、「遺伝子編集作物については、一般のGM作物と同様の規制を受けなければならない」との判断を下していた。ECJはEUの最高裁判所に相当する機関で、法律の解釈等を担っており、EU加盟国はその判断に従わなければならない。
 GM作物に対する規制とは、先述のGMO指令のことであり、そうなるとたとえ外来遺伝子が導入されないと言っても実質的に野外栽培は禁止になってしまう。それゆえ、このECJの判断は、科学者をはじめ、遺伝子編集作物の開発や産業化を目指す人々・セクターにとって大きな打撃となった。
 ただし、ECJは2018年の判断時に、現行の法令では対応できない新たなゲノム技術(NGTs)もできてきているので、行政府(欧州委員会)は法令の見直しを行うべき」との注文を付けていた。

 欧州委員会は、本件について検討を行い、今年4月に報告書を出した。同報告書では、ECJによる2018年の判断、すなわちゲノム編集技術にGMO規制を適用することは、その目的に沿わないとした。そしてNGTsは食の持続可能的(サステイナブル)な提供をもたらす可能性があるとして、各国で意見交換やパブリックコメントを行うよう促した。

 ドイツ、フランス等、各国政府は同報告書を支持したようであり、それを踏まえ、7月5日、欧州委員会はゲノム編集作物に関する規制を一部廃止する新たな提案を行ったのである。

 同提案では、ゲノム編集技術を2つのカテゴリーに分類している。
 カテゴリー1は、従来の方法で育種された作物でも起こりうる小規模な変異で、外来遺伝子は残らないような改変を行ったものが該当する。つまりゲノム配列を調べても、ゲノム編集を使用して作出されたのか、従来の育種技術を利用して作られたのか区別できないような場合である。
 またカテゴリー2は、カテゴリー1以外の変異であり、外来遺伝子が残ったり、20塩基以上の変異があったり等である。

 そして、カテゴリー1に該当するゲノム編集作物については、通常の育種技術と同じ位置づけで、安全性の審査なしで栽培できるようにすることが規定された。ただし商品化に際しては事前通知が必要で、販売される種子はラベル表示が義務付けられ、生産者はゲノム編集作物か従来の育種技術かの選択を行うことができる。なお、カテゴリー1の植物は一般に農場では従来作物と区別なく栽培できるが、有機農場ではGM作物とみなされ、栽培は区別される。

 ともあれ、今回の法案により、EUは他の国々と同様、ゲノム編集作物についての規制が緩和され、その栽培・流通が進む可能性が出てきたわけである。ただ、前述のように、従来よりEU各国はGM作物に対してはかなり厳格な姿勢を貫いてきていたことから、今後どうなるかはわからない。
 この法案はあくまで最初のステップであり、今後、欧州議会や各EU加盟国からなる閣僚理事会によって承認される必要がある。はたしてどうなるか、注視していきたい。

(参考文献)
・産総研マガジン “ゲノム編集” https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20220824.html
・D. Mehta (2023), “EU proposal on gene-edited crops doesn’t go far enough”, Nature; Vol.619, 437
・白井洋一「欧州委員会 ゲノム編集作物の一部を規制対象外に これで気候変動、環境問題の救世主になるのか」FOOCOM(2023/7/13) https://foocom.net/column/shirai/24032/

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔