第35回 ゲノム編集を用いた遺伝子治療が進展

 ゲノム編集を用いた遺伝子治療について、最近、2つのニュースがあった。一つは英国において、CRISPR/Cas9ゲノム編集を用いた治療法が世界で初めて承認されたこと、もう一つは米国において塩基編集の臨床試験の成果が世界で初めて出されたことである。今回はこれらのことについて解説する。

 ゲノム編集を用いた遺伝子治療については、約一年前、本ニューズレター(第10回・一塩基編集技術による遺伝子治療の幕開け)でその全体像や経緯を説明した。

 簡単におさらいすると、遺伝子治療技術は
① 遺伝子組換え技術を用いる方法
② アデノ随伴ウイルス(AAV)等のウイルスを用いる方法
③ ゲノム編集を用いる方法
という順に改良・進化してきた。

 このうち、③のゲノム編集として、3つの手法が開発されてきた。

 まず、CRISPR/Cas9を用いることで、目的とする原因遺伝子のところでDNA二本鎖を切断し、遺伝子の機能を喪失させる方法である。だがその方法では二本鎖切断に伴う修復時の誤りが起きたり、遺伝子の本来の働きまで喪失してしまったりする懸念がある。

 それを改善したのが一塩基編集法(CRISPR2.0)である。これは遺伝子の一文字(塩基)を置換して修復する方法であり、二本鎖を完全に切断するのではなく、片側の鎖だけを切断して一塩基の置換ができるようになっている。

 またさらに最近、一塩基ではなく遺伝子そのものを導入するプライム編集と呼ばれる手法も出てきている。これらの手法はそれぞれ特徴を持つため、疾患の種類に応じて使い分けられてきている。

 ただ、これまではいずれも実用化はされておらず、特に塩基編集やプライム編集は臨床試験の成果すらも出ていなかった。

ゲノム編集を用いる方法の3形態。(出典:バイオステーションHPより)

 そんな中で、英国において、CRISPR/Cas9による遺伝子治療法が世界で初めて承認された。これは米国の製薬企業であるヴェルテックス・ファルマシューティカルズ(Vertex Pharmaceuticals)社とスイスのバイオテクノロジー企業であるクリスパー・セラピューティクス(CRISPR Therapeutics)社により開発されたもので、カスゲビー(Casgevy)という名前がついている。

 これは、鎌状赤血球症やβサラセミアといった血液疾患を治療するものである。
 それらの疾患はいずれも、赤血球内にある酸素を運ぶヘモグロビンをコードする遺伝子の異常によって引き起こされる疾患である。鎌状赤血球症では異常なヘモグロビンが生じた結果、血管が詰まって組織への酸素供給が減少し、疼痛発作という激しい痛みに襲われる。またβサラセミアではヘモグロビン数が減少し、疲労、息切れ、不整脈等の症状が出る。
 しかし、いずれもこれまで有効な治療法はなかった。

 カスゲビーは、患者のもつ胎児ヘモグロビンを患者のヘモグロビンの代わりに働かせるという方法をとる。
 胎児ヘモグロビンはヘモグロビンの一種で全ての人が持っているが、通常は胎児期にのみ働き、誕生後はBCL11Aという酵素が胎児ヘモグロビンの生成を抑えている。
 これに対し、患者の骨髄から造血幹細胞を取り出し、CRISPR/Cas9によりBCL11A酵素の遺伝子を破壊することにより、抑えられていた胎児ヘモグロビンを生成させるのである。
 鎌状赤血球症やβサラセミアの患者でも普通は胎児ヘモグロビン遺伝子には異常がないため、改変した造血幹細胞を患者の体内に戻すと、胎児ヘモグロビンは正常な役割を果たし、疾患の発症が抑えられるというわけである。

 鎌状赤血球症の臨床試験では、参加者45人中29人が評価に十分な期間に達したが、そのうち28人はその特徴である疼痛発作等の激しい痛みの症状が完全に軽減した。

 βサラセミアの臨床試験では、月1回輸血を受けていた重度の患者54人が参加し、このうち42人が評価に十分な期間に達した。そのうち39人は少なくとも1年間は赤血球の輸血を全く必要としない状態が継続し、残りの3人も輸血の必要性(量や頻度と思われる)が70%以上減少した。また、これまでのところ、被験者には吐き気、倦怠感、発熱、感染リスクの増加等の副作用が見られたが、安全性について大きな問題は起きていない。

 これらの結果を踏まえて、本年11月、英国の医薬品・ヘルスケア製品規制庁(MHRA)はカスゲビーをこれら血液疾患の治療法として正式に承認したのである。
 また米国食料医薬品局(FDA)も、本年10月に顧問らの会合が開かれ、同治療法の扱いについて検討がなされた。
 さらに、EU加盟国における医薬品の規制を行う欧州医薬品庁(EMA)でも同治療法についての検討がなされている。

 今後の課題としては、CRISPR/Cas9の手法による二本鎖修復時のミスや、オフターゲット変異という、目的の遺伝子以外のよく似た配列の場所まで編集されてしまう可能性が残る。また、本治療法では、一件一件、患者の造血幹細胞を取り出して治療を施さねばならず、大きな労力と費用がかかる。今後、患者数が多い国でも適用できるような、より効率的な方法の開発が望まれる。

 そしてもう一つ、米国において、塩基編集を用いた遺伝子治療の臨床試験(第Ⅰ相試験)結果が初めて公表された。これは同国のバイオテクノロジー企業であるヴァーヴ・セラピューティクス(VERVE Therapeutics)社が、家族性高コレステロール血症の患者に対して行った、VERVE-101という治療法である。

 家族性コレステロール血症の患者の多くは、悪玉コレステロール(LDL)の受容体の遺伝子に異常がある。血中の悪玉コレステロールはLDL受容体に結合して細胞に取り込まれて分解されるが、患者はその受容体の数が少ないためにこの仕組みがうまく働かず、コレステロールが血中にたまってしまう。そのため早くから動脈硬化が進み、20~30代で心臓発作を起こすようになる。

 このため、このLDL受容体遺伝子の異常を元に戻してやればいいようにも思えるが、その異常は多種多様であり、個々の変異を修復するのは難しく、効率的でない。
 そこでLDL受容体遺伝子そのものでなく、LDL受容体を細胞表面から細胞内に移動させるのを促す働きをもつPCSK9という酵素が標的となった。VERVE-101はPCSK9を不活性化することによって、LDL受容体が細胞表面からなくならないようにした。すると受容体がLDLをどんどん取り込み、血中のLDLレベルが低下するというわけである。

 VERVE-101は、PCSK9の遺伝子の位置を認識するガイドRNA分子と、塩基エディターと呼ばれる、DNAの特定の塩基を編集するmRNA分子からなる。
 それらを脂質ナノ粒子でくるんだものを患者に注射すると、肝臓の細胞はこれらのナノ粒子を取り込む。ナノ粒子は細胞の核の中に移動した後、ガイドRNA分子がPCSK9遺伝子の位置を認識し、続いて塩基エディターがPCSK9の塩基をアデニンからグアニンに変換する。
 これによりPCSK遺伝子は働かなくなり、肝臓の細胞がPCSK9タンパク質を産生できなくなるというわけである。

 なおこうした遺伝子の失活はCRISPR/Cas9でも可能だが、DNA二本鎖切断によるリスクを抑えるということ、またナノ粒子の形態として注射で簡単に導入できることから、塩基編集による本治療法の意義がある。

 臨床試験であるが、ヴァーヴ社は、ヘテロ接合性家族性高コレステロール血症(HeFH)と呼ばれる、出生時から高いLDLレベルを伴う患者10人にこの治療法を試みた。
 すると、投与28日後、被験者のPCSK9レベルは最大84%、LDLコレステロール値は最大55%、それぞれ低下した。これは一般的な抗コレステロール薬スタチンの効果と比べても大きい。しかも高容量のVERVE-101を投与された参加者は、LDLの55%減少が6か月間持続した。
 ちなみにサルを対象とした前臨床研究では、LDLコレステロールの減少は2.5年間持続したとのことである。

 この治療にはいくつかの副作用が見られた。被験者の大部分は短期間、発熱、頭痛、体の痛み等のインフルエンザ様の症状を呈したほか、肝臓の酵素の一時的な上昇も見られた。ただそれらは数日以内に正常に戻った。しかし、被験者のうち2人が心血管に異常をきたした。一人は投与から5週間後に心臓発作で死亡し、もう一人は1日後に心臓発作を起こしたのである。

 このことが報道されると、ヴァーヴ社の株価は一挙に40%も下落した。これは明らかに安全性への懸念が原因と考えられる。
 ただ、本試験結果に関し、独立した安全委員会は、心臓疾患をもつ患者が心臓発作を起こすことは一般的に予想されるものであり、治療には関係ないと結論付け、そのままプロトコールは変えずに試験登録を継続するよう勧告した。

 米国と欧州では、家族性コレステロール症に300万人以上が罹患しており、日本にも患者は多く、新規治療に対する市場は大きい。特に一回の治療でその効果が継続し、先に述べた骨髄幹細胞治療と違って共通の医薬の投与ですむのであれば、簡便・安価であり魅力的である。
 ただし副作用の懸念があるとすれば、スタチン等、既にある有効な方法を捨ててまで新規の治療法に委ねようとする患者は少ないと思われる。このため何よりも安全性に関する知見を積み重ねていくことが必要である。
 ヴァーヴ社は来年の試験から最適な治療用量を選択し、2025年には第2相試験を開始することを目指しているとのことである。

 なお、ゲノム編集による遺伝子治療はこの他にも多くの動きが見られ、そのうち成果ラッシュが予想されるため、今後も引き続きその動向に着目していきたい。

(参考文献)
・H. Ledford (2023), “Is CRISPR safe? Genome editing gets its first FDA scrutiny”, Nature; Vol.623, 234-235
・M. Naddaf, “First trial of ‘base editing’ in humans lowers cholesterol — but raises safety concerns”, Nature HP (2023/11/13)
・C. Wong, “UK first to approve CRISPR treatment for diseases: what you need to know”, Nature HP (2023/11/16)
・「バイオステーション」(https://bio-sta.jp/)(図を引用)

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔