第46回 米国の乳牛に鳥インフルエンザウイルスが蔓延

1.はじめに

 米国で、乳牛に鳥インフルエンザウイルスが蔓延しているということでニュースになっている。今回はその蔓延状況や背景、また米国での対応状況や日本での対応の必要性等について考察する。

2.米国での蔓延の状況

 米国で、H5N1型の鳥インフルエンザが、急速にウシに蔓延しつつある。

 現在問題となっているのは、H5N1型のうちクレード2.3.4.4bという株である。この鳥インフルエンザ株の乳牛への感染が、最初に確認されたのは今年3月だった。
 その後、同株は米国内に急速に広がった。米国疾病予防管理センター(CDC)によれば、今年4月末までに同株はテキサス州、カンザス州、ニューメキシコ州、ミシガン州など9つの州の34の乳牛群から発見されている。また、テキサス州では乳牛を飼育する農家の従業員の感染も報告された。
 ウシは日常的にインフルエンザウイルスに感染する。だが、高病原性の鳥インフルエンザウイルス株に感染することは滅多になく、ましてやこのよう蔓延したのは初めてのことである。

 米国食品医薬品局(FDA)は、小売店で販売されている牛乳についてPCR検査を行った。すると、なんとその5分の1の検査試料にH5N1型ウイルスの断片が検出されたとのこと。
 一方、高齢の乳牛は加工されてひき肉にされる場合もあることから、同国農務省(USDA)は鳥インフルエンザの発生が確認された州で牛ひき肉の検査を行ったが、結果は全て陰性だった(5月1日時点)。

ウシが搾乳されている様子(米国ワシントン州) (Nature誌の記事より)

3.鳥インフルエンザウイルスの性質と今回の株について

 H5N1の鳥インフルエンザウイルスについては1996年、中国で初めて鳥類から検出された。そして2021年以降、H5N1のクレード2.3.4.4b株が鳥類の間で猛烈な勢いで蔓延し、世界で数億羽の家禽や野鳥が死んだ。またネコ、イヌ、キツネ、トラ、ヒョウ、コヨーテ、クマ、アザラシ、イルカ、ヤギを含む数十の哺乳類で同株が検出された。
 ただし、これまで哺乳類での検出は単発で見られただけで、同じ種間に蔓延することはなかった。また同株のヒトへの感染は世界中で12件報告されているが、全てが鳥との直接接触だった。つまり、鳥インフルエンザウイルスは鳥では急速に感染するが、ヒトを含めそれ以外の動物では生肉を食べたり濃厚接触したりしなければ感染しなかったのである。

 しかし、今回のウシへの感染は様相を異にしている。呼吸器等ではなく乳中のウイルスのレベルが最も高いことから、H5N1が空気を介して感染しているのではない可能性はあるが、少なくともウシからウシへと感染しているのは明らかである。
 最も危惧されるのは、このようにウシ間で感染が可能になることにより、同じ哺乳類であるウシからヒトに、又はヒトとヒトの間でも容易に感染するようになる場合である。
 WHOによれば、鳥インフルエンザウイルスのヒトへの感染は2003年から今年3月までに888例、そのうち死亡は463例になっている。つまり、ヒトに感染すれば半数以上は死亡する。
 現在はヒト間の感染は起きていないが、そうなると大変な事態になる。

 前述のように、同株については、ウシへの感染に絡んでは、ヒトにはまだ感染例は1件しかない。ただし、この労働者への変異株は哺乳類への感染の効率化に関連する変異があるようであり、今後、もしかするとヒトからヒトへの感染も起こる可能性がある。
 患者は結膜炎を発症したが、これは鳥インフルエンザウイルスへの感染者によく見られる症状である。細胞表面のヒトと鳥の受容体を構成する糖の違いにより、鳥インフルエンザウイルスは通常はヒトの細胞には感染しない。しかしヒトの目では鳥と同様な受容体があるため、目から感染するのである。

 なお、同患者は他には呼吸器疾患等の重篤な症状はなく、抗ウイルス薬オセルタミビルで治療を受け、回復したとのこと。もしかすると感染してもヒトでの病原性は低いかもしれないが、断言はできない。

4.対応の必要性と米国の対応状況

 かかる鳥インフルエンザウイルスには、どのような対応が必要となるか。
その方策としては、ウシ間の蔓延を防止することと、ヒトへの感染や健康影響を防止することが挙げられる。

(1)ウシ間の蔓延防止

 まず、ウシ間の蔓延や酪農場からの感染拡大を、どのように防ぐかということ。

 現在、家禽については、米国や日本を含むほとんどの国では、一羽でも高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染したら、家禽の群れ全体を殺処分するよう義務付けられている。これは家禽では急速にウイルスが蔓延して全滅し、また逃げ出した鳥から別の群にも感染が起こるからである。
 しかし、これを今回のウシのケースに適用するのはやや無理がある。ウシの場合、感染すれば死ぬというわけではなく、感染しても重篤な病気にならずに回復するものが大部分である。さらにウシはその育成に大きな費用がかけられ、その殺処分にもそれなりの費用がかかる。このため殺処分を強行すれば酪農業者から一斉に反対の声が上がると思われる。それらを踏まえ、USDAはこれまではウシは殺処分にする必要はないという判断を下している。

 また、ウシ間のさらなる感染拡大を防止するため、ウシの移動を制限するという方法も考えられる。米国では冬の間にウシをトラックで南に移動し、暖かくなれば北に戻す場合も多いが、それを制限するということである。
 これも、酪農業者からはクレームが出る可能性がある。そこでUSDAは、4月29日から乳牛を州外に移動する際に鳥インフルの検査を義務付け、感染が確認された場合は報告を行わせることにした。

 なお、ウシへの感染を防ぐにはウシ用のワクチンの開発が考えられる。
 現在、ウシ用のH5N1ワクチンはない。家禽用ワクチンについては存在し、中国では頻繁に使用されていくつかの顕著な成果を挙げているが、国際貿易上の懸念もあって米国では使用は禁止されている。
 ただ、ウシと違ってブタは多種のインフルエンザウイルスが共感染し、ブタ体内で混ざり合うことにより新たなウイルスが生み出される、いわば混合容器のような役割をもつことが知られている。このためブタ用のワクチンも開発・使用されており、それを改良すれば新たなウシ用ワクチンを迅速に開発できるとする専門家もいる。

(2)ヒトへの感染・健康影響の防止

 ヒトへの健康影響として最も考えられるのは、牛乳を通じての感染である。
 搾乳した牛乳には非常に高レベルのウイルスが含まれている。ただ、米国では連邦法により、牛乳に加熱殺菌をすることが義務付けられている。このため、たとえウイルスの痕跡が残っていたとしても、牛乳を飲んでも害がない旨FDAは指摘している。
 その他の乳製品も加熱はされており、また牛肉からはウイルスは検出されておらず、通常は食べるときは火を通す。そうしているかぎり、感染するリスクは低いと考えられる。
 だが、本株に変異が加わることで、生存能力が増したり、ヒト間で容易に感染が起きるようになったりしないとも限らない。特にウシの世話をしている人々はこれらのウシを1日に何度か搾乳している。このような人々は真っ先に防護される必要がある。

 これに対する防護策としてはワクチンが考えられる。
 米国政府はヒト用のH5N1ワクチンを備蓄しており、ウイルス株に対する効果が示されればワクチンの製造に利用可能となる。CDCは、感染者から分離されたウイルス株がワクチン候補の対象となる2つの株と密接に関連していることを報告した。ロシアで分離されたヒトH5N8ウイルス及び米国で分離された鳥H5N1ウイルスに対して産生された抗体がそれである。
 その検証を行ったうえで、必要に応じまずは酪農関係者に接種していくことが想定される。

5.おわりに(日本の在り方)

 これまで米国の状況を中心に述べてきたが日本ではどうか。

 日本では、米国から牛肉や乳製品は輸入されているが、飲用牛乳は全て国産であり輸入はされていない。また乳製品は牛乳を加熱加工して作られ、また牛肉ではウイルスは検出されていないことから、現在は日本において食品を通じた感染の心配はほとんどない思われる。

 ただ、今後さらにウイルスが変異したり日本でも渡り鳥等を通じウシへの感染が起こらないとも限らない。そうなれば対岸の火事では済まされなくなる。

 日本では来年4月から、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターの統合により、国立健康機器管理研究機構が発足する。同機構では、感染症の調査・分析から臨床までを一貫して行うとともに、ワクチンや治療薬の開発支援を担うことから、米国CDCにならって日本版CDCと呼ばれる。
 日本政府はさらに感染対策を柔軟かつ機動的に実施できるよう新型インフルエンザ等対策政府行動計画の改定案を6月中に閣議決定する予定である。

 このような機関や制度により、緊急時に迅速に対応がなされることを期待したい。

参考文献

・M. Kozlov et. al. (2024) “Bird flu outbreak in US cows: why scientists are concerned”, Nature; Vol.628, 484-485
・J. Cohen (2024) “Worries about bird flu in U.S. cattle intensify”, Science; Vol.384, 12-13
・S. Mallapaty (2024) “Bird flu virus has been spreading among US cows for months, RNA reveals”, (2024/4/27), Nature HP
https://www.nature.com/articles/d41586-024-01256-5#:~:text=27%20April%202024-,Bird%20flu%20virus%20has%20been%20spreading%20among%20US%20cows%20for,to%20pin%20down%20the%20source.
・「日本もワクチン開発を…米国で感染拡大するH5N1型「鳥インフルエンザ」に備えよ」デイリー新潮HP(2024/5/2)(https://www.dailyshincho.jp/article/2024/05020553/

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔