第6回 統合失調症の原因遺伝子を探す試み

 統合失調症は日本に約80万人の患者がおり、精神疾患中でも病院のベッド占有率は最も高い。生涯に本疾患を発症する確率は、日本では約0.6%である。

 一卵性双生児の片方が本疾患を発症した時に他方が発症する確率は50%、また患者の親から生まれた子供の発症率は一般より10倍に上昇すること等から、本疾患には遺伝の関与があるとみられ、実際に患者が多発する家系も多く見つかっている。今回はこの統合失調症の原因遺伝子を探す試みについて、最近のトピックを中心に紹介する。

 これまで統合失調症については、遺伝学的な家系解析等によって、NRG1、COMT、DISC1等、数十の候補遺伝子が報告されているが、そのオッズ比(健常人に比べた発症しやすさ)の大部分は1.5倍以下だった。このため、これらの遺伝子は、原因遺伝子と呼べるものではなく、関連遺伝子と呼ばれている。統合失調症については、このように単一遺伝子で説明できないため、それに代わって「コモンディジーズ・コモンバリアント仮説」で説明しようということになった。

 人の個々の遺伝子の違いは、バリアントあるいは多型と呼ばれている。人の場合1,000個に1個程度が他人と違っており、多くの人でよく見られるものがコモンバリアント、めったに見られないものがレアバリアントという。レアバリアントは、個人に特化したものとして疾患の直接的な原因になるものも多く、日本語では「多型」ではなく「変異」と呼ばれることもある。

 コモンディジーズ・コモンバリアント仮説とは、疾患に関連するバリアントがたくさん集まれば、個々のバリアントのオッズ比が低くても発症に至るというものである。これまで統合失調症の原因遺伝子を求め、この仮説に従って数千人規模のゲノムワイド関連解析(GWAS:多数の患者でゲノム全般にわたってバリアントを比較すること)を行ったが、成果はあまり上がらなかった。これらのバリアントは、原因遺伝子のすぐ近くにあったため、たまたまゲノム上に保存されていた可能性が高く、少ない数の解析では真の原因遺伝子の特定が難しかったと想定される。

 しかし、今年4月21日、Nature誌に同時に掲載された2つの論文により、この統合失調症の原因遺伝子探索に大きな転機が訪れた。

 1つ目は、米国ブロード研究所がイニシアティブを採り日本の研究者も参加している「精神疾患ゲノム研究国際コンソーシアム」によるもので、76,755人の統合失調症の患者と243,649人の健常人のGWASを行い、342の同疾患に関連するコモンバリアントを発見した。個々のバリアントによるオッズ比は1.05以下にとどまったが、それでもこれにより統合失調症に関係する可能性がある約120の遺伝子を特定できた。

 2つ目は、別の国際研究チームである「統合失調症エクソーム塩基配列解読メタ解析(SCHEMA)コンソーシアム」が発表した研究であり、コモンバリアントだけでなく、より強いリスク因子となる分子機能の変化につながるレアバリアントを特定するため、24,243人の患者の全エクソーム配列を決定した。この中から、統合失調症に関わる可能性が高いバリアントを、さまざまな統計学的手法とデータベースを組み合わせてリスト化した。

 その結果、発症リスクがオッズ比で3~50倍という10個のバリアント及びそれが含まれる遺伝子と、オッズ比がそれほど高くないが相関がはっきりした32種類のバリアントを特定した。その10個のバリアントの特徴としては、変異はフレームシフト(塩基の挿入・欠失による読み取り枠のずれ)などで、完全に機能が喪失することにより発症につながるものであり、多くは神経発達異常で見られる遺伝子の変異だった。また一部は発生期に発現が強かった。さらにレアバリアントとして、既に特定されていた遺伝子調節の機能を持つSETD1Aが含まれており、GRIN2Aなどシナプス機能に直接かかわる遺伝子も含まれていた。このうちいくつかは、1つ目の「精神疾患ゲノム研究国際 コンソーシアム」が発見した約120の遺伝子に含まれているものであり、今後コモンバリアントとレアバリアントの研究が相互に関連して原因遺伝子探索が進展していくものと期待される。

Nature誌の論文(T.Singh他)より。メタ分析の結果、統合失調症に関わるバリアントを持つ10個の遺伝子が特定できているのが分かる。NatureのHPより引用

 一般的な疾患と比べ、精神疾患はなかなか診断が難しい。米国の診断基準(DSM4)に従えば、統合失調症は、幻覚、妄想、解体会話、緊急行動、陰性症状のいずれか2つ以上を1か月以上にわたり呈することが最低必要条件になっているが、これらは医師が問診を通して判断するもので、その発症メカニズムを根拠とするものではなく、躁うつ病(双極性障害とも呼ぶ)等の他の精神疾患との発症機構上の区別が今一つ明確でない。このためか、1種類の精神疾患の診断を受けた人の半数以上は、後に2種類目や3種類目の精神疾患の診断を受ける。

 本年5月、Nature Genetics誌に発表された米国コロラド大学の研究では、英国バイオバンクや米国バイオベンチャー23andMeなどの大規模なデータセットが保有する何十万人もの人々のGWASデータの解析を行い、ウェアラブルデバイスにより集めたデータ等も利用して11種類の主要な精神疾患(統合失調症、躁うつ病、大うつ病性障害、不安障害、強迫性障害、PTSD等)について、精神疾患間で共通する遺伝子の特定が試みられた。

 その結果、統合失調症に関連する遺伝子の70%は躁うつ病にも関連していた。同研究者らによると、現在の診断基準では統合失調症と躁うつ病が同時に診断されることはないので、この結果は驚きだった。また、統合失調症や躁うつ病を持つ人では早朝に過剰な活動をする際に働く遺伝子と関連する確率が高かった。

 最終的に本研究では、既知のものも含め、複数の精神疾患に共通する152の遺伝子を特定できたということで、精神疾患同士の関係解明に大きな寄与がなされた。

 なお統合失調症については、このようにして関連遺伝子が見つかりつつあるが、そのような遺伝子から疾患発症に至るメカニズムはいまだに解明されていない。このため治療薬開発を可能にする病態モデル動物や細胞の作製は大きな課題である。

 これに関しては、日本で研究の進展がみられている。2年前のことであるが、名古屋大学の研究グループは、日本人を対象とした大規模な統合失調症ゲノム解析によって見出されたARHGAP10遺伝子上の変異が発症に関与する可能性を調べるため、ゲノム解析結果に基づくモデル動物を作出して解析したり、変異を有する患者から樹立したiPS細胞から神経細胞を作出して解析をしたりすることにより、同遺伝子による病態を明らかにした。その結果、脳の発達過程において重要な神経突起伸長の減弱が生じていることを解明した。

 統合失調症は、かつて精神分裂病と呼ばれ、不当な社会的差別を受けていた場合もあった。その原因遺伝子が解明されることにより、そうした遺伝子を持つ者が差別の対象になってしまう可能性がないわけではない。だからこそ、原因遺伝子の解明にとどまらず、その発症に至るメカニズムを解明し、よい治療の開発につなげていくことが重要である。また統合失調症を含め精神疾患は、他の疾患に比べ労働年齢層の罹患率が高く、社会的損失が極めて大きいため、精神疾患全体としての研究の推進が必要だろう。

参考文献

・C.O.Iyegbe & P.F.O’Relly (2022) “Origins of schizophrenia find common ground” Nature Vol.604, 433-434

・Tarjinder Singh et al. (2022) “Rare coding variants in ten genes confer substantial risk for schizophrenia“ Nature volume 604, 509–516

・「双極性障害と統合失調症など一部の精神疾患は共通の遺伝的酵素増を持つ、コロラド大学研究報告」DIMEライフスタイル ヘルスデーニュース(2022.6.1)

https://dime.jp/genre/1394433/

・「ゲノム解析により統合失調症の発症に強く関連する遺伝子を発見」国立研究開発法人日本医療研究開発機構

https://www.amed.go.jp/news/release_20200722-02.html

2022年9月12日

ライフサイエンス振興財団嘱託研究員 佐藤真輔