第99回 世界で初めてボトムアップ型の人工細胞が作出される
1.はじめに
米国ミネソタ大学の研究者らは、生物そのものを補助的に使わずに、ボトムアップ、すなわち化学物質を用いて一から組み立てることにより、栄養を取り込み、分裂もできる世界初の人工細胞を作出した。今回は本研究の背景、内容、意義、課題等について分析・考察を行いたい。
2.人工細胞作出についてのこれまでの経緯
人工細胞の作出については、これまで合成生物学の研究者らが一つの目標として、競い合いつついろいろな方法を試行してきた。
ただ、細胞というのは実にさまざまな仕組みを内包している。原核生物でも、DNA、RNA、各種酵素、リボソーム、細胞膜等が、また真核生物になるとミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体等の小器官が加わり、それら各要素が連動して働くことにより栄養の摂取や排出という細胞としての活動を維持し、分裂・増殖・成長していく。
そうした複雑なシステムを一から全部作ろうとするのは無理がある。このため、従来の人工細胞づくりは、ある程度、生きている生物やその仕組みを使いつつ、その一部を人工のもので置き換えていくという方法が主流だった。これをトップダウン型の人工細胞作りと呼ぶ。
トップダウン型の人工細胞としては、2010年、米国クレイグ・ベンター研究所の研究者らが作出した人工細菌が最初のものだと言える。これは、人工で合成・変異を加えたマイコプラズマ(M. mycoides)の全ゲノムを別の種類のマイコプラズマ(M. capricolum)に導入することにより、ほぼM. mycoidesの性質を有する細菌を作出したものである。
彼らが2016年に発表したJCVI-syn3.0では、これをさらに進化させ、細菌のゲノムを削って473遺伝子まで最小化したものを作出した。ただ、それら遺伝子の3分の1は、どのような働きを持つか不明のままだった。
また真核生物としては、2023年、Sc2.0というコンソーシアムが、大胆に遺伝子を組み換えた酵母の染色体を人工合成し、それを導入した酵母同士を掛け合わせることで合成DNAがゲノムの半分以上を占める酵母を作出した。(第36回 合成DNAがゲノムの半分以上を占める酵母を作製)
こうした、トップダウン型の人工細胞は、土台はあくまで生きた細菌や酵母だった。つまり、人工生命といえどもブラックボックスの部分が残り、研究者らが完全に制御できるものとはなっていなかったのである。
一方、このようなトップダウン型のやり方に対し、化学物質を部品として一から人工細胞を組み立てていく、ボトムアップ型の方法もあった。
そのような試みとしては、酵素を用いて試験管内でDNAを複製させたり、PUREシステムという、DNAからRNAへの転写を通じてタンパク質を翻訳するための、リボソームや各種酵素を組み合わせたいわゆる無細胞タンパク質合成系等が確立されていた。(このPUREシステムは東大・上田卓也教授のグループが2000年頃に開発したものである。)
しかし、これらを統合し、栄養の取り込みや不要物の排出、細胞分裂による増殖を自律的に行わせること等はできていなかった。特に、細胞分裂は内部構造である細胞骨格を用いた複雑なシステムで、数多くのタンパク質を協調して働かせる必要があり、ボトムアップ型の人工細胞研究において大きな障害になっていた。
3.今回の研究について
(1)研究方法
米国ミネソタ大学の研究者らは、前述のタンパク質発現系であるPUREシステムを、微小な脂肪の膜であるリポソームで覆い、生命活動を行う細胞様の形を成すようにした。中に含めるゲノムとして、生命を保つのに必要だと考える最小限の遺伝子を組み込むこととした。
ただし、それだけでは、栄養を摂取したり分裂したりという、細胞にとって重要な機能を果たすことはできない。
そこで、彼らは栄養を摂取する仕組みとして、DNAに特殊な分子タグ(His-タグ)を組み込み、それが発現して液滴の表面に表示されるようにした。一方、フィーダー小胞という、栄養や酵素等を含んだ別のリポソームを溶液中に漂わせておき、His-タグにその小胞が付着できるようにした。これにより、リポソーム同士が付着、融合することで栄養等を取り込むことができるようにした。
また、細胞を分裂させる方法として、前述のような細胞骨格を用いて内側から分裂させる複雑なシステムではなく、膜の外側から力を加えて分裂させるシステムを考えた。まずリポソームの外側に特定のタンパク質をずらりと並ぶようにしておき、そこに、そのタンパク質と結合する、ストレプトアビジンという別のタンパク質を加える。すると、タンパク質どうしがいくつも結びつき、ひしめき合うことで、膜の表面にひずみを生じさせ、それに耐えきれなくなった脂質膜が自然に引きちぎられて2つに分かれるという仕組みを構築した。
なおこの他、研究者らは、DNAが複製されたり、無細胞タンパク質合成系を構成する成分が継続的に合成されたり、膜タンパク質が合成されてリポソームの脂質膜を貫通したりするような仕組みを作った。
こうして作出された人工細胞を、な彼らはスパッドセル(SpudCell)と名付けた。
(2)研究の結果
上記のような方法で作出されたスパッドセルは、ゲノムの大きさとしては、最小限に切り詰めた結果、38個の遺伝子を含む、90kbp(9万塩基対)になった。これは、これまで生きた細胞に必要だと推測されてきた最小値113kbpを下回った。そして、研究者らは、それを一つの巨大な染色体ではなく、7つの独立した環状DNA(プラスミド)に分割して保持するようにした。
このスパッドセルの様子を電子顕微鏡で時間を追って観察したのが下図である。
緑色の油滴が周囲の小胞を取り込んで膨らんでいく。そして表面がくびれ、切れ目が入り、最後は2つの独立した袋に分かれる。スパッドセルはこうした過程を繰り返した。
ただ、7つのプラスミドからなるゲノムが分裂後に継承される精度にはまだ限界があり、5回の分裂後には、完全なゲノムを保持していたのは30%であった。

4.今回の研究成果の意義及び課題
前述したことと重なるが、スパッドセル作出に際しては、タンパク質合成システムをリポソームの膜に組み込んだだけでなく、いくつもの工夫がなされている。
・ゲノムとして単一の染色体ではなく、7つのプラスミドに機能を分けて載せるモジュール構造をとらせ、扱いやすくしたこと。
・普通の細胞のように細胞骨格の変化を通じて内部から分裂させる方法ではなく、外部の物理的ひずみを利用して分裂させる方法をとったこと。
・表面のタグを媒介に栄養分を含む油滴を接着・融合させて栄養を取り込む方法をとったこと。
こうして、自然界とは異なる方式で、成長、複製、分裂等の機能を持つシステムができあがった。こうしてできたスパットセルは、その構成要素が全て既知であるため、天然細胞のように、なぜ動くか分からないというブラックボックスはなく、制御がより容易になる。たとえば、遺伝子の中に、何かあった場合にすぐ反応をストップできるような安全装置を組み込むことも可能かもしれない。
一方、大いに課題はある。
まず、スパッドセルは自律的な生命維持に必要なものを全て遺伝子として組み込んではいないことである。栄養分だけでなく、リボソームや酵素といった、生命の機能に直接かかわる部分を外部から絶えず供給されねばならない。
また、プラスミドとして存在していたゲノムは分裂後の細胞にきれいに分離されず、やがては細胞分裂が停止する運命となる。これは、細胞分裂とプラスミドの分裂が同調性がないことのほか、不要物を排出する仕組みを整えていなかったこと等も原因としてあるかもしれない。
こうした不完全さゆえ、研究者ら自身も、今回の研究は人工生命の誕生ではなく、あくまで基本機能を化学で再現した概念実証であると述べている。
しかし、少なくともこれが、将来的な完全な人工生命作出に向けての大きな一歩になったことは間違いない。
研究者らは、当初、論文の原稿をセル誌に投稿したところ、査読者からこれは真の生物学の論文ではないとして掲載を拒否された。
このため研究者らはプレプリントサーバーであるbioRxivに190ページに及ぶ原稿をオンラインで公開し、それより前に論文を報道関係者に情報公開禁止措置付きで送付したとのこと。彼らがこの研究成果をいかに重要だと考えているかを示すものだろう。
また研究者らは1,000万ドル資金を得てBioticという公益研究機関を立ち上げ、このスパッドセルの関連技術について、共通のリソースとして他の研究機関・研究者と連携しつつ利用・開発を進めていくことを目指している。
5.おわりに
著者は、少し前に高校の生物の教科書の読み直しをしたことがある。その最初の方に、生命とは何か、生物は非生物とどう違うか、という問いかけがなされていた。
細胞からなっているとか、代謝が行われるとか、遺伝子やたんぱく質を持つとか、恒常性(ホメオスタシス)が保たれるとか、いろいろ書かれていたが、自分自身と同じものを複製し、作り出すということも載っていたと思う。著者としては、この、自分自身を複製することは、他よりも一等難しいと思っていた。
もちろん、ロボットが自分と同じロボットを作り出すようにプログラムすることはできるかもしれないが、そのためには通常、自然界にもともとない金属やプラスチックなどの部品をまず作り出し、それを組み立てていくという、大規模なシステムが必要になる。生物のような、自然界にあるものからなる小さな個体は作れそうにない。
しかし、今回、少なくとも最小限の、自然界にある化学物質等を用いて増殖する、生物もどきが作られたのである。これは著者としては、人工生命合成において、画期的な進歩だったと思う。もっと言うと、今回の研究により、生物が非生物と異なる、いわば神秘的な部分が取り払われたという見方もできるかもしれない。つまり、化学物質や化学的・物理的システムの組み合わせにより生命の基本的な営みは再現できるということである。
ただ、前述のように、これはあくまで初歩的段階で、しかも不完全である。複製ということ一つとっても、確かに単細胞生物は同じものを作り出しているが、組織に応じ形態や機能を変える多細胞生物や、組み合わせにより進化を遂げる有性生殖の仕組み等、人工化ははるか先のように思われる。
しかし、生命科学の進歩を見くびらないようにしなければ。これまでも、小さな第一歩が、続く長足の進歩をもたらした例は枚挙にいとまない。今後の進展に大いに期待したい。
参考文献
・K. Kupferschmidt (2026), “Lab-created ‘SpudCell’ marks ‘stunning’ step toward building life from scratch”, (2026/7/1), Science; Vol.6806, 12-13
・「ゼロから作り出した人工細胞を成長・複製させることに科学者が初めて成功」(2026/7/2), GigaZINE HP
https://gigazine.net/news/20260702-lab-created-spudcell-building-life-scratch
・Y. Kobayashi「生命を「化学」で組み立てる:世界初の人工細胞「SpudCell」が完全なライフサイクルを達成」(2026/7/2), XenoSpectrum HP
https://xenospectrum.com/spudcell-first-synthetic-cell-cycle
・Omote「SpudCell(スパッドセル)とは?ミネソタ大が化学部品だけで作った「生命サイクル」を持つ合成細胞」(2026/7/3), innovaTopia HP
https://innovatopia.jp/biotechnology/bio-news/112014/
ライフサイエンス振興財団理事兼嘱託研究員 佐藤真輔

