第97回 トランスクリプトーム時計により老化状態を推測

1.はじめに

 ハーバード大学の研究者を中心とするチームは、さまざまな哺乳類のデータを用いて、加齢や老化に伴い、遺伝子発現に共通の変化が見られることを発見した。そして、遺伝子発現から老化状態を推定し死亡リスクを予測するトランスクリプトーム時計という計算モデルを構築し、本年6月のネイチャー誌に発表した。今回はこれについて、研究の背景、内容、意義等について分析・考察を行う。

図 本研究論文が掲載されたネイチャー誌の表紙

2.老化を計る生物時計

(1)生物学的年齢と生物時計

 ヒトなどの年齢は普通、時間の経過によって計られる。24時間で1日、365日余りで1年といった物理的な時間で、いわゆる暦年齢である。暦年齢でみた現在の日本人の平均寿命は男性が約81歳、女性が約87歳になっている。

 しかし、実際の寿命は個人によりばらつきがある。不慮の事故やがん・感染症等による早期死亡を除いても、早くからフレイルになって老衰で平均寿命前に亡くなる者や、逆に100歳を超えても元気でピンピンしている者など、さまざまである。

 また、同じ哺乳類でも、たとえばマウスの場合、寿命は通常1~2年、最大でも3年で、ヒトと比べて老化のスピードは30倍以上速いとされる。このため、生物学的年齢という考え方が生まれた。これは、出生からの経過時間ではなく、細胞機能に基づいて年齢を計る方法である。

 もし、加齢や老化の度合いを計る共通の指標があれば、それをマーカーにして、同じ暦年齢であっても、もう寿命・死期が近いとか、まだまだ大丈夫だとかといった、生物や個人に応じた評価が可能になる。そしてそのような指標つまり生物学的年齢を計る生物時計を作る試みがこれまでも行われてきた。

(2)エピジェネティック時計

 そうした試みのうち、これまで主流だったのは、エピゲノムすなわちDNAのメチル化状態を調べることだった。

 同じ個体の組織等では、構成する細胞のゲノムはいずれも同じであるにもかかわらず、手は手として、足は足として、それぞれの形態や機能を持つ。これは、ゲノムを構成するDNA上にある数多くの遺伝子のうち、実際に読み取られてRNAに転写される遺伝子の種類が、組織、器官、臓器ごとに異なっているためである。
 このDNAからRNAへの読み取りに大きく寄与しているのがDNAのメチル化である。通常、メチル化されている部分の遺伝子はRNAに転写されず、発現しない場合が多い。逆に、メチル化されていない場合はRNAに転写され、発現する場合が多い。そして、DNAのメチル化のパターンを基に作製された時計はエピジェネティック時計と呼ばれる。

 このエピジェネティック時計は、血液サンプルからエピゲノムを調べることにより、暦年齢や死亡リスク(死亡の可能性)、平均余命等をかなり正確に関連付けられるようになってきている。たとえばマルチ組織ホルヴァート時計というエピジェネティック時計は、ゲノム中の353個の部位のメチル化に基づいて年齢を推定するものだが、実際の年齢との誤差は中央値で3.6年しかなく、かなり正確である。また、エピジェネティック時計では、異なる種や組織にわたって年齢をある程度推定できる。そして、組織のメチル化年齢と暦年齢のずれは、さまざまな病気のリスクと関係していることも分かってきている。

 こうしたエピジェネティック時計は、老化の指標作りを前進させてきた。ただ、メチル化の変化やその根底にある生物学的メカニズムについてはまだ限られた知見しか得られていない。実際の遺伝子発現にはDNAのアセチル化やヒストンのアセチル化等がかかわっており、DNAメチル化だけから導ける解釈が限られている。このため加齢や老化と正確な相関関係を持つ、より明確な指標が求められてきた。

(3)トランスクリプトームへの着目

 そして、生物時計としてあらためて着目されたのが、RNAを指標とするものだった。DNA→RNA→タンパク質という、いわゆる生命のセントラルドグマにおいて、RNAの変化は、間接的に発現を予測するメチル化等のエピジェネティックな指標と違い、遺伝子発現そのものであり、直接的な指標となる。

 それぞれの組織等において発現しているRNAの全体をトランスクリプトームという。多くの疾患において、このRNAの変化は広範囲に及ぶ。炎症の変化、ミトコンドリアの機能、細胞を取り囲む分子の網目構造(細胞外マトリックスという)の組織化と関連している。このため加齢に伴う遺伝子発現の変化に対するゲノムワイド研究もなされ、さまざまな組織や種に共通するトランスクリプトームのパターンが分かってきている。

 こうしたトランスクリプトームのパターンは特定の遺伝子の活性の変化そのものを反映しているため、トランスクリプトームのマーカーはエピジェネティックのマーカーよりも解釈しやすく、それを生かした生物時計の作製が期待されてきた。

3.今回の研究について

(1)研究方法

 ハーバード大学の研究者らを中心とするグループは、新たな生物時計の開発に取り組んだ。それは、これまで主流だったエピジェネティック時計ではなく、直接の遺伝子発現であるトランスクリプトームを用いる方法だった。

 本研究においては、4種類の哺乳類(マウス、ラット、カニクイザル、ヒト)の25種類以上の組織にわたる1万1,000個以上のトランスクリプトームの公開データ(具体的にはマウス:3,824個、ラット:663個、カニクイザル:2,623個、ヒト:4,003個)が用いられた。

 なお研究グループはこれ以外に、米国国立衛生研究所(NIH)傘下の国立老化研究所が行っている介入試験に用いられていたマウスについて、実際にトランスクリプトームをシーケンスし(RNA-seq)、併せてデータとして活用した。ここで言う介入とは、寿命を短縮又は伸長することが知られている各種の治療を行うことであり、例えばラパマイシン、カナグリフロジン、カプトプリル等の20種類もの薬理学的な治療について、それぞれ治療を受けたマウスを用いてRNA-seqを行った。

(2)研究結果

 研究チームは、研究の結果、哺乳類は寿命や環境が異なっても、トランスクリプトームすなわち遺伝子発現の変化について共通のパターンがあることを明らかにした。つまり、種や細胞を超えて保存されている、老化に関連するトランスクリプトームの変化を見出したのである。

 研究チームは、遺伝子活性に基づいて暦年齢と死亡リスクを推定する、高精度の生物時計を開発した。すなわち、トランスクリプトーム時計である。研究チームは、遺伝子発現の変化を、炎症、エネルギー産生、細胞外マトリックス組織化等、異なる生物学的プロセスを表すモジュール(独立した構成要素のこと)に分類した。そして、各モジュールごとに個別のトランスクリーム時計を作製した。これにより、老化をモジュールに応じた特定の生物学的経路のレベルで定量できるようになった。

 そして研究チームは、自らの時計の妥当性を、各種のデータセットを用いて検証した。対象としたのは、急速に老化する疾患、アルツハイマー病、慢性腎臓病等についての、げっ歯類の疾患モデル動物や、老化したり老化を抑制された細胞モデルからのデータセットである。特に様々な年齢のマウスの単一細胞のデータにこの時計を適用したところ、90%以上の細胞種で年齢に応じた転写量の増加が認められ、老化が細胞レベルで起こっていることが示唆された。

 また研究チームは、細胞老化のマーカーであるP21と呼ばれるタンパク質が、加齢とともに過剰発現し、死亡リスクと関連していることを確認した。また、さまざまな疾患を持つヒトの組織では、転写年齢の加速が見られた。炎症はこれらの疾患の共通の特徴として現れ、組織や種を超えて観察されることから、老化の特徴の一つとして確認された。

 さらに、研究チームは、様々な疾患や医療介入、生活習慣の変化が、それぞれ異なる主要なプロセスを通して生物学的年齢に影響を与える可能性があることを示した。

 こうして研究チームは、先述のエピジェネティック時計等、年齢や寿命を推定するための他のツールと比較し、彼らの開発したトランスクリプトーム時計がそれらと同等の性能を有するだけでなく、より優れた生物学的解釈性も提供することを示した。

図a:各生物種でトランスクリプトーム時計で予測される死亡リスクと実際の死亡リスクに強い相関関係があることが提示された
図b:トランスクリプトームのパターンが関連付けられる生物学的経路              (ネイチャー誌の記事より)

4.本研究成果の意義・問題点

 今回の研究成果として得られたトランスクリプトーム時計は、将来的に、組織や種を超えて生物学的年齢を評価する最も有効なツールとなる可能性がある。

 少なくとも研究ツールとしての意義は大きい。病気やその治療によりどのように加齢や老化が進んだり抑制されたりするかという指標として研究に役立てることができるだろう。たとえばマウスを用いて老化を研究する場合でも、これまではマウスが死ぬまで待つと先述のように最大3年くらい待つ必要がある。しかし、トランスクリプトーム時計が寿命と正確に連動していることが分かれば、その変化を追いさえすれば、数週間から数か月でアンチエイジング治療の効果が確認できるようになる。そうなると新薬開発のスピードも大幅に短縮できるかもしれない。

 将来的には、ヒトへの適用が期待される。老化の抑制のために、炎症や代謝といった特定の老化関連プロセスを標的とするだけでなく、トランスクリプトームによる老化全体の傾向の改善を標的としていくことが考えられる。そうして、生物学年齢に基づく個別化医療に役立てていくことが期待される。ただし実際に患者に適用していくためには、ヒトを対象とした研究による膨大な追加的検証が必要になると思われるが。

 なお、今後の研究では、トランスクリプトームを構成する個々の遺伝子の、老化のメカニズムに対する役割を明らかにしていく必要がある。つまり、これらの転写産物の変化が老化の原因そのものなのか、それとも老化の過程や結果なのかということである。たとえば細胞をストレスから保護し、それに応答する遺伝子は、加齢とともに発現が増加していくことが知られているが、これは加齢の原因ではなく加齢に伴う適応だとされる。また、異なる遺伝子転写物がどのように相互に影響しあうかとかとか、特定のプロセスを操作することで加齢全体を遅らせることができるか等、今後確認していくべきことは多い。

5.おわりに

 こうした、真の老化具合を計る正確な時計ができるのは画期的ではあるが、ちょっと怖くもある。つまり、現在が自分の寿命のどのくらいの段階にあるかということが分かり、あとどのくらい生きられるかが分かるのである。思うに、自分の死期が分かった場合、限りある残りの人生をきちんと計画し、充実して生きようと考える者もいるだろうが、一方で、自暴自棄になる者もいるだろう。むしろ、後者の方が多いかもしれない。不治の病で余命を宣告されたようなものである。だからこそ、普通、人は自分の死期を知りたがらない。

 ただ、このトランスクリプトーム時計は、おそらく生活環境や、食事、運動、睡眠等の生活習慣により、進みが遅くなる可能性、あるいは逆転する可能性だってあるかもしれない。むしろ、この時計が、そうした研究に大いに役立つならば、意義は大きいといえるだろう。

参考文献

・A. Tyshkovskiy (2026) “Universal transcriptomic hallmarks of mammalian ageing and mortality”, Nature; Vol.654, 178-188

・J. P. Magalhaes (2026) “Gene-expression patterns can be used to estimate mortality risk and chronological age”, Nature; Vol.654, 40-41

・H. Ledford “Gene clock predicts time to death in humans — and assesses ‘biological’ age”, (2026/5/27) Nature HP
https://www.nature.com/articles/d41586-026-01661-y

・“Researchers Identify Shared Molecular Signatures of Aging Across Mammals” (2026/6/2) Harvard Medical School HP
https://hms.harvard.edu/news/researchers-identify-shared-molecular-signatures-aging-across-mammals

ライフサイエンス振興財団理事兼嘱託研究員 佐藤真輔