第105回 ヒトからマウスへの脳移植と倫理問題

1.はじめに

 米国のスタンフォード大学の研究者らは、遺伝子操作で容積を減らし、機能を部分的に損なわせたマウスの脳に、ヒトのiPS細胞から作った脳オルガノイドを移植した。その結果、マウスの神経系と広範囲に結合し、失われた脳機能を補う可能性を示す結果が得られた。同研究は本年9月、ネイチャー誌に掲載された。今回はこの研究の背景、意義、課題等について分析・考察を行うこととする。

2.本研究を巡る経緯

 今回の研究の先駆けとなったのは、2022年に発表された、ヒトからラットへの脳オルガノイドの移植だった(第12回 ヒトからラットへの脳移植)。オルガノイドとは、iPS細胞等から増殖・成長させて目的の臓器と同様な機能をもつようにしたミニチュアの組織である。今回の研究と同様、米国スタンフォード大学の研究者らが行ったものだった。

 彼らは、生後2~3日のラットに対し、ヒトiPS細胞から作製した脳オルガノイドを移植した。移植したのは脳の中の体性感覚皮質という、体の各部から触覚等の感覚情報を受け取って処理する領域だった。また、移植されたラットは、拒絶反応を防ぐため、免疫不全ラットを用いた。

 すると移植から6か月後、ヒトの脳オルガノイドとラットの脳の神経細胞は互いに結合し、神経回路を形成した。そして脳オルガノイドはラットの脳の3分の1程度を占めるまでに成長した。また、移植されたラットのヒゲに刺激を与えたところ、ヒト脳オルガノイドの神経細胞が活性化した。

 また、研究者らは、自閉症やてんかんと関連する重い遺伝性疾患であるティモシー症候群の患者の細胞から脳オルガノイドを作った。ラットの左右の脳の片方に患者の脳オルガノイド、もう片方に健常者の脳オルガノイドを移植して数か月後に比較すると、患者の脳オルガノイドの神経細胞は健常者の脳オルガノイドに比べ小さく、周囲の細胞と連結する構造も少ないことが分かった。2024年には、このモデルを用いて同疾患の治療候補を評価した結果を公表した。

 ただ、この移植方法だと、ラット自身の脳組織の間にヒトの組織を入れるため、入れたヒトの組織が成長できる空間が限られていた。また、移植した場所であるラットの体性感覚皮質では、神経細胞は特に急速に成長するため、ヒトの細胞が神経線維を伸ばすころには周囲にラットの神経細胞で占領されてしまうという問題があった。このため、彼らはそうした問題を克服すべく、遺伝的性質がラットよりよく分かっている、マウスを用いた実験系の確立に取り組んできた。

3.本研究について

(1)研究方法

 米国スタンフォード大学の研究者らは、先述のように、マウスの神経細胞が先に成長してヒトの神経細胞の成長が邪魔されるのを防ぐため、マウスの遺伝子の改変を試みた。そして、新皮質や海馬を形成する細胞を大幅に減らし、脳腔の一部を空洞にしたマウスを作出した。その脳の容積は、通常のマウスの半分くらいになったが、それでも飼育条件を工夫することで成体まで生存し、基本的な移動能力や感覚機能はかなり保たれていた。

 研究者らは、遺伝子操作マウスが生まれて数日後、マウスの脳内に、ヒトのiPS細胞から作った大脳皮質オルガノイドを1匹当たり4個移植して、マウスの脳の中でヒト脳オルガノイドがどのように成長していくか観察した。

(2)研究結果

 遺伝子操作マウス29匹に対して行ったヒト脳のオルガノイド移植については、その成功率は86.2%だった。そして、当該マウスに移植されたヒト脳の組織の体積は、移植後2か月から3か月にかけて4.7倍に増加した。そして、3か月経った時には、ヒトの組織は、大脳皮質部分の92%を占めた。

 移植組織は大きくなるだけでなく、マウスの脳のさまざまな部位へ神経線維を伸ばし、その一部は頚髄にまで達した。逆に、マウスの視床などから移植組織へ向かう神経接続も確認された。神経活動の測定では、発達途中の神経回路に似た、細胞同士が同期したカルシウム活動も観察された。

 移植組織からは、ヒトの大脳皮質を構成する多様な細胞も生じた。特に、従来のラット移植法と比べて、皮質第5層の長距離投射ニューロン(L5-ET neuron)の割合が3倍以上になった。これは、まさに空洞化したマウス脳にヒト脳オルガノイドを移植したことで、ヒトの脳の環境により近い状態を作ることができたと言える。また、その中には、大型神経細胞「フォン・エコノモ・ニューロン(VEN)」に似た、細長い形の神経細胞が含まれていた。これは社会的認知や一部の精神神経疾患との関連が指摘されている特殊な神経細胞だが、イン・ビトロ(試験管内)での培養・実験が困難なため、解明が進んでいなかった。今回の方法により、疾病解明の手掛かりになる可能性がある。

 直前に探索した場所を覚えているかを調べるY字型迷路を用いた行動試験では、興味深い結果が得られた。この試験では、皮質を大量に減らした未移植のマウスは偶然の水準を上回らなかった。一方で、移植を受けたマウスと、対照群である通常のマウスは、ともに偶然の水準を上回った。これは、移植によって脳の機能の一部が補われたことを示唆する。

図 移植されたヒトの脳組織が、大脳皮質を欠くマウスの脳(青色)に神経線維(緑色と赤色)を伸ばしている。(ネイチャー誌の記事より)

4.本研究に対する倫理的課題

 上記のように、脳オルガノイドの動物への移植による研究については、マウスでの新たな実験系の確立により、大いに進展したと言える。これによりヒト脳の仕組みや発生・分化、また各種精神・神経疾患の解明につながることが期待される。
 一方で懸念もある。それは倫理的な側面である。今回のように、移植が出生後の、しかもヒトとは大きさや進化段階が異なるマウスに導入しても問題が生じる可能性は少ない。だがこれを出生前の胚に移植したり、またマウスではなく、よりヒトに近いサル等に移植したらどうだろうか。
 ここではそうした場合の米日等の倫理規制について、分析結果を示す。

(1)米日等の規制

 ヒトの脳組織を動物に移植する研究には倫理的課題がある。それでは、米日等は、このような研究について、どのように規制しているのだろうか。

①米国における規制

 米国には現在、ヒト脳オルガノイドを出生後のマウス脳へ移植すること自体を目的として禁止する連邦法はない。米国科学アカデミーの整理でも、ヒト神経細胞・神経オルガノイドを非ヒト動物に移植する研究は、既存の動物実験審査制度の対象であるだけで、法令上、この種の研究に特化した一律の禁止や独立した許可制度が設けられているわけではない。

 NIH等の資金を受ける研究では、各機関において、動物実験委員会による事前審査が必要となる。事前審査は、研究に使用するすべての生きた脊椎動物を対象としており、マウスも対象となる。

 なお、今回の研究のように出生後の動物に移植するのではなく、出生前の胚段階の動物に移植する実験では規制は厳しい。NIHは2015年以来、ヒト多能性幹細胞を非ヒト脊椎動物の原腸形成前の胚に入れる研究へのNIH資金の拠出を停止している。これは出生後のマウス脳にオルガノイドを移植する研究とは別物である。

②日本での規制

 日本も基本的な考え方は似ている。

 出生後のマウスの脳にヒト脳オルガノイドを移植する研究について、それを名指しして禁止する法律はない。大学などで行う場合は、文部科学省の「研究機関等における動物実験等の実施に関する基本指針」に基づいて、研究機関が動物実験委員会を設置し、研究計画を審査し、機関の長が承認する仕組みになっている。3R(Replacement、Reduction、Refinement)や動物への苦痛軽減なども求められている。

 一方、ヒト多能性幹細胞等を動物の初期胚に導入してヒトと動物のキメラ胚を作る研究については、別の規制が関係する。たとえばヒトES細胞由来なら、文部科学省のヒトES細胞関連指針の対象になる。日本では2026年2月にもヒトES細胞関連指針が改正されている。ここでも特に区別しなければならないのが、日本の「動物性集合胚」である。 ヒト・動物キメラ胚を作る場合には、「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」と「特定胚の取扱いに関する指針」が関係する。これは文科省への届出などを伴う、かなり厳格な制度である。

③その他

 なお、国際幹細胞学会ISSCRの現行ガイドラインでは、ヒト幹細胞またはその神経系誘導体を出生後動物の中枢神経系へ移植する研究について、通常の動物実験委員会に加えて、幹細胞・発生生物学の専門家を含めて審査することを推奨しており、認知や行動、動物福祉への影響を見ることが重要とされている。

(2)考察 

 記事によると、今回の研究は、スタンフォード大学の生命倫理学者との継続的協議、同大学の執行委員会の審査、また独立した外部の生命倫理委員会の評価等を受けている。また、行動試験でマウスの知能が高まったことを示す結果はなかったとのこと。ただし、将来的により成熟した組織を作ったり、ヒトに近い発達速度を持つ動物を使ったりする場合には新たに検討が必要になると思われる。

 今回の研究を考える上では、「生まれたマウスの脳へ移植する研究」と「受精直後の動物胚にヒト多能性幹細胞を入れてキメラ個体を作る研究」を区別して、安全面・倫理面から検討していく必要がある。

 上述のように、出生後のマウスの脳にヒト脳オルガノイドを移植する研究そのものは、米国でも日本でも一律に禁止されているわけではない。その代わり、両国とも研究機関内の倫理・動物実験審査を受ける必要があり、その場合、特に「ヒト神経細胞がどこまで動物の脳機能に寄与するか」が重要な審査点になるだろう。だが、それはあくまで機関毎の審査であり、責任は各機関が負うわけである。今後、さらにこうした研究が進展・拡大していった場合、より詳細な審査基準や規制を国レベルで設けるという選択肢も出てくる可能性がある。

5.おわりに

 脳は生命科学の最後のフロンティアと言われるが、それゆえ、その本体を解明しようと、さまざまな手法で研究が行われている。今回の研究も、ヒト脳の働きを解明していくという観点からは、画期的な研究だと思われる。その成果は、精神・神経疾患の解明にもつながる可能性がある。しかし、他の臓器や器官と違い、脳はまさにヒトの人格そのものが宿るものである。このため、研究を進めるに当たっては、たえず倫理的観点から配慮していく必要があるのは間違いない。一方、今回のような研究が、ヒトのような知能を持つマウスを生み出すと、センセーショナルに報道されるのも適切ではない。今回の研究では、ヒトのような高度な知能をマウスが獲得したことを示す証拠は得られていない。一方、ヒト神経細胞が宿主の神経細胞に広範囲に組み込まれ、行動に関わる機能を担いうることが示された以上、今後、移植する細胞の成熟度や動物種、移植時期などによっては、認知・行動への影響を慎重に評価する必要があるだろう。著者としては、こうした生命倫理の諸課題の検討に際しては、原子力発電所の事故やコロナの蔓延時にも言われたことだが、「正しく恐れる」、すなわち、科学的な事実関係を最大限考慮に入れた上で、適切な措置を講じていくことが必要だと考える。

参考文献

・M. Kozlov, “Human brain cells transplanted into mice in ‘most extensive’ integration ever” (2026/9/16) Nature Vol.657, 865-866

・M. G. Yang et. al. “Brain organoids grafted into cortex-free mice will advance human brain research” (2026/10/6)
https://www.nature.com/articles/d41586-026-02967-7

・「ヒトの脳細胞をマウスの脳に移植することに成功」(2026/9/19)GigaziNE HP
https://gigazine.net/news/20260918-human-brain-cells-into-mice

ライフサイエンス振興財団理事・嘱託研究員 佐藤真輔