第103回 米国NIHを巡る最新の状況について

1.はじめに

 トランプ政権発足以来、国立衛生研究所(NIH)を中心とする米国の生命科学政策については本ニュースレターでもたびたびレビューしてきたが、今回は、主に前回の報告(第83回 トランプ政権によるNIHへの影響その後)以降のNIHの動向について、特に研究助成金と予算を中心に、紹介・分析・考察を行うこととする。

2.NIHの助成金の動向

 NIHの業務は、NIH傘下の27の研究所/センターでの自らの研究業務と、他機関への研究助成金の交付業務に分かれる。このうち助成金の交付について、最近のトピックを述べる。

(1)助成金交付の大幅な遅れ

  NIHは、助成金の交付の遅れのため、2026会計年度(FY2026)の予算の執行は大幅に遅れている。(FY2026は2025年10月~2026年9月の1年間)。若干古いデータだが、本年5月中旬までのところ、NIHが交付した新規助成金の数は、過去5年間の平均と比較して半分以下になっている。9月30日までに使い切れなかった予算は全て米国財務省に返還しなければならず、予算執行の関係者には大きな負荷がかかっている。

 遅延の理由としては、2025年に発生した過去最長の43日間に及ぶ政府機関閉鎖により助成金審査会が延期されたことや、米国議会が予算を承認し、トランプ大統領が署名した後もホワイトハウスがNIHの予算を公表するのに約40日遅れたことがある。

 しかし、より注目すべきは、予算執行に係るスタッフの不足と、審査制度の追加であり、これらについては次項以下で取り上げる。

 なお、図を見ると分かるが、2025会計年度もスタッフ数不足等のため交付が大幅に遅れていた。しかし、同年度についてはアクロバット的なやり方を用いて何とか危機を回避した。それは、新規助成金として支給した資金のかなりの部分は、複数年資金提供と呼ばれる手法を用いたことだった。つまり、承認されたプロジェクトには、資金を1年ごとに支給するのではなく、一括で全額が前払いされる方法をとったのである。これによりNIHは採択件数は少なくても、予算をより早く使い切ることができた。その方法は本年度も続いている。

図 NIHで交付された各年度の研究件数の比較(ネイチャー誌の記事より)

(2)実務スタッフの不足

 助成金の交付が遅れている大きな原因として、スタッフの数、特に、助成金交付の業務面や管理面を担う、助成金管理スペシャリスト(GMS)と呼ばれる職員が不足していることが挙げられる。トランプ政権が連邦政府職員の削減を目指した2025年、NIHでも多数の職員が解雇、退職等により離職したが、多くのGMSも離職し、数十人の人員不足に陥った。

 こうしたGMSの不足に対し、NIHの研究所のいくつかは、NIH自身の研究室で働くポスドクや大学院生などの若手研究者に対し、ボランティアとして一時的にGMSとして働くことを要請し、補充を図っている。またある研究所では、副所長等の高位の役職者自身まで、助成金交付の業務に携わるようになってきている。

(3)審査制度の変更

 助成金の審査にも、政治的影響が強まっている。

 従来は、助成金の交付に際し、研究者によるピア・レビューを通じ、科学的価値を評価して、採択されていた。ところが現在は、これに政治的な評価が加わることになったのである。

 助成金の交付プロセスを以下の図に沿って簡単に説明する。

 

図 NIH研究助成金の審査プロセス(各種資料を基に佐藤作成。)

 NIHは、各研究者から提出された申請書を受領した後、まずNIH内で、その申請に合った適切な審査委員会(SRG)に割り当てる。その後、各SRGで、一次審査として研究者によるピア・レビューが行われ、スコアが付与される。その後、二次審査としてNIHの各研究所/センターの審議会で審査結果を検討し、評価される。これらは科学的・技術的側面を主体とする評価である。そうした2段階の審査が終わった後、各研究所/センターの所長が審査結果・予算・政策等を総合的に検討し、助成の可否を決定する。そうして助成決定の準備が整った最終段階をステータス19と呼び、そうなったものには助成金が発行され、研究開始ということになる。これが従来の審査だった。

 ところが、2026年初めから、ステータス19に至った申請について、NIHの上層部、さらにはNIHの管轄機関である保健福祉省(HHS)による追加審査が行われることになったのである。追加審査に際し、NIH上層部は、人種差別、気候変動、化石燃料、性的少数者等、政権の政策方針上問題視される235の用語からなるリストを作成し、申請書のタイトルや概要などにそうした用語が含まれている場合は「不適切」と分類した。そうなった申請書は、NIHの担当者に差し戻され、再度、詳細な検討が行われることになったのである。

 さらに最近、NIHは研究費申請の評価方法そのものについても変更案を出している。従来の細かな数値スコアから、より大まかなカテゴリー評価への変更が検討されている。支持者は「過度に精密に見える数値評価を改める」と評価する一方、研究者側には恣意的判断が入りやすくなるのではないかという懸念がある。

 こうした政治的意図による追加審査により、申請から採択までの時間が長引いている。下の図は、ステータス19に入ってから、時間経過に伴いどのくらいの割合が承認されるかを示したものである。以前はステータス19に入ってから10日間以内に、新規や競争的な更新では申請の7割以上が、また非競争的な更新では申請のほとんどが承認されていた。だが、2026年度は、新規や競争的な更新では4割、非競争的な更新でも6割未満しか承認されていない。

図 ステータス19に入った申請のうち承認された割合の時間推移(ネイチャー誌の記事より)

(4)助成金削減による研究者への不均衡な影響

 NIHは2025年2月以降、研究助成金の凍結が相次ぎ、3月以降には既に交付済みの助成金についても大量の打切りが行われた。集計方法によって件数は異なるが、ネイチャー誌によると、凍結・打切り数は同年末までに5,800件を超えた。ただし、その中には、裁判所の命令や大学との和解等によって多数が凍結解除又は復活している。

 だが、打ち切られたのは、トランプ政権の意向に沿って、多様性・公平性・包摂性(DEI:Diversity, Equity and Inclusion)、少数民族や性的少数者の健康、ワクチン忌避・接種促進、COVID-19等に関する研究が重点的に打切りの対象になった。しかし、こうした研究分野では、研究者自身がその研究対象となる少数者集団に属している場合も少なくない。ある調査ではジェンダー関連研究だとして助成金が打ち切られた研究者の60%がLGBTQ+(レズ、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー等)だったとのこと。

 前述のように、助成金の一部は後に復活したものの、削減が行われたという事実自体が、研究者にそのような研究を行うことの不安定さを感じさせ、米国における研究者の研究分野の構成や、研究者自体の構成を変えるのではないかと懸念されている。

(5)間接経費について

 NIHが助成する研究費には、研究そのものに使う直接経費のほかに、研究施設、電気代、研究管理、安全管理、図書館などに相当する間接経費が含まれている。

 トランプ政権は2025年、これを原則15%に制限する政策を打ち出した。これは研究を行う大学にとっては非常に大きな打撃になるため、大学側は強く反発し、訴訟にもなった。

 その結果、FY2026歳出法においては、当面、従来の間接経費のルールがそのまま適用されており、NIH自身も2026年のgrant Policy Statementでその扱いを明記している。

3.NIHの予算について

(1)FY2026予算について

 まず現在執行中のFY2026のNIH予算については、当初、トランプ政権は約279億ドルへ、FY2025の最終予算と比べ約41%削減する要求を行っていた。しかし、議会では超党派によりこの要求を退け、最終的には本年2月3日、約475億ドルで決着した。これはFY2025に比較して約1%増になっている。(なお念のためだが、予算額を表すにはいろいろなやり方がある。この475億ドルというのは、プログラム・レベル・ファンディングという、追加資金や移転を考慮したNIHが使用できる総資金であり、NIH全体の予算規模を示す際には、このプログラム・レベル・ファンディングが用いられることが多い。)

 トランプ政権が要求段階で示していたNIHの大規模な組織再編も採用されず、従来のNIHの組織構造が維持された。また、研究機関への間接経費率の一律上限についても、政権案をそのまま認めず、従来の間接経費算定の仕組みを保護する条項が盛り込まれた。さらに、決定された予算では、アルツハイマー病、がん、女性の健康等への重点配分も含まれている。つまり、政権が研究費削減を強く打ち出しても、議会がかなり歯止めをかけた形になっている。

(2)FY2027予算と体制の変更

 一方、本年10月から始まるFY2027については、トランプ政権の予算要求は、NIHを約415億ドルにするものになっている。FY2026の要求時ほどではないが、FY2026の最終予算に比べ、またもや約60億ドルもの減額要求になっている。

 本要求に関連して、トランプ政権はNIHの大幅な縮小・再編を提案している。ポイントは以下である。

・アルコール研究所(NIAAA)と薬物依存研究所(NIDA)を統合して新たな研究所(NISUAR:National Institute of Substance Use and Addiction Research)を設立する。

・国立環境衛生科学研究所(NIEHS)をCDCに移す。

・健康格差研究所(NIMHD)、補完・統合医療センター(NCCIH)、国際保健センター(FIC)を廃止する。

 現在のNIHは27の研究所/センターがそれぞれ疾患・臓器・研究分野を担当する、ある意味「縦割り型」の巨大助成機関である。だが、トランプ政権側のバッタチャーNIH長官の方向は、それをもう少しNIH全体として統一的に優先順位を決める組織に持ってこようとしているのである。

 同長官自体も、慢性疾患、小児の慢性疾患、栄養、AI、代替実験モデル、リアルワールドセンター等をNIHの横断的な重点分野として掲げている。

図 現在のNIHの体制と、トランプ政権による改革の方向(各種資料を基に佐藤作成。)

4.おわりに

 トランプ政権でのNIHの混乱は相変わらず続いている。これを見て、思うことがある。

 日本では2015年、米国NIHを参考に、日本医療研究開発機構(AMED)が創設された。それまで文科省、厚労省、経産省がそれぞれ所管していた医療分野の研究開発予算について、AMEDによる一元的な研究管理・支援のしくみが構築されたのである。そしてAMEDは、医療への実用化を見据え、基礎から実用化まで一貫した研究開発を支援することになった。

 ただし、AMEDはNIHの日本版そのものにはならなかった。自ら大規模な研究を行うNIHとは異なり、主として研究資金を配分・マネジメントする機関となった。また、研究者の自由な発想に基づく学術研究を推進する科研費については、AMEDに移されずに残された。このことから、当初、「日本版NIH」と呼ばれていたAMEDは、発足後はそうは言われなくなった。

 当時、筆者はこの仕組みを見て、いささか中途半端ではないかと感じた。基礎研究から実用化まで、より一貫した体制にすべきではないか、各研究機関が各省庁に残されたり、科研費が別に残された背景には、各省庁が自らの所管を手放したくないという事情もあるのではないか、と考えたのである。ただ、現在の米国の状況を見ていると、むしろそれでよかったのではないかと思うようになった。研究者の自由な発想を支える資金と、国が政策目的に沿って戦略的に配分する研究資金とを、一定程度分離しておくこと自体に意味があるのではないかと。

 研究開発の一元化や司令塔化には効率性という利点がある。一方で、研究資金が一つの政策判断に強く左右される危険もある。現在の米国NIHを巡る動きは、研究の自由と国の研究戦略をどのように両立させるのかという、日本にとっても決して他人事ではない問題を提起していると思われる。

参考資料

・M. Kozlov, “NIH staffing shortage could slash number of new grants issued this year” (2026/5/14) Nature HP
https://www.nature.com/articles/d41586-026-01537-1

・M. Kozlov, “NIH grant cuts disproportionately hit minority and female scientists” (2026/5/6) nature HP
https://www.nature.com/articles/d41586-026-01426-7

・M. Kozlov, “NIH limits funding for research on the health effects of public policy” (2026/8/11) Nature HP
https://www.nature.com/articles/d41586-026-02489-2

・M. Kozlov, “NIH proposes major revamp of how it scores research grant proposals” (2026/8/18) Nature HP
https://www.nature.com/articles/d41586-026-02584-4

・M. Kozlov, “Inside the new political screening that’s stalling NIH grants” (2026/6/26) Nature HP
https://www.nature.com/articles/d41586-026-01924-8

ライフサイエンス振興財団理事兼嘱託研究員 佐藤真輔