第107回 老化を制御する遺伝子が見つかった?

1.はじめに

 米国ハーバード大学や同国ワイス研究所等の国際共同研究チームは、AIを活用した遺伝子の探索により、SRSF1という遺伝子の働きを高めると、老化した細胞の遺伝子発現や機能が若い状態に近づくことを発見し、本年10月、ネイチャー・エイジング誌に発表した。今回はこの研究の背景、内容、意義・課題等について分析・考察を行うこととする。

2.老化と遺伝子に関するこれまでの経緯

 老化と遺伝子には密接な関係がある。本ニュースレターでも、これまでヒトの寿命の長さは、遺伝がその半分以上の決定要因になるということ(第89回 寿命の5割以上は遺伝により決まる)、加齢や老化に伴い、遺伝子発現に共通の変化が見られること(第97回 トランスクリプトーム時計により老化状態を推測)等の研究成果を取り上げてきた。

 実際に、寿命や老化のスピードを調整する、いわゆる「長寿遺伝子」も、いくつか見つかっている。

 代表的なのは、サーチュイン遺伝子(SIRT1〜SIRT7)である。これはDNA修復や代謝、細胞のストレス応答など、老化に関連するさまざまな機能の調節に関与している。また、α-Klotho(クロトー)遺伝子は、1997年に日本(京都大学など)の研究グループが発見した老化抑制遺伝子で、この遺伝子が過剰に働くと寿命が延び、逆に欠損すると急速に老化が進むことが動物実験で証明されている。

 この他、FOXO3遺伝子は、酸化ストレスに対する抵抗力を高める働きを持つ遺伝子として知られている。さらに、本ニュースレターでも紹介したcGAS(環状グアノシン1リン酸-アデノシン1リン酸合成酵素)は、変異することでハダカデバネズミの長寿に寄与している可能性があるとされている(第82回 ハダカデバネズミと老化研究)。

 なお、山中博士が発見した、iPS細胞を作出するための4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)も、ある意味で老化を逆転する因子と言えるかもしれない。iPS細胞では分化した細胞の特性そのものがなくなってしまい、また、生体にそのまま適用すると、がん化等の副作用の可能性がある。しかし、山中4因子を短期間働かせる部分的初期化という研究では、細胞の性質をある程度維持したまま老化指標を改善できる場合もあることが分かってきている。

 これら以外にも長寿に関連する遺伝子は数多く存在する可能性がある。特に、老化の制御に重要な役割を果たす遺伝子がまだ見つかっていない可能性もある。このため、より系統的に原因遺伝子を特定していく手法が求められてきた。特に、細胞を分化した状態のまま、つまり細胞のアイデンティティを保ちつつ、若返らせる遺伝子が探索されてきた。

3.今回の研究について

(1) AIを用いた候補遺伝子のスクリーニング

 今回、研究を主導したのは、先述トランスクリプトーム時計を開発した、米国ハーバード大学やワイス研究所の研究者らのグループである。同グループは、彼らの研究を、細胞のアイデンティティを保ちつつ、老化だけを逆行させられる遺伝子を探すために用いることを考えた。

 以前のニュースレターでも紹介したが、まず、彼らはヒトについての年齢予測モデルを構築した。さまざまな年齢層から採取したヒト皮膚線維芽細胞の試料464個について、その遺伝子発現データを、機械学習アルゴリズムを用いてAIに学習させた。そして、細胞の遺伝子の活性化の程度を基に年齢を数値化した。いわゆるトランスクリプトーム年齢である。

 そして、このモデルを用いて、研究チームは、老化プロセスに関与すると予想された複数の候補遺伝子について検証した。具体的には、候補遺伝子を組み込んだ発現ベクターを培養細胞に導入し、それぞれの遺伝子を過剰発現させた。そして、遺伝子発現の変化から、推定される細胞の年齢が若い方へ変化するものを探索したのである。 

(2)SRSF1の発見

 スクリーニングの結果、最も優れた若返り効果が予測された遺伝子はSRSF1だった。

 SRSF1は、RNAのスプライシングに関わるタンパク質をコードする遺伝子である。このタンパク質は、DNAから転写されたRNAの加工に関与し、その働きによって、細胞内で作られるタンパク質の種類や機能が変化することがある。今回の研究では、その発現量を増やすことで、老化に関連する複数の細胞機能が改善された。
 具体的には、SRSF1遺伝子を活性化すると、老化した細胞でDNA修復プログラムが働くようになった。また、細胞老化、タンパク質恒常性ストレス、炎症など、老化に関連する複数の指標に改善が認められた。

 注目すべきは、若返りの過程で細胞が線維芽細胞としての特徴を維持し、iPS細胞のような多能性を獲得する変化が認められなかったことだった。この点は安全性の観点から重要だが、長期的な発がんのリスクについては今後の検証が必要になる。

 なお、スプライシングの変化がどのように若返り効果につながるのか、その詳細な仕組みは分かっておらず、この点についても今後の課題となる。

(3)マウスの寿命の延長

 研究チームは次に、マウスで実験を行った。SRSF1遺伝子を、肝臓に送達されやすいアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターに搭載し、それを老齢マウスに投与したのである。

 すると、遺伝子が主に肝臓に送達されたにもかかわらず、フレイルの進行制御や生存期間の延長といった、個体全体に関わる効果が認められた。SRSF1を導入されたマウスでは、対照群に比べて、体が衰弱する、いわゆるフレイルの進行が44%抑制され、また、生存期間の中央値が14%延長した。

 肝臓を主な標的としてSRSF1を発現させたことにより、肝臓だけでなく全身の健康状態にも好影響が及んだ可能性がある。研究チームは、肝臓に生じた変化が他の臓器の老化にも影響を与えた可能性を指摘しているが、その詳しい仕組みは今後の研究課題である。また、寿命の検討に用いられたマウスは各群9~10匹と比較的少数であり、今後さらに大規模な実験による確認が必要である。 

図 今回の研究の全体像(原著論文及びワイス研究所の発表を基に、生成AIを用いて作成)

4.本研究の意義と課題 

 通常、老化の研究を行うのは難しい。というのは他の研究に比べ相当な期間を要するからだ。マウスを使った実験でも1回の実験で2~3年、ヒトの場合は数十年かかることもあるだろう。このため、老化研究を短期間で行えるような適切な実験系の確立が必要である。
 その意味で、今回の研究で、培養細胞での遺伝子発現パターンを指標として、多数の候補遺伝子を効率的に評価できるようになったことの意義は大きい。こうして候補遺伝子が絞れれば、改めてそれについて動物実験を集中的に行える。こうした研究を進めていけば、将来的に、老化を遅らせ、健康に生きる期間を延ばす、新たな治療法の開発につながることが期待される。

 また、今回の研究で特に興味深いのは、SRSF1という一つの遺伝子の働きを高めるだけで、細胞老化、タンパク質の恒常性、炎症、DNA修復など、老化に関連する複数の現象が同時に改善されたことである。老化はさまざまな要因が複雑に絡み合った現象であり、一つの遺伝子を操作するだけで広範囲に影響を及ぼし得るという今回の知見は、今後の老化研究に新たな方向性を示すものと言えるだろう。

 とはいえ、現段階はあくまで、ヒト培養細胞とマウスを対象とした、まだまだ初期の段階である。今後、ヒトに応用するには、遺伝子を目的の組織に安全に送達したり、発現量を精密に制御したりする技術が必要になるだろう。また、AAVベクターの長期的安全性や、SRSF1の過剰発現に伴う副作用の可能性等も、後続研究で検証すべき課題として残っている。今後、実用化に向けて、これらの課題を一つ一つ、丁寧に解決していく必要があると思われる。

5.おわりに

 こうした研究が進展すれば、将来的には老化を遅らせ、健康に生きられる期間を延ばすことが可能になるかもしれない。さらにその先には、人類が古くから夢見てきた不老長寿という問題も見えてくる。

 著者は最近、著者の母校の生徒たち(中学1年生~高校3年生)を相手に講演を行う機会を与えられた。その題材とするため、事前に、科学技術に対する彼らの意識についてアンケートを取った(今年8月)。その中に、質問項目として、「不老長寿・永遠の生命は将来、実現できるか」という問いを設けた。中高生らの回答は、「できる18.5%、できない48.6%、わからない32.9%」だった(回答数893人)。できるに対し、できないと答えた割合の方が圧倒的に多かった。
 今回のアンケート結果だけから断定することはできないが、科学技術が急激に発達し、スマホやAIが日常に入り込んでいる若い人々においても、やはり不老長寿の実現は困難だと考えている者は多いようだ。

 著者が考えるに、生命は何十億年もの進化の過程で、多様な生存戦略を獲得してきた。しかし、その進化は、必ずしも個体の寿命を最大限に延ばす方向に働くわけではなかった。繁殖や生存に有利な性質が選択される中で、老化もまた複雑な仕組みとして形成されてきたと考える。
 そうだとすれば、遺伝子の働きを調節することで、老化をどこまで遅らせることができるかという問題は、生命科学に残された大きなフロンティアの一つだと思う。もし、遺伝子の操作によってマウスの老化を大幅に抑制でき、その仕組みまで解明されたとすれば、生命科学の歴史を変えるほどの発見になるかもしれない。

 一方、そのような不老長寿が実現に近づいた途端に、倫理的問題が人類最大の課題として立ちはだかるだろう。ちなみに先の中高生のアンケートに、「不老長寿・永遠の生命ははたしてよいことか」という設問も設けていた。回答は「賛成18.5%、場合による26.8%、反対48.6%、わからない6.2%」だった。その解釈は読者の皆さんに委ねたい。

参考文献

・A. M. Plesa et al. (2026) “Transcriptomic reprogramming screen identifies SRSF1 as a regulator of aging”, Nature Aging; Vol.6, 2057-2073
https://orbilu.uni.lu/bitstream/10993/69366/1/Plesa_et_al_NA_2026.pdf

・B. Boettner “Reversing age by reprogramming gene expression networks”(2026/10/14) Wyss Institute website
https://wyss.harvard.edu/news/reversing-age-by-reprogramming-gene-expression-networks/

ライフサイエンス振興財団理事兼嘱託研究員 佐藤真輔