第106-1回 2026年ノーベル賞特集 光遺伝学により脳の内部の動きを解明した3氏にノーベル生理学・医学賞
1.はじめに
2026年のノーベル生理学・医学賞に、光遺伝学という、神経細胞の活動を光で制御する技術を開発した3人が選ばれた。その内容や背景、意義等について考察する。
2.受賞者と授賞理由について
今回、ノーベル生理学・医学賞を受賞したのは米国スタンフォード大学教授のカール・ダイセロス(Karl Deisseroth)博士、ドイツ・フンボルト大学教授のぺーター・ヘーゲマン(Peter Hegemann)博士、同ヴュルツブルク大学教授のゲオルク・ナーゲル(Georg Nagel)博士の3人である。
授賞理由は「光駆動型イオンチャンネル及び光遺伝学(オプトジェネティクス)に関する発見」すなわち、生きた脳内で、神経細胞が記憶・感情・行動をどのように形作っているのかを解明することを可能にした手法の開発であった。
彼らは1,200万スウェーデン・クローナ(2026年10月1日の為替レートで約1億8,900万円)の賞金を分け合うことになった。

3.光遺伝学について
光遺伝学(オプトジェネティクス:Optogenetics)とは、光をスイッチとして、特定の神経細胞の働きをオン・オフする技術である。その仕組みは次のとおり。
① 遺伝子を導入する:神経細胞に、光に反応するタンパク質(チャネルロドプシンなど)を作らせる。
② 光を当てる:特定の波長の光を当てることで、タンパク質を反応させる。
③ 神経活動を制御する:神経細胞を興奮させたり、逆に活動を抑えたりできる。
この技術の画期的な点は、従来の電気刺激などと比べ、狙った種類の神経細胞を、非常に短い時間単位で選択的に操作できることである。たとえば、下図に示すように、マウスの脳の特定の神経細胞に光を当てて、その細胞が記憶、感情、行動にどのような役割を果たしているかを調べることができる。

4.受賞者らの研究とその背景
(1)クリック博士の功績
光遺伝学の進展にとって、その先駆けとして大きな貢献をしたのは、DNAの二重らせんを発見したフランシス・クリック博士である。
クリックはDNAの二重らせん構造を解明した後、研究の中心を脳科学に移し、意識や脳の働きを研究するようになった。
1979年、彼はサイエンティフィック・アメリカン誌に「Thinking about the Brain(脳について考える)」という論文を発表した。この中でクリックは、脳の仕組みを解明するためには、特定の種類の神経細胞だけを選択的に制御する技術が必要だと指摘した。
その後、1999年には、特定の神経細胞の活動を迅速にオン・オフするための理想的な手段として光を挙げ、分子生物学的な手法で特定の神経細胞を光に反応するよう改変するという、今日の光遺伝学につながる構想を示した。
(2)受賞者らの研究
ヘーゲマン博士とナーゲル博士は、クラミドモナスという単細胞性の藻類から、ロドプシンという、光に応答するタンパク質を発見した。彼らは研究を進め、それが細胞表面にあって、光を受けて開き、イオンを透過させることを突き止めた。このタンパク質は青色光に反応して開くと、陽イオンが細胞内に流入し、細胞膜を横切るイオンの流れによって電流が生じた。つまり、1つのタンパク質が、光に反応する部分と、イオンの流入を制御する部分の2つの機能を持つことで、光刺激に対する迅速な制御を可能にしていたのである。彼らはこれをチャネルロドプシンと名付けた。
なおその後、彼らは同様の機能を持つ別の種類のタンパク質も発見し、チャネルロドプシン2と名付けた。彼らはこれらを遺伝子操作によりアフリカツメガエルの卵母細胞の表面に作ることにも成功した。
一方、ダイセロス博士らは、チャネルロドプシン2の遺伝子を培養した哺乳類の神経細胞に導入し、青色光を照射すると、神経細胞に活動電位が発生することを示した。2005年に発表されたこの研究により、光を用いて神経細胞の活動をミリ秒単位で制御できることが実証された。
その後、光ファイバーを用いて生きたマウスの脳内の神経活動を操作する技術も開発され、光遺伝学は脳の神経回路の機能を解明する強力な手法へと発展した。
5.本研究成果の意義・方向性
これら受賞者らの研究により、研究者らは動物の神経細胞や神経経路を研究し、それらがどのような働きをするのかをより深く理解できるようになった。
たとえば、以前のニュースレターで紹介したヒト脳オルガノイドのラットの脳への移植実験(第12回 ヒトからラットへの脳移植)では、移植したヒト由来の神経細胞に青色光を照射することにより、ラットの報酬を求める行動を誘導できることが示された。
また、最近紹介したマウスへの移植実験(第105回 ヒトからマウスへの脳移植と倫理問題)でも、光遺伝学の手法を用いて、ヒト由来の神経細胞がマウスの脳内の神経細胞に組み込まれて機能することが明らかになっている。
ノーベル委員会は、「光を用いることで、研究者たちは脳内の個々の神経回路でオン・オフの切り替えができるようになった。これにより、記憶をよみがえらせたり、感情を生み出したり、行動を促したり、さまざまな精神疾患や神経疾患に関わるニューロンの種類を研究したりすることが可能になった」と評価している。そして、こうした研究により、神経系が心臓や腸など、体内の他の部位にあるさまざまな細胞とどのように相互作用するのかについて、重要な知見が得られると付け加えている。
6.おわりに
今回のノーベル生理学・医学賞は、新たな生命現象やメカニズムを発見したことよりも、むしろ生命を解き明かすために役立つ手法を開発したことの意義が大きい。
著者が思うに、生命科学が進展し、オミックス等を用いた網羅的な解析が一般化するにつれて、これまで未知であった生命現象やメカニズムも、より効率的に解明されるようになるだろう。一方で、既存の分析技術を利用するだけでは解決できない課題も多く、新たな発見を可能にする革新的な研究手法の開発は、今後ますます重要になると思われる。田中耕一博士らのソフトレーザー脱離イオン化法、下村脩博士のGFP等然りだが、かかる分析技術の重要性に光が当てられたのは意義深い。
なお、著者は今回の受賞で初めてクリック博士の光遺伝学への貢献を知った。二重らせんの共同発見者であるワトソンと比べ、クリック博士にはどちらかといえば地味な印象を持っていた。しかし、あれほど大きな業績を残しながら、それに安住することなく、新たな研究分野に積極的に挑戦していく姿勢には、真の研究者とは何かを考えさせられた。
先日逝去された利根川進博士も、ノーベル賞後、免疫学から脳科学へと研究の中心を移し、新たな成果を生み出した。分野は異なるものの、未知の世界に挑戦し続けるという研究者としての精神には、両者に共通するものがあったと思う。
参考文献
・F. Graham, “Daily briefing: Medicine Nobel prize goes to optogenetics” (2026/10/5) Nature website
https://www.nature.com/articles/d41586-026-03185-x
・彩恵りり「2026年ノーベル生理学医学賞について分かりやすく解説! 『光駆動型イオンチャネルおよび光遺伝学(オプトジェネティクス)に関する発見』」(2026/10/6)
https://lab-brains.as-1.co.jp/enjoy-learn/2026/10/87520
・「脳の内部の動きを解明した米独3教授にノーベル生理学・医学賞」(2026/10/6)BBC NEWS Japan website
https://www.bbc.com/japanese/articles/cw62y4z0r0neo
・Crick, F. H. C. (1979). Thinking about the Brain. Scientific American, 241(3), 219–232
・Nagel, G. et al. (2003). Channelrhodopsin-2, a directly light-gated cation-selective membrane channel. PNAS, 100, 13940–13945
・Boyden, E. S. et al. (2005). Millisecond-timescale, genetically targeted optical control of neural activity. Nature Neuroscience, 8, 1263–1268
ライフサイエンス振興財団理事・嘱託研究員 佐藤真輔

